202 起死回生の小袋
【劇毒】だって……!?
メルクとかいったヤツが使ってた、毒を操るギフト。
そいつをベルナさんが使って、私を殺しにきたってのか!?
そんな、どうして……。
「がはっ、ごぼっ……!」
「即死、とはいきませんか。ざっと常人の致死量の五倍は入れておいたのですが……」
口から大量の血が飛び出る。
ヤバい、このままじゃ意識が……。
「ど……して……っ、ごほっ! ベル……っ、さ……っ、げぼっ!!」
「中々死にそうにありませんね。ダメ押しに毒の霧を散布しましょう。そのために、ドアも窓も締め切っているのですから」
ベルナさんの体から、紫色の霧が吹き出しはじめた。
この状態でアレを吸い込んだら、もう本当に死ぬ。
なんとか、なんとかしなきゃ……。
(……そうだ、ラマンさんにもらったアレを!)
特製秘薬五粒入りの小袋。
あの中に、たしか毒消しの薬も入ってたはず。
ベルナさんからは見えないように、テーブルの影で死角になる角度でポケットに手をつっこむ。
(見つかるな、見つかるなよ……)
ポケットの中をまさぐって、なんとか取り出せた。
指先がしびれてるせいで、少し時間がかかったけどね。
その間、ベルナさんからは私の動きは見えてなかったはず。
あとは包みを開けて……。
「……今、なにか取り出しましたね。小袋ですか? ちょっと見せてみなさい」
「え……っ」
ウソでしょ……?
テーブルの影で死角だったのに、そもそも見てもいなかったのに。
ベルナさんが私のそばまで来て、苦労して出した小袋を取り上げた。
「これは……。なるほど、こんな薬を隠し持っていたのですね。あぶないあぶない……」
包みを開けて中を確認された上、そのままふところにしまわれてしまう。
ヤバい、まずい、もうダメなの……?
「毒の霧も、少しずつ部屋に満ちてきましたね。あなたの命もあと少し。ふふふっ……」
……いや、まだだ。
まだあきらめてたまるか。
小袋ならもう一つ持っている。
ランゴくんが調合してくれた解毒剤が。
(でも、アレを取り出して、また取り上げられたら……)
大神殿に来る途中に確認した、小袋にたった一つだけ入った解毒剤。
見つかった瞬間に、今度こそ生き残る可能性はゼロになる。
だからといってモタモタと迷ってたら、毒がどんどん体にまわって、毒霧も部屋にどんどん満ちていく。
考えろ、どうして小袋のことがバレたんだ……?
(……もしかして)
私はさっき、ベルナさんの視線だけを気にしていた。
この人から見て死角になるように、袋を取り出したんだ。
でも、それがまったく無意味な行動だったとしたら?
(そうだ。ベルナさんは優しくていい子で天使みたいなベアトを育てた人。そんな人が、敵であるはずがない)
つまり、可能性は一つ。
この人はきっと、私も知ってるあの能力で操られているんだ。
コルキューテのお城で戦って、ソーマがパラディに持ちかえったあの能力で。
(だとすると、術者がどこかに潜んでいるはず……)
ベルナさんにしゃべらせて、【劇毒】を使わせて、私を安全などこかから見ている本当の敵がどこかにいるはず。
通気口はちがう。
毒霧が行っちゃうし、そもそも流れていかないようにスキマ無くふさがれてる。
部屋の中を見ることができて、毒霧からも守られてて、テーブルの下の私が見える位置は……。
(そこか……?)
ドアからむかって左側、街の景色を一望できるバルコニー。
そこからなら、私のいるテーブルの下が丸見えだ。
「ごぼっ、がはっ、げぼっ!!!」
「あら、そろそろ死にますか? まだ毒霧を吸ってないのに……」
苦しむふりをして、体の角度を変える。
ランゴくんの薬が入ったポケットと、私の手元口元がバルコニーから見えないように。
もしも私の推理が外れていたら、それで終わり。
また薬を取り上げられて、何もできずに私は死ぬ。
(お願い、当たってて……)
祈りながら、ポケットの中に手をのばす。
袋に触れたか、つかめたかどうか、指先の感覚が失われててイマイチわからないけど、つかめたって信じてひきぬいた。
(……よし、取り出せた……! ベルナさんの方は……)
「もう少し……。もう少しで部屋に毒霧が充満する……。誰も殺せなかった勇者を、この私が……」
こっちも計算通り、私の動きに気づいていない。
袋のヒモをそっとほどいて、中の薬を手の上に取り出す。
あとは飲み込めば……。
「……っうぐ、げぼっ!! がはっ!!」
コロ、コロコロ……。
し、しまった……!
「……あら? なにか転がったみたいですね……」
血を吐き出した拍子に、手のひらから丸薬が転がり落ちてしまった。
丸い小さな丸薬が、カーペットの上を転がってテーブルの影から転がり出る。
しかも、その瞬間を敵に見つかって……。
「これは……。まさか、薬がもう一つ……っ!?」
顔色を変えたベルナさんが、丸薬に手をのばす。
まずい、あの薬まで奪われたら本当に打つ手がなくなる。
ベアトを、守れなくなる……!
「っぐ、あああぁぁぁああぁぁっ!!」
死んでたまるか、ベアトを守るんだ!
最後の力をふりしぼって、練氣をデタラメに放出。
とにかく体中にめぐらせて無理やり体を動かし、全力で手をのばす。
届け、間に合え……!
ガシッ!
「なん……っ!?」
「や、やったっ……」
なんとか、なんとかベルナさんより先に拾えた。
拾うと同時に無茶な練氣が消失して、体の力がガクッと抜ける。
だけど、ここまできたら関係ない。
手の中にしっかりにぎって、大急ぎで口の中へ。
血の混じったつばといっしょにゴクリと飲み込んだ。
『し、しまっ……!』
……今、聞こえたよ?
ベルナさんじゃない誰かの声が、バルコニーの外からハッキリと。
「……よし、動く」
体のしびれが急激に抜けていくのがわかった。
軽く手をにぎって開いて、感覚も戻ってることを確認。
ランゴくんの薬、ラマンさんに負けず劣らずの恐ろしい即効性だ。
あとでしっかり、あの子にもお礼を言っとかないと。
……この敵をブチ殺して、無事に帰ったあとでね。
操られているだけのベルナさんは、とりあえず放置。
毒霧を吸わないように呼吸を止めて、部屋の左側、バルコニーへ続く窓ガラスへと突っ走る。
頭を両腕でガードして、勢いのままにガラスをブチ破って外へ飛び出した。
「ひっ……!」
耳に届く短い悲鳴。
急ブレーキをかけてその場で止まり、ゆっくりと声が聞こえた左の方へ首を回す。
「……みーつけた」
「ひっ、い、いやだっ、やめて、許してっ……!」
黒いローブ姿の、短髪の男。
【使役】の勇贈玉がハマった『至高天の獅子』を首から下げてるし、神官さんかな?
ま、どうだっていいんだけどね。
「ねえ、外の空気っておいしいね」
「お、俺はただ、ソーマのヤツに命令されて、それで……」
「……命令だったら何してもいいってのか」
こいつのあまりに無責任な言い草、あの時のこと思い出しちゃったよ。
私の村を焼いた実行犯のクソ野郎どもも、似たようなこと言ってやがったな……。
「ひ、ひぃぃぃぃっ!!」
奥歯をガチガチ鳴らして、背中をカベにひっつけるウジ虫野郎。
そんなにおびえなくていいのに。
すぐに魂ごと喰われて、何も感じなくなるんだからさ。
「お、お願い……。助けて……」
知るか。
今の私は最高にムカついてんだ。
ガシッ!
右手で顔面をわしづかみにして、【沸騰】の魔力をありったけ注ぎこむ。
「はじけ飛べ」
「いびゃああ゛ぁああ゛あぁぁぁぁ゛ぁぁああ゛ぁぁぁあ゛あぁっ!!!!」
汚い悲鳴が上がって、頭のあちこちがボコボコと膨らんで。
パァン!!
血と脳みそをまき散らしながら、クソ野郎の魂はカミサマの元へと旅立っていった。