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205 出来損ない




「……とりあえず、コイツは俺があずかっておく」


 ボクの手から、睡眠薬の入った包みが取り上げられる。

 もうダメだ。

 終わった、なにもかも。


「……ちょっと、こっち来い」


 兄さんに手を引かれて、どこかに連れていかれる。

 いったいどこに……?

 ……どこだっていいか。

 もう、全部終わったんだ……。


 連れてこられたのは、誰もいないお店のスペース。

 奥からうっすら明かりがもれてくるだけで、とっても暗い。

 今のボクの気分にピッタリだ。


「……お前はここで待ってろ」


 言い残して、兄さんが居住スペースの方にもどっていく。

 少しして、声が聞こえてきた。


「お前ら、先にメシ食ってろ。俺はケルファと、少し話があるからよ」


「ケルファと? またなんで?」


「ま、そこはプライベートってヤツだ。深くは聞かないでくれ」


 ボクに、話……。

 何を言われるのか、どんな顔をされるのか、怖くてしかたない。

 今すぐここから逃げ出してしまいたい。

 でも、逃げ出す勇気すら、ボクは持っていない。

 兄さんがもどってくるまで、後悔と恐怖にふるえながら待つことしか、ボクにはできなかった。


「……待たせたな、ケルファ」


「…………」


 カウンターの奥から兄さんが出てきて、ボクの前で立ち止まる。

 どんな目をむけられているのか、怖くて顔を見られない。


「……っ」


「あー、と。まず、この薬のことだが……」


「……っ、はぁ……、はぁ……」


 研究員たちがボクにむけるあの目を、あの日々を思い出して、呼吸が乱れる。

 人間扱いされず、番号で呼ばれ、失敗作として扱われ、誰からも必要とされなかった日々。

 狭い地下牢に入れられて、ただ廃棄処分を待つだけの絶望的な……。


「はぁ……っ、はぁっ、はぁ……っ!」


 もしも、もしも兄さんにまであの目をむけられたら。

 考えるだけで指先がしびれて、涙があふれて、いっそ死んでしまいたくなる。


「お、おい、ケルファ……? どうした、落ち着け!」


「はっ、はぁ、はぁっ!」


 兄さんに秘密を知られて、みんなを裏切ったことも知られて、きっとボクは捨てられる。

 全てを失って、兄さんに、みんなに、別の生き物を見るような冷たい目をむけられて……っ!


「ケルファ!」


 ガシっと、兄さんに両肩をつかまれる。

 その時はじめて、ボクは今の兄さんの目を見た。

 心の底から心配そうに、まっすぐにボクをみつめる瞳。

 あの研究員たちとはまるで違う、優しい目。

 絶望しかなかった地下牢からボクを救い出してくれた、あの時の兄さんと同じ目だ。


「大丈夫だ、怖がらなくていい。俺はお前の味方だ」


「……ぅぐっ、兄、さ……っ、兄さん……っ」


 あぁ、そうか。

 この人は信じてもいい人なんだ。

 この人だけは、きっと何が起こっても、ボクの正体を知ったとしてもボクを捨てない。

 ずっとボクの兄さんでいてくれる。


「兄さああぁぁぁんっ! うああぁぁぁああぁぁぁぁっ!!」


「おっと……!」


 兄さんの胸に抱きついて、思いっきり声を上げて泣く。

 こんな風に泣いたの、産まれて(作られて)はじめてかもしれないな……。




「……落ち着いたか、ケルファ」


「……うん、ごめんね兄さん。あんな風に取り乱して」


「謝るのは俺の方さ。お前の様子がおかしいことはなんとなく察してた」


 ……え?

 ずっと隠してたのに、兄さんにはバレてたっての?


「おおかたあの夜、ソーマの野郎になにか吹き込まれたんだろ」


「なんで、そんなことまでわかるの……?」


「わかるさ。俺はお前のアニキだからな」


 ポン、と頭をなでられる。

 こんなあったかい気持ちになるのも、初めてだ。


「黙って様子を見ていたが、こんなことならもっと早くに正面からお前と向かい合うべきだったな。すまなかった」


「あやまるのはボクの方だ……。みんなを裏切って、仲間を売ろうとしたんだよ……?」


「……お前は理由もなく仲間を売るようなヤツじゃねぇ、そのくらいわかってる。いったい何が、お前をそこまで追い詰めたんだ?」


 ……兄さんにだけは、ずっとこのことを知られたくなかった。

 やっとできたつながりなのに、知られたら嫌われる、捨てられる、そう思ったから。

 だけど、兄さんはそんな人じゃないって今なら確信を持てる。


「……わかった、教えるよ。ボクの秘密を、兄さんに」


「秘密……」


 この人になら、きっと大丈夫。

 そう信じて、ボクはずっと黙っていた秘密を明かした。


「ボクは普通の人間じゃない。聖女リーチェの皮膚の一部から培養ばいようされて生み出された、複製人間クローンなんだ。しかも失敗作の、ね……」


「……あー、と。待ってくれ、理解が追いつかねぇ。すまねぇが、一から話してくれねぇか?」


「……だよね、いきなりこんなこと言われてもワケわかんないよね。まずは——」


 ——前提知識として、ボクは兄さんにリーチェの計画について話した。

 聖女のお姉さんをねらう理由と、人工エンピレオのことを。


「な、なんてこった……。まさか黒幕が、聖女サマに大司教とはな……」


 さすがにショックだったみたいだ。

 ひたいを片手でおさえて、必死に情報を整理してる。


「……話を続けるね。リーチェは最初から、ベアトさんを狙っていたわけじゃなかった。というか、聖女の力を秘めていることを、そもそも知らなかったんだ」


「だが、人工エンピレオを完成させるには生体パーツとして聖女が必要……。なるほどな、そこでお前ってわけか」


「そう。リーチェはまず、自分のコピーを作ってそれを生体パーツにしようとしたんだ。でも、技術は不完全なもので……」


 そこまで口にして、さすがに言葉につまってしまった。

 ここから先、言ってしまえば本当に引き返せなくなるから。


「…………。……不完全な技術を使った結果、生まれたのは、聖女リーチェのおもかげをうっすらと残しただけの出来損ない」


「出来損ない……だと? そんなことぁ——」


「出来損ないだよ……。聖女は女でないとなれない。それなのに、ボクは女じゃない。かと言って男でもないんだ」


「……どういうことだ?」


 このせいで、研究者には毎日出来損ないだと言われた。

 動物にやるようなエサしか与えられず、粗末なボロ切れを着せられて、せまいオリの中でかろうじて生かされているだけ。

 顔を合わせる人間は、みんなボクに違う生き物を見るような目をむけて、一度も人間として扱われなかった。


「言葉の通りさ。ボクは男でも女でもないんだ。どちらの性別を示す証も、ボクにはついていない。胸にも何もついていない」


 だからさ。

 兄さんといっしょに入浴したら、すぐにバレる。

 いっしょに眠っても、何かの拍子でバレるかもしれない。

 いくら誘われても、本当はいっしょにいたくても、接触を避け続けた理由がこれだ。




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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど、いわゆる「ぜろなり」って奴ですか…まあ我々の世界ですら寿命やテロメアの問題があるのに、如何にオーバーテクノロジー気味なエンピレオの知識があるとしても、クローンは無理でしょうね…。…
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