204 聖女の宿命
ベアトとリーチェが、ベルナさんと先代聖女との間に産まれた娘……。
ちょっと想像を絶する話だったけど、きっと本当のことなんだろう。
ただ、気になることもあって。
「たしか、赤ん坊の性別をいじれる薬もあるんですよね。そっちを使えばいいんじゃ……?」
詳しいことはしらないけど、ブルトーギュがそいつを使って生まれてくる赤ん坊の性別をいじってたってジョアナに教わった。
「たしかにそんな薬もありますが、無理やり赤ん坊の体を作り変えるため、母体にも胎児にも多大な負荷を与えるんです。ですからこの秘術が、もっとも安全で確実な方法なんです」
……なるほど、ブルトーギュが自分の妻も子供もなんとも思ってなかったことがよーくわかった。
そして、ベルナさんがリーチェを殺してほしくない理由も。
「……このこと、ベアトは知ってるの?」
「いいえ、あの子はこのことについて何も知りません……」
そっか、知らないんだ。
ベルナさんが本当のお母さんだってこと、ベアトは知らないんだ……。
「じゃあ、クレールさんは……」
「もちろん知っています。思えば、母にも酷なことをさせていましたね……」
……たしかに、本当の祖母だって名乗りだせないのはつらいだろうな。
ただでさえ孫はかわいいっていうのに、ましてや相手はベアトだよ。
あんな天使みたいなかわいい子に他人として接してきたなんて……。
「あの人、ベアトのことを本当の孫みたいにかわいがってるってずっと思ってた。本当にあの子のおばあちゃんだったんですね……」
いろいろと納得だな。
襲われる危険もかえりみずにベアトを受け入れるわけだよ。
「……聖女はパラディの至宝も同然。その血を絶対に絶やさないために、万一のことすら起きないように、大神殿から出ることさえ禁じられています。暗殺を防ぐため、素顔も一般には公開されていません」
そうなんだよね。
聖女リーチェの名前はみんな知ってるのに、その顔は世間じゃ誰一人知らないんだ。
だからベアトが顔を出して歩いてても、誰もさわがない。
「顔だけではなく、聖女に関するあらゆることが秘匿され、出生の秘密も短命の事実もその一つ。ベアトには、何一つ知らないままに人生を歩んでほしかったのです……。過酷な宿命を背負わされてしまったリーチェの分も……」
過酷な宿命、ね……。
確かに同情はするけど、だからって好き放題やっていい理由にはならないよ。
「……いくら不幸な身の上だからって、私はリーチェを許せない。殺すなって言われても、本人を目の前にしたらどうなるかわからない」
自分が生きながらえるためだけに、ベアトを犠牲にしようとしてる事実は変わらないんだから。
大勢の人を犠牲にしたとか、そんな正義の味方みたいなこと言うつもりはないけど、ベアトを苦しめたことだけは絶対に許せないし許すつもりもない。
「そう、ですよね……。キリエさんの気持ちもわかります。ですが、母親として——」
ドガアァァァ……ッ!!!
その時、ソレは唐突に起こった。
夜の聖都に響く爆発音。
遠く離れているからか音はひかえめだったけど、とにかくただ事じゃない。
「い、今のは……!?」
音がしたのは街の方。
いったい何が起こったってんだ……?
△▽△
ボクがフォローを入れるまでもなく、兄さんは勇者のお姉さんを一人で大神殿にむかわせた。
大神殿でお姉さんは始末されて、こっちではボクが仕事をする。
仕事……っていっても、誰かを直接殺すとかじゃないんだけど。
ここまでは、全てソーマの思い通りだ。
いっそ腹が立つほどに。
「キリエお姉さん、行っちゃったですねー……。やっぱり心配です」
「アタシらの誰より、ベアトが一番心配だろうさ。でも、アレを見ろよ」
「……っ!」
「おぉ、気力がみなぎっているのです……」
「帰ってくるまで待ってるつもりだぞ、ありゃ」
「愛ですね……」
ボクの役目は、ここにいる人たち全員に睡眠薬を盛ってやること。
ソーマに言われたのは、ただそれだけ。
あとはヤツの使いが来て、聖女のお姉さんだけを連れていく。
他のメンバーには一切手を出さないし、兄さんも殺さない。
そういう約束だ。
……そんな約束、信じられるわけがない。
だけど、逆らえば兄さんにボクの秘密をバラされる。
バラされた上で、確実に全員が殺されてしまう。
ボクには逆らう力なんて無い。
誰かに事情を話したら、ボクの秘密まで明かさなきゃいけなくなって、兄さんにボクの秘密が伝わってしまう。
それだけは、嫌なんだ。
「今夜のメシの支度、なかなか骨が折れそうだねぇ……。コレ、いったい何人いるんだい」
「おばあさん、微力ながらジブンお手伝いするッス!」
「おいらも手伝うぜ。こう見えて料理は得意なんだよ」
……夕食の準備、か。
全員に睡眠薬を飲ませるなら、ちょうどいいな。
ここは手伝いを申し出るべきだろう。
普段のボクからすると不自然かもしれないけど。
「……ボクも手伝うよ」
「ケルファが……? めずらしいな、今までおいらの手伝いなんてしなかっただろ?」
「別に……。人数が多いから手伝ってやろうと思っただけ。それともなに? やんない方がいい?」
「いやいや、そうは言ってない! むしろ手伝ってくれ、たのむ!」
「ふん……」
よし、これで自然にもぐりこめたはず。
さいわい料理の知識は本当にあるし、スープくらいなら作れる。
あとはこっそり鍋に睡眠薬を混ぜてやれば……。
「……」
「どうした、リーダー。ケルファの方じっと見て」
「……いや、なんでもない」
△▽△
この家のキッチン、かなりせまい。
そのせまさとラマンの体がデカいおかげで、小さなボクは目立たない。
だけど、さすがにコイツらがいたんじゃ薬なんで混ぜられないな……。
「おぉっ、ケルファさんの野菜スープ、マジでうまそうッス!」
「びっくりしたぞ。お前にこんな才能があったなんてなー」
こんな風に周りに集まって鍋を覗かれてたんじゃ、なおのこと。
「……ボクをほめても何も出ないから。それよりばあさんの配膳手伝ったら?」
「そうッスね。ささっと運んでおいしいごはんといきましょう!」
「おう、そうだな。お前のスープ、どんな味か楽しみにしてるぞ」
……ふう、婆さんをダシにしたらなんとか離れてくれた。
ラマンのヤツが料理を運んでいって、仲間面してるあの女も同じくキッチンを離れてく。
あとはアイツらがいない間に、薬を入れるだけだ。
入れる、だけ……。
「……仕方ない。仕方ないんだ」
……ボクだって、本当はこんなことしたくない。
だけど……。
迷いの中、ポケットから睡眠薬の包みを取り出して、白い粉を鍋の中へ——。
ガシッ!
入れる直前、大きな手がボクの手首をつかんで止めた。
その瞬間、ボクの頭の中はまっしろになる。
心臓がビクッと跳ねて、背中から嫌な汗がふきだす。
どうして、なんで……。
この人にだけは、バレたくなかったのに。
「……やめとけ、ケルファ」
「にい、さん……」