20 裏切り者
王都を出て東へ数十分ほど歩いたところで、道を外れて森の中へ。
茂みをかきわけてしばらく進むと、レジスタンスの隠し集会所がひっそりと建っている。
ここに来るのはネアール襲撃の会議以来二度めだけど、やっぱボロっちいな。
怪しまれないよう、リーダーとはバラバラに店を出たんで、今は私一人。
ベアトとストラはお留守番。
ボロ屋の中に入ると、もう大勢のメンバーが集まってた。
その中には、カインさんもいる。
この人が裏切ってることは、リーダーには知らせたくない。
納得してもらえないだろうし、無駄なショックも与えたくないから。
私一人で、カタをつけなくちゃ。
そんな風に考え込んでたら、肩をポンと叩かれた。
「勇者ちゃん、なに怖い顔してるの? ……って、それはいつもか」
「ジョアナ、いたんだ」
気付かなかった。
この人、気配隠すのがうまいな。
さすが潜入と情報収集のプロってとこか。
……最初の時、兵士に見つかってたけど。
「今日も男の子の格好、似合ってるわよ」
「ほめられてるのかなぁ、それ」
「ほめてるほめてる。ほら、笑って」
「笑えないって……」
やっぱうっとうしいな、この人の絡み方。
けど、ちょっとだけ気分は和らいだかも。
「おう、みんな、待たせたな。揃ってるか?」
しばらくして、リーダーが到着。
レジスタンスのメンバー、主要なメンツは全員そろったみたい。
私とジョアナ以外、みんなリーダーが信頼してる古参のメンバーばかりなんだって。
軽く人数確認したあと、さっそく重大発表が始まった。
「お前ら、聞いて驚け。ギリウスの兄貴が、王宮に残った反国王派の奴らをまとめ始めてる。勧誘とか、色んな方法を使ってな」
おおっ、とざわめきが上がる。
「しかも、だ。第二王女ペルネまで味方になるかもしれねえと来たもんだ。まだお付きの騎士を口説き始めたとこらしいけどよ、味方になればこれほど心強いもんはねえ。そうだろ!?」
……うん、これ絶対にブルトーギュサイドに知られちゃダメな情報だ。
リーダーはさ、みんな信用してるんだろうけど。
甘いよ。
このままじゃ革命は失敗する。
あの人の口を、ふさがない限り。
「兄貴が反国王派をまとめ次第、俺たちと兄貴で同時に蜂起する。国王を倒し、悲願を果たす時は近い! スティージュの、それぞれの祖国の仇を討つ日はもうすぐだ! お前ら、覚悟はいいかッ!」
「「「おうっ!!!」」」
打倒ブルトーギュ、私の悲願でもあり、この人たちの悲願でもある大目標。
いよいよ現実味を帯びてきた戦いを、無事に始めさせるためにも、カインさんは絶対に始末しなきゃ。
集会が終わって、メンバーたちはそれぞれ解散。
リーダーは親友のレイドさんと、色々話しこんでる。
こうして集まれる機会ってあんまりないんだろうな、他の人たちもみんな親しげに会話を楽しんでる。
そんな中、あの人だけは違った。
「バルジ、私は先に帰るよ。店をあんまり空けるのも、気が引けるからな」
「おう、カインさん。すまねえな、忙しいのに呼び出しちまって。でも、あんたには絶対に聞いてもらいたかったからさ」
「あ、ああ。そうか。では、な」
リーダーに笑いかけられて、平常心を装ってたけど、明らかにうろたえてる。
アジトを出て行ったカインさんのあとを、私はそっとつけ始めた。
街道とは逆方向、森の奥へ奥へと進んでいく。
この先で王国の役人と会う約束でもしてるのかな。
それとも、もう私に気付いて——。
「……なんの用かな、勇者のお嬢ちゃん」
少し開けた戦いやすそうな場所で、カインさんが立ち止まった。
やっぱり、私に気付いてたんだ。
「カインさんこそ、王都に帰るなら方向違うよ?」
「ちょっとね。山菜を採って帰ろうかなと思って」
「……そう」
ちょっと苦しい言い訳じゃない?
さっきは店に戻りたいからって帰ったのに。
警戒しつつ、なんでもないふりをして近付いていく。
頭をつかんで、一発で殺すために。
「ところで勇者ちゃん、私が会ってたあの人とは知り合いなのかな」
「……あの人、って?」
足を止める。
ダメだ、つかめそうにない。
この人、全然隙がないよ。
腰にさしてたソードブレイカーに、ゆっくりと手をかける。
「あの人だよ、お城のお役人さん。あの時、知ってるみたいな態度だっただろ?」
あぁ、完全にバレてた。
最初から、全部バレてたんだ。
こんな森の奥に来たのも、私を誰にも見られず始末するためだ。
好都合だ、だったら話は早い。
ソードブレイカーを抜いて、握りしめ、斬りかかる。
一撃で斬り倒すつもりで、背中をめがけて。
「ダメダメ、そんな大振りじゃ」
ガギィィィ……ッ!
私の攻撃は、あっさりと受け止められた。
カインさんが振り向きざまに取り出した、短い槍のさきっぽで。
「全然なってない。キミに戦い方を教えたのはバルジだろ? 師匠として恥ずかしい限りだよ」
温厚そうな、どこにでもいるおじさんの目つきが、鋭く変わる。
「……っ!」
凄い力で押し戻されて、バランスを崩しかけながら二、三歩後退。
その間に、カインさんはカバンから短い棒を四本取り出し、手早く手槍に接続していった。
あっという間に、立派な槍の完成だ。
「どうした? こんなはずじゃなかったって顔だね。自分一人で、私を殺れると思ったかい?」
「師匠……、だったんですか、リーダーの」
「あぁ、そうさ。子供のころのアイツに戦い方を仕込んだのは、この私だ」
なるほどね、どうりでリーダーがあんなに信頼するわけだ。
そして、どうりで威圧感がもの凄いわけだ。
この人、私よりも数段強い。
「そんな人が、どうして裏切ったんだよ……!」
「教える必要はないね。キミはここで、死ぬのだからッ!」
深い踏み込みから、一瞬溜めての鋭い突き。
反射的に横へ飛んだけど、正直なところ見えなかった。
少し前まで私がいたところを、ゴウ、って空気を弾き飛ばす音と一緒に突き出される。
槍の先にある茂みが衝撃でガサガサっと揺れて、その先にある木の幹が少しへこんだ。
この人、半端じゃない。
あんなん直撃喰らったら、体に風穴あいちゃうよ。
向こう側見えちゃうよ。
とにかく、いったん離れなきゃ。
槍だったら、木の密集したところじゃ振り回せないはず。
有利な場所に誘いこんでから——。
「逃がすとでも?」
私が走りだそうとした瞬間には、目の前に回り込まれてた。
振りかぶった槍が、横ぶりに薙ぎ払われる。
「あっぶな……!」
ブオンっ!
倒れ込んで避けた私の頭の上を、槍が通り過ぎていった。
「このぉっ!」
倒れながら、足を狙って剣を振る。
切断出来なくても、ケガを負わせられれば動きも鈍るはず。
「読みが甘いッ!」
で、垂直ジャンプで避けられる。
おまけに怒られたよ。
飛び上がったカインさんの槍の穂先が、こっちに向けられた。
このままじゃ串刺しにされる。
「そうは、いくか……!」
体をひねってゴロゴロ転がって、緊急退避。
一瞬前に私の顔があった場所へ、槍がざっくり突き刺さった。
帽子が落ちて、槍に刺されて穴が空いちゃったけど、気にしてる場合じゃない。
私が起き上がるころにはもうこっちに穂先を向けて、休む間もなく攻めてくる。
「カインさん、強すぎ……っ! なんでこんなっ、強いんだよっ……!」
突きの連打をギリギリで防いで、腕とか足に小さい傷をいっぱい作りながら、つい声を荒げてしまった。
だってさ、このおじさんがこんな強いとか思わないじゃん。
私一人でカタをつける、だなんてカッコつけなきゃ良かったよ。
「ただのおじさんだと、思ってたのに……、何者なのさ……っ!」
「何者、か。私はカイン・ノード、スティージュ最強の槍術士と呼ばれていた男だ」
「さっ、最強……っ!?」
「驚いたかい? だがこんなもの、何も守れなかった男の虚しい肩書だ。国も、妻も娘も、誇りさえも守れなかった男の、ね……」