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200 いってきます




「ただいま戻りました、ソーマ様」


「ご苦労です、アレス」


 『最後の一押し』を終えた部下(道具)を、神官ソーマは白々しい笑みでねぎらった。


「何も知らぬ者に斥候せっこうの真似事をさせ、こちらがベアト様の位置を把握している方法を敵からぼやけさせる。これで奴らが、万に一つもリーチェ様を疑うことはありません」


 敵を真相から遠ざける。

 この一手は、そのためのもの。

 名も知らぬ戦闘員一人の命など、作戦失敗のリスクを減らすことに比べれば、ソーマにとっては銅貨一枚の価値もない。


「くくっ、勇者と顔を合わせるのも最後でしたが、どうでした? 彼女を別の誰かに殺されることに、なにか異論は?」


「そのようなものはありません。ボクの全てはソーマ様の、リーチェ様の偉大なる目的のために存在します」


「よろしい……。では、リーチェ様並びに大司教様の護衛を命をしてつとめるように」


「ははっ」


 一礼のあと、アレスはソーマの私室を退出する。

 『調整』は成功、アレスに以前の狂気は見られない。

 忠実に動く手ゴマとして申し分ない精神状態だ。


「まさかここまでうまくいくとは思いませんでしたねぇ……。今の彼女からは、狂気も、復讐心も、すべてが失われたっ」


 勇者キリエとの戦闘後、グスタフにより爆破されガレキの山と化した実験場。

 消火と撤去の作業中、瀕死の状態で生きていたレヴィアが発見された。

 治療の末に一命をとりとめた彼女は、さらなる力を求める。

 主君であるタルトゥスなど、もはやどうだっていい。

 ただ一つ、勇者キリエさえ殺せれば、と。


「その要望に応えて『三夜越え』を投与した結果、生まれたのは狂気に支配されたバケモノ。あれでは使い物になりません」


 姉への思いも、【神速】の勇者を蘇らせて仇を討つ目的も、すべてが消し飛んだ。

 残ったものはただ一つ、勇者キリエへの憎しみだけ。


「しかし、しかしっ! 精神操作系の薬物をたっぷり投与してやった結果、素晴らしい手ゴマとなってくれましたねぇ! 加えて、人工勇者としての圧倒的な強さも手に入れたっ!」


 第一号、第二号ともに、人工勇者はエンピレオに異常な執着を持ち、教団を裏切った。

 その点でも、薬物による精神操作は教団にとって有用であった。


「はははははっ……! さぁて、残るは勇者の始末のみ。わかっていますね、ベルナ?」


 高笑いをおさめ、ソーマはふりむく。

 背後にひかえていたシスター姿の青髪の女性へと。


「……はい」


 ベアトの乳母うばベルナは人形のようなうつろな表情を浮かべ、感情のこもっていない返事をかえす。

 まるで自分の意志など持ちあわせていないかのように。


「よろしい。勇者に対する刺客として、あなたほど勝率の高い人はいませんからねぇ……。期待していますよ?」



 〇〇〇



 ベアトに手伝ってもらって、ホットパンツとシャツのいつもの格好の上から、教団員用のローブとフードを身に着ける。

 それから、口元を隠すベールも。

 前回潜入した時と同じ装備だね。


「これでよし、と……」


 ゆったりしたローブの背中部分に剣を隠せば、どこからどう見ても巡礼者、もしくは教団関係者。

 堂々と道を歩いて、真正面から大神殿に入ってやれる。


「どうかな、ベアト。おかしなトコとかない?」


「……っ!」


 コクコク、何度もうなずいてる。

 おかしくないです、って意味なのか、それとも他に意味があるのか。

 どっちにしろ、ベアトの小さなかわいい唇に目が行ってしまって、私の顔はまた熱くなった。


「……えっと、おかしくないならよかった」


 ダメダメ、しっかり気を引きしめなきゃ。

 アレはあくまで勝利のおまじない、今は任務に集中だ。


「もう時間だね。みんなにあいさつしてから、行ってくるよ」


「……っ」


 ベアトが胸の前で両手をグッとにぎってガッツポーズ。

 応援してくれてるんだね。


「うん、がんばってくる。絶対、黒幕を突き止めて帰ってくるからね」


 そう、この戦いは全部この子のため。

 この子が幸せに暮らすために、私は戦うんだ。



 準備が終わってベアトといっしょに一階へ戻ると、まずメロちゃんがものすごいニヤニヤ顔を浴びせてきた。


「むふふ……。お姉さんたち、夕方まで二人っきりで何してたですか……?」


「なにって……。準備と、あとはお話、とか……」


 いつもならポーカーフェイスで答えられるけど、アレはヤバい。

 自然と思い出して、顔が熱くなる。


「おや……? おやおや? まさかお姉さん、本当に……?」


「なんにもないから」


 メロちゃんってば、いろんなことにやたらと首を突っ込みたがるよね……。

 好奇心が強いんだろうけどさ……。


「リーダー、行ってくる」


「おう、任せたぜ。期待してるからな」


「任せてよ。潜入と調査は得意なんだ。……アイツに、仕込まれたからさ」


 ……こんな時に、思い出しちゃった。

 ジョアナのヤツ、今も地面の下で苦しみ続けてるのかな。


「アイツ……?」


「……なんでもない」


 リーダーもよく知ってる相手だけど、アイツのことだけは思い出さなくてもいいよ。

 ジョアナが裏切り者だったなんて、リーダーが知ったらショックだろうから。


「じゃあ、そろそろ——」


「あー、待って待って! ま、間に合った……!」


 いってきます、と言おうとしたら、二階からドタバタとラマンさんが降りてきた。

 そういえば、さっきからこの人いなかったな。


「今までなにしてたんだ、ラマン」


「調合だよ、姐さん! クレールさんにもらった材料で、特製の秘薬を作ってたんだ。というわけで……、はいこれ」


 ラマンさんから小さな袋が渡された。

 ヒモを解いてみると、中には色とりどりの丸薬と紙切れが一枚。


「これが秘薬……?」


「サウスピレアの町で作ったヤツもふくめて、何種類か入れておいた。種類の違いがわかりやすいように着色しておいたから。それぞれの効果はメモに書いてある通り」


 メモを開いて、軽く目を通す。

 なるほど、これはすごい。

 毒消しから体力の回復、傷をふさぐ効果の薬まであるんだ。


「ありがとう、ラマンさん。これ、すっごく助かる」


「だろ? おいら、役に立つだろ?」


 親指を立てて笑うラマンさん。

 その後ろから、魚人のこどもが顔を出した。

 ランゴくんだ。

 この子もラマンさんといっしょにいたのか。


「あの、お姉さん……。これも……」


 この子もまた、小さな包みを差し出してきた。


「ボクが作った、薬……」


「キミが作ったの?」


「おうさ! おいら直伝じきでんだ。効果の程は保証するぜ」


「そっか。ありがとう、大事に使うね」


 ラマンさんが保証してくれるなら安心だね。

 怖がらせないように気をつけて受け取った。

 持ってみた感じ、この中にも紙きれが入ってるみたいだ。

 あとで目を通しておこう。


「あの、キリエさん。ジブンからはこれを……」


 今度はクイナさんだ。

 首から下げてた『至高天の獅子』を外して差しだしてきた。


「いいの? 記憶を取り戻す手がかりの一つなのに」


「これ、神官以上の身分を示す証なんスよね。潜入に絶対役立ちますし、今のジブンが持ってても仕方ないので。ただし、絶対返しに戻ってきてくださいよ?」


「……ありがとう。なにがあっても返しにくるからね」


 クイナさんから首飾りを受け取って、首に下げる。

 さて、これで準備は——。


「おねえちゃん……」


 っと、リフちゃんが半泣きだ。


「だいじょうぶ、明日の朝には帰ってくるから」


「ほんとぉ……?」


「ホント」


 言い聞かせながら、頭をなでなでしてあげる。

 うん、にっこり笑って納得してくれたみたい。

 そして、最後に。


「ベアト、待っててね。絶対に戻るから」


「……っ」


 さっき、勝利のおまじないを受け取ったから、私は絶対に負けないよ。

 青いきれいな瞳をじっと見つめて、心残りが無いようにベアトの顔を目に焼き付ける。

 ……よし、これで私は戦える。


 みんな、いってきます。




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― 新着の感想 ―
[良い点] かくして味方も、敵も、味方と敵の敵も、全勢力準備は完了、いよいよ全面対決ですね…ソーマはもう、何もかけてやる言葉はありませんね。どれだけイキろうが、もうこいつは歩く死人です。ここまでやらか…
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