206 きょうだい
「どう? ボクの秘密。びっくりしたでしょ」
「……あぁ、驚きはしたが。だが、それを知っても何も変わらねぇ」
さすがに少しはボクを見る目が変わるかな、と思ったのに、兄さんの目はさっきと何も変わらない。
まっすぐに、ボクという『人間』を見てくれている。
「お前が性別ってモノを持っていなかったとしても、ケルファはケルファだ。俺のことを兄さんと呼ぶ、少し不愛想な『きょうだい』だ」
きょうだい。
兄弟、兄妹、どっちもそうやって読む。
そっか、どっちでもきょうだいなら、弟でも妹でもないボクも、兄さんのきょうだいになれるんだね……。
「よく話してくれたな、ケルファ。えらかったぞ」
兄さんに頭をなでられる。
生まれてきてよかったって、今はじめて思えた。
この人に出会えて、本当に良かったって。
「……兄さん、ありがとう。ボクを受け入れてくれて」
「当たり前だろ、きょうだい!」
「へへ、うん……」
「……お、自然な笑顔できるじゃねぇか」
「へ……? 今ボク、笑った?」
「あぁ、笑ったぜ。最高の笑顔だ」
そっか、笑ったんだ、ボク。
全部全部、兄さんのおかげだね。
……だったら今度はボクが兄さんの、みんなのためにがんばる番だ。
「……兄さん、早くみんなを連れてこの家を出よう」
「あん? どうした、急に。ここはメシ食いに行く流れじゃねぇのか……?」
「ボクが睡眠薬をスープに入れてみんなを眠らせ、その間にソーマがベアトをさらう。そういう手筈だったんだ。こうしている間にも、みんながちっとも眠らないことに異常を感じて、なにかしかけてくるかも——」
ガシャァァァァン!!
ボクが言い終わる前に、居住スペースから何かが割れる音が聞こえてきた。
続いて、リフの悲鳴やラマンの情けない声、トーカやグリナの張りつめた声も。
「……っと、言ってるそばからしかけてきやがったな! こうしちゃいられねぇ、行くぞ!」
「……うんっ!」
迷いなくカウンターを飛び越えていく兄さんに続いて、ボクも迷わず走る。
こうなったのは、全部ボクのせい。
ボクが兄さんを信じられなかったせいで、みんなを危険にさらしてしまった。
だから、ボクがみんなを助けるんだ。
みんなを助けて、それからみんなに謝ろう。
その結果、殴られても嫌われてもいい。
ゴミを見るような目で見られたってかまわない。
兄さんがボクをきょうだいだと言ってくれるなら、ボクはもう何も怖くないから。
〇〇〇
バルジさんがケルファさんを連れて、お店の方に行ってしまいました。
みなさん心配そうにしていましたが、リーダーに任せておけば心配ない、とグリナさんが言ってくれて。
バルジさん、本当に信頼されているんですね。
家じゅうからかき集めたテーブルを合体させて、全員座れる大きさのテーブルに。
同じく家じゅうからかき集めたイスにみんなで座って、お食事開始です。
いざという時のために、皆さん手の届く場所に武器を置いているので、少し物々しい感じですけどね。
クイナさんの卵料理も、ラマンさんの焼いたおさかなのムニエルもとってもおいしくて。
ケルファさんの作ったスープもみなさん大喜び。
そんななごやかな食事の時間は、とつぜん終わりをむかえたんです。
「……お前ら、用心しろ」
最初に異変に気づいたのはディバイさん。
いつも無口なこの人が自分からしゃべったことにまず驚きました。
ですが次に起きたことは、そんなことがどうでもよくなるくらいにびっくりです。
うじゅ、ぐじゅ……。
しめった嫌な音を立てながら、床板のスキマからピンク色のぐちゃぐちゃな物体が染み出してきたんですから。
「ひっ……!」
ガシャァァァァン!!
私のとなりに座っていたリフちゃんが、ひきつった表情で持ってたお皿を落とします。
「いやあぁぁああぁぁぁぁぁぁっ!!!」
そして、悲鳴をあげながら私に抱きついてきました。
ぐちゃぐちゃのお肉が部屋のあちこちから湧いて出て、私たちのいるテーブルの周りを取り囲みます。
「うおぉぉっ!? こ、こいつらまさかぁぁっ!?」
「ラマン、情けない声出すな! こいつぁ神殿の地下にいた奴らだな……! 戦えるヤツぁ武器を取れ!」
「メロとベアト、クイナ、それから子供たちは、とりあえずアタシのそばに来い!」
グリナさんとトーカさんがイスを蹴っ倒して武器を取りました。
二人とも、とっても頼りになります。
私もしっかりしなくちゃですね。
震えるリフちゃんを抱いて、トーカさんのそばに行こうとします。
『蜉ゥ縺ヲ逞!!』
『谿コ縺ヲ鬘倥>!』
ですが、私が動いた瞬間、肉のバケモノたちが二体、奇声をあげて私にむかってきました。
テーブルを倒して、せっかくの料理を床にばらまきながら。
「……っ!!」
この肉塊たちは、はっきりとした意思を持って私を狙っている。
助けて、キリエさん!
叫ぼうとしても、声は出ません。
もうダメだと、そう思った瞬間、
「ロックラッシュっ!」
「……っ」
メロさんが放った石の弾丸が、肉塊の化け物を一体弾き飛ばします。
そしてもう一体は。
「フリーズ」
ディバイさんの氷魔法で凍りつき、床に落ちて粉々に砕け散りました。
「大丈夫か! ベアト、リフ!」
「……っ」
二人のおかげで、私は無事にトーカさんのそばまで来られました。
トーカさんが私を気遣ってくれますが、私は本当にここにいてよかったのでしょうか。
だって、敵は私を狙っているんです。
この襲撃は私のせいなんですよ……?
「ひっ、ひぐ、えぐ……ぅ、おねえちゃん……」
リフさんにも怖い思いをさせてしまいました。
ぜんぶ、私が狙われているせいで……。
「ベアト、アンタのその顔、まさか自分を責めちゃいないだろうね」
おばあちゃん……?
杖なんか持って、なにをするつもりなんですか……?
「だとしたら、お門違いもいいとこだよ。少なくともあたしゃ、自分の意志で戦うって決めたんだ。アンタを守るって決めたんだ!」
また肉塊が一体、私にむかって飛びかかってきます。
おばあちゃんがその前に立ちはだかって、杖をかまえた次の瞬間。
シュバッ!
空気を裂く鋭い音がして、化け物は真っ二つになりました。
おばあちゃんが握っているのは仕込み杖。
木の杖の下に隠されていた薄い鋼鉄の刃が、怪物を一撃で斬り捨てたんです。
びっくりです。
おばあちゃん、実は強かったんですか……?
「そうだぜベアトちゃん! 俺の仲間もみんな、自分の意志で教団にケンカを売った! そこに後悔はねぇ!」
続いて誰かが部屋に飛び込んできました。
……誰か、と言いましたが、姿が見えなくても声でわかります。
バルジさんです!
縦横無尽に部屋中を飛び回る残像。
あっという間に部屋中のバケモノが細切れになって、全滅してしまいます。
あまりにも早すぎて、私には何をしているのか全然わかりませんでした。
「リーダー、遅いっての!」
怪物をやっつけて、ようやく立ち止まったバルジさん。
右手に長剣、左手にソードブレイカーを持って、グリナさんにニヤリと笑いかけました。
「すまねぇな、お前ら。ちぃとばかし遅れちまった」