203 二人の母親
首から上が吹き飛んだ死体から、【使役】のはめ込まれた首飾りを回収する。
このギフト、ホントに悪用しかされないな。
事件が終わるまで、私がしっかり持っておこう。
「っと、早く戻らなくちゃ……」
テラスへの窓を私がブチ割ったおかげで、部屋の中の毒霧は外に抜けていっている。
だけど、ベルナさんが【使役】の影響から解放されたってことは、もしかしたら……。
(うん、あれこれ考えてる時間はなさそうだ)
息を止めて部屋の中に駆けもどると、ベルナさんが意識を失って倒れてた。
思ったとおり、【使役】の力で無理やり使わされていた【劇毒】のコントロールを失って、毒の霧を吸い込んじゃったんだ。
体を起こしてゆすってみるけど反応はナシ。
(このままじゃマズイ……。とにかく新鮮な空気のある場所に連れていかなきゃ……)
廊下はダメだ、誰が通るかわかったもんじゃない。
死体が転がっててなんか嫌だけどしかたない、ベルナさんの体をかついでテラスへと飛び出す。
それから、新鮮な空気が吸えるように壁にもたれさせて、
「ベルナさん、ベルナさんしっかりして!」
ぺちぺち、軽くほっぺを叩いてみる。
「う、うぅ……」
ダメだ、意識が戻らない。
あの霧、よっぽど強力な毒だったんだろう。
「……そうだ、解毒剤!」
この人に取られてしまった、ラマンさんの作った薬の小袋。
たしかあの時、胸元にしまってたはずだ。
ちょっと失礼して手を突っ込んで、ゴソゴソまさぐるとすぐに見つかった。
中から紫色の解毒剤を取り出して、ベルナさんの口に入れる。
「飲み込んで、お願い……!」
こういう時、どうすればいいんだっけ。
意識が無い時に飲み込んでもらうためには……。
よく分かんないけど、とりあえず頭を上にむけさせて、【水神】の力を発動。
コップ半分くらいの量の水を出して、ベルナさんの口に流しこんだ。
「んぐっ、んぐっ……」
「やった……」
のどが動いて、薬といっしょに水を飲んでくれた。
ラマンさんの薬の効き目はすごいから、すぐに効果が出るはずだ。
「……げほっ! ごほっ、ごほっ!」
よかった、意識を取りもどした。
ごほごほむせながら、だけど……。
緊急だったし仕方ないよね。
「こほ、こほっ……。あ、あなたは、キリエさん……?」
「ベルナさん、大丈夫? あなた、【使役】の力で操られてたんだよ」
「……ええ、途切れ途切れですが、その記憶はあります……」
「操ってたヤツは殺したから安心して。……あ、すぐそこに死体も転がってるけど、そっちは見ない方がいいです」
「は、はい……」
よかった、意識もハッキリしてる。
だったらこの人には悪いけど、いろいろと確認しなきゃ。
「意識がもどって早々悪いんだけど、確かめたいことがあるんです。あなたが操られている間に、意識はあった?」
「ええ。あの話をしているあいだは、ある程度自由な意思を持たされていましたから。ただ、【使役】の下した命令には逆らえませんでしたが……」
「じゃあ聞くけど、説明した計画のこと、アレって全部本当?」
真っ先に確かめたいのがコレ。
あの説明が操られた結果の真っ赤なウソなのかどうか。
ベルナさんは私の顔をまっすぐに見つめて、
「……すべて、真実です」
はっきりとそう言った。
じゃあ、やっぱりベアトは人工エンピレオの生体パーツにされるために……。
「【使役】を用いていた彼——ドルマスがあの時命じていたのは、知る限りの情報を話して油断させろ、でした。あなたに毒を盛るために信用させる必要があった、だからウソをつけなかったのでしょうね」
「なるほど……。たしかにつじつまが合わないと疑っちゃうと思う」
「……ただ、ドルマスは大切な情報をいくつか伏せさせていました。そのうちの一つが、あの子についての情報」
「あの子……?」
そういえば、会話の流れがおかしくなるタイミングが何度かあった。
そう、たしか聖女リーチェについての話題が出ると……。
「まさか、あの子って……」
「そう、そのまさかです。フィクサーの他に、黒幕はもう一人いる」
ウソでしょ……。
ちょっと待ってよ。
なんとなく、ベルナさんの言おうとしてることがわかってしまった。
でも、認めたくない。
私の勘違いってオチになってほしい。
「リーチェ・ティナリー。機械仕掛けの神は、もともと彼女が発案した計画。生まれ持った聖女の短命から逃れるための研究が、発端だったのです」
だけど、現実は無情で。
最悪の予感は、最悪の現実となってしまった。
「だ、だって、リーチェはベアトの実のお姉さんで……」
あんなに信頼してたお姉さんに狙われてただなんて、そんな残酷な事実、あの子に——ベアトになんて説明すればいいのさ……。
「……生体パーツとして組み込まれれば、ベアトは新たなエンピレオの一部となります。死ぬことはなくなりますが、同時に人間でもなくなる」
「なんでそんな……。そこまでして、たった一人の妹を犠牲にしてまで、リーチェは生きたいっての!?」
「生きたいんです。あの子は、生きていたいんです……」
悲しげな目で、ベルナさんは口にする。
わかんない、わかんないよ、そんなこと……。
「……ありがとう。とにかく、リーチェも殺さなきゃいけないってことだけはわかった」
「……っ! だ、ダメです……!」
リーチェを殺す。
そう言っただけなのに、なぜかものすごい勢いで止められた。
殺すなんてとんでもないって勢いで。
「ど、どうしたのさ、ベルナさん。あなた、ベアトの乳母なんでしょ? リーチェまでかばうことは……」
「お願いです、あの子を殺さないでください……」
「……ベアトが悲しむから?」
「ちがいます……。これは私の身勝手な願い。ですが、耐えられないのです。私の血を分けた娘が、同じく血を分けた娘の大切な人に殺されるだなんて、そんな残酷なこと……」
……血を、分けた娘?
ベアトとリーチェが、ベルナさんの……?
「ちょ、ちょっと待って、ベルナさん。ベアトたちのお母さんは先代の聖女で、あの子たちを産んだ時に命を落としたんだよね?」
クレールさんから聞いたこの話がウソじゃなければ、ベルナさんが二人の母親なはずが……。
「……聖女の血統。その血は二千年前、初代勇者の妹から始まりました」
その話ならなんとなく知っている。
最初にエンピレオの神託を受けた勇者がパラディを建国して、初代大司教になった。
そして、その妹が初代聖女なんだよね。
「聖女は必ず女性でなければならない。そして、初代聖女の血を継いでいなければならない。ですが、聖女の短い一生の中で子を成しても、生まれてくる命が女性とは限りませんよね」
「それは、まあ確かに……」
考えてみれば不思議な話だ。
男の子ばっかり生まれて聖女の系譜が途絶えてもおかしくないのに、二千年間ずっと聖女は続いてる。
「聖女の血筋が途絶えなかった方法、それは女性同士で子を成すことです。この方法ならば、生まれてくる子供は必ず女性になる。エルフがそうであるように」
「あぁ、そっか。エルフもそうだよね……」
「彼女たちの秘術を用いて聖女は子を成し、次の聖女を産む。そうして二千年もの間、聖女たちは短い命の中で血をつないできたのです」
女性しか存在しない、女性同士で子どもを作れる種族エルフ。
どういう手段で作るのかは具体的に知らないけど、エルフ以外でもできるんだね。
というか、種族的な機能じゃなくて秘術だったんだ。
「……って、ちょっと待って。じゃあベルナさん、ベアトたちが血を分けた娘だってのは、まさか……」
「ベアトの乳母だなどと、身分を偽ったりしてごめんなさい。ベアトとリーチェは、先代聖女フォルカと私の間に産まれた娘たち。正真正銘、私の娘たちなんです……」