190 変わらないもの
「……はぁっ!?」
この返答、さすがに想定してなかったんだろうな。
グリナさん、イスを倒しそうな勢いで立ち上がった。
ラマンさんも、今までののん気さがウソみたいに顔を引きつらせる。
「リ、リーダー正気か!? わざわざ敵のふところに飛びこんでいくなんて……!」
「……なあ、俺らの目的はなんだ? 教団から逃げ回って、ネズミみてぇにコソコソ隠れることか? 違うだろ。俺らをとっ捕まえた理由を問い詰めて、気に入らなければブッ潰す。そのために今までやってきたんだろ」
「そ、それは……」
反対意見を一蹴して、リーダーは私に問いかける。
「そしてキリエちゃん。あんたの目的は?」
「ベアトを守る。そのためにベアトを狙ってるヤツらをブッ潰す」
「……ってなワケだ」
もう一度、リーダーはグリナさんたちの目を見てうったえる。
「逃げるばかりだった俺たちのところに、キリエちゃんが来てくれた。これはチャンスなんだ。今こそ勇者の力を借りて、俺らに理不尽を押し付けた奴らをブッ潰そうぜ!」
記憶を失う前と変わらない、ブルトーギュを倒すためにみんなを鼓舞する、あの頃のリーダーと同じ表情で。
ラマンさんもグリナさんも、さっきまでとは顔つきが明らかに違ってる。
瞳に闘志が宿ってる。
リーダーはみんなを見回してうなずくと、最後に私と目を合わせて。
「よく俺たちの前に現れてくれた。歓迎するぜ、キリエちゃん。あんたは俺らの勝利の女神だ」
あの時の、はじめて会った時の言葉をかけてくれたんだ。
「あ……」
「……っ」
この中で、それを知っているのは私とベアトだけ。
思わず顔を見合わせると、ベアトってば涙ぐんじゃってる。
「ど、どうした、お二人さん。なんか俺、おかしなことでも言っちまったか?」
「……ちがうよ。リーダーはやっぱりリーダーなんだなって、そう思っただけ」
今のリーダーにはわかんないだろうけど、記憶を失ってもこの人はリーダーなんだ。
きっといつか記憶も戻って、またストラやギリウスさんのところに帰る日が来るって、根拠はないけどそう強く思えた。
「……いよっしゃ! やってやろうぜラマン!」
「おうさ姐さん! おいらも腹ぁくくったよ!」
みんなすっかりやる気満々だ。
ただ一人、ディバイさんだっけ。
すんごい無口なあの人をのぞいて。
「ディバイ、こういう流れになったわけだがかまわねぇか?」
「俺はリーダーについていく……、それだけだ……」
「ってなわけだ。さっそく旅支度だ、野郎ども!」
「おうさ!」
グリナさんとディバイさんが、さっそうと部屋を出ていった。
ラマンさんだけ残って、食べ終わった朝ごはんの片づけを始める。
こどもたちはケルファがまとめて、みんなで部屋にもどっていった。
「あたいとトーカは、まだ少しあの研究室を調べるですよ!」
「情報はなさそうだったけどな。技術的には見どころたくさんだ。……それとクイナさん、おいてけぼりだろうからさ。アタシの方で事情を説明しておくよ」
「よろしくッス、トーカさん」
私たちサイドの三人も研究室にむかって、この場に残ったのはベアトとリーダーだけ。
「さてと、俺も準備に取りかかるとすっか……」
「ちょっと待って、リーダー。ケルファについて少し聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
あの子に直接は聞けないから、リーダーに。
クイナさんに対する言動とか、妙に落ち着いた態度とか、あの子についてはいろいろと気になることが多すぎる。
「アイツのこと? いいぜ、なんでも答えてやる」
なんにも聞かずに答えてくれるって、度量が大きいよね、リーダー。
私が信用されてるってのも、少しはあったりするのかな。
「まずさ、どうしてあの子、リーダーのことを兄さんなんて呼んでるの?」
まるで本当のお兄さんみたいになついてたよね。
私みたいに不愛想なくせして、リーダーのそばだとニコニコしちゃってたし。
「あぁ、その辺ハッキリとした理由はわかんねぇけどよ。多分、アイツが捕まってた状況が関係してんじゃねぇか?」
「……っ?」
ベアトが軽く首をかしげた。
他の子と扱いがちがったってことなのかな。
「アイツ以外のガキ二人は、人工勇者の実験台として改造される秒読み段階だった。そこを何とか助け出したんだ」
「……ホント、ひどいことするね」
「教団が運営する孤児院からまわされたらしい。胸糞わりぃ話だぜ。……と、話がそれたか。だけどよ、ケルファはちがったんだ。アイツがいたのは実験施設からも遠く離れた地下牢、まるで隔離されてるみてぇに捕まってたんだ」
「……っ!?」
今度はベアト、目を丸くして私の腕をにぎってきた。
自分が捕まってた状況とそっくりなんだもんね。
「……つまりケルファは、ベアトと似たような捕まり方をしてたんだね」
「よっぽどつらい目にあってきたみたいでよ。助けた俺を兄さんって呼んで、本当のアニキみてぇに慕ってくるんだ」
「……っ」
なんだろ、ベアトがじっと私の顔を見つめてくる。
うれしいけど、ちょっと照れくさい。
「な、なんていうか、変わってるよね、あの子。変な意味じゃなくて、妙に落ち着いてるっていうかさ」
「まあ、な。いろいろあんだろ。その辺には口出さねぇようにしてる」
つまり、それ以上くわしいことはわからないわけか。
クイナさんについておかしなこと言ってた理由も、リーダーは知らなさそう。
「そっか、ありがと。それと最後に一つ。あの子って女の子? それとも男の子?」
これ、どうしても気になってたこと。
あの子、中性的すぎて、見た目でも声でも区別つかないんだよね。
「あー……。すまねぇ、わかんねぇんだ」
「え」
「着替えの時は一人になるし、いっしょに風呂にも入りたがらねぇ。どっちだかさっぱりわかんねぇが、別にそれで不自由はしてねぇし。アイツはアイツ、それでいいんじゃねぇか?」
「……そう、だね。そういうもの、かな」
「そういうモンだ。アイツが男だろうと女だろうと、アイツがケルファであることに変わりねぇだろ?」
たしかにね。
性別なんてささいなコトか。
うん、もう触れないでおこう。
リーダーにまで隠してるってことは、なにか深い理由があるのかもしれないし。
「話は終わりか? だったら出発の準備でもしてきな。聖地ピレアポリスはここから四日はかかる。そこそこの旅になるぜ」
「うん、それなりの長旅だ。しっかり準備しなきゃだね」
「おう。俺もちょっくら準備に取りかからぁ。昼前には出るつもりでいな」
ずいぶん急だな、今日中って。
ともかく出発の予定を告げて、リーダーも自分の部屋へもどっていった。
「聖地、ピレアポリスか……」
リーダーと会うために目指していた、敵の本拠地。
ベアトのおばあちゃんことクレールさんという心強い味方もいるけれど、今まで以上に危険な場所だ。
危険な場所だけど、ベアトを狙う敵をブッ潰すために、絶対に行かなきゃいけない場所。
それと忘れちゃいけないのが、これはベアトを守るための戦いだってこと。
その戦いで、ベアトに無茶はさせられない。
ここからの戦い、無傷で切り抜けるつもりでいなきゃ。
私なんかのために、天使みたいに優しいこの子を苦しめさせちゃダメなんだ。