19 西の果てから来た女の子
ブルトーギュの四男坊。
目の前にいる筋肉ムキムキの、見るからに頭の悪そうな顔した黒髪の男は、確かにそう名乗った。
「お前、王族か」
「おう、そうよ! あんまり名乗りたくないんだがな、イロメガネで見られちまうからよ!!」
声がデカイ。
つかなんだ、王族ってロクなやついないのか。
王子サマがチンピラ引き連れて、昼間っからお山の大将か。
ゴミの子供はもれなくゴミか。
「だがな、お前の拳にはシビレたぜ! どうだ、ステゴロタイマンで勝負しねぇか!?」
「……」
殺したい。
頭つかんで沸騰させてやりたい。
ブチ殺したいけど私は冷静だ。
コイツと一緒に路地裏入ってった時、通行人にかなり見られたよね。
王子が死体で見つかったら、死ぬ気で犯人探しするでしょ、きっと。
そうなったら私はすぐに見つかって、リーダーたちも芋づる式に見つかっちゃう。
(どうしよう、ブチ殺したくて仕方ない……。でも殺すのはまずい……)
理性と殺意を戦わせて、私が出した結論。
とりあえず死なない程度に殴り倒して、それから考えることにしよう。
「いいよ、勝負しよう」
「そうこなくっちゃな、面白くなってきたぜ!」
お互いにファイティングポーズをとる。
足元でうんうんうめいてるチンピラ共がうっさい。
「いくぜっ!!」
こっちにまっすぐ突っ込んできて、わかりやすい右ストレート。
体をかたむけて、ささっとかわす。
リーダーやあの女騎士の攻撃とくらべると、速さは全然。
あくびが出るくらい遅い。
「こいつで……っ」
分厚い腹筋にめがけて、おもいっきりボディブローを叩きこむ。
めりっ、って音がして、拳が食い込んだ。
「がっ……!」
はい、これでノックアウト、
「や、やるじゃねぇか!」
じゃない、倒れない。
思ったよりタフだな、こいつ。
両の拳を重ねて、私の頭に思いっきり振り下ろしてきた。
今度は速い、当たったらまずいやつだ。
頭の上に腕をクロスさせて、ガードする。
「ぐぅぅぅぅっ……!」
痛い、これはかなり痛い。
思ったより強いかも。
もう使っちゃおうかな、あの力。
一瞬だけ沸かして、すぐに解除したらバレないでしょ。
コイツ頭悪そうだし。
「もういっぱぁぁぁつ!!」
また大きく腕を振り上げた。
モーションでかすぎるし、宣言してるし、やっぱバカだ。
後ろにステップして、攻撃を空ぶりさせる。
前のめりになって、頭が低いとこに来た。
ここで一気に決める。
「おらぁっ!」
アゴに目がけて、おもいっきりアッパー。
拳で頭をカチ上げた。
……こいつに釣られてでっかい声出しちゃったよ。
「あがっ……」
衝撃が脳まで駆け抜けたんだろう。
バルバリオは白目を向いて大の字に倒れ込んだ。
思ったより手こずったけど、なんとか【沸騰】使わずにすんだよ……。
「さーて、どうしてくれようか」
レジスタンスの革命が成功したら、どうせまとめて処刑されるよね。
今リスクを冒して殺しても、レジスタンスにとって危険なだけだ。
殺したくてしかたないけど、どうせ死ぬんならここは生かしておいてやろう。
こんなに弱いなら、いざという時でも簡単に倒せるだろうし。
ちょっと顔面を二度と見れない程度にボコボコにしてから、ベアトたちのとこに戻ろうかな。
「……っ負けたァァァ!!」
「うっわ!」
なんか急に起きあがった。
気絶してたのに、回復早いな、おい。
「見事だ! お前のパンチ効いたぜ! 名はなんという、覚えておいてやる!」
「え、と。キリオ……」
まさか本当の名前言うわけにはいかないし、とっさに思い付いた偽名を名乗る。
……もうちょっと、元の名前から外した方が良かったかな。
「キリオか、覚えておくぜ! おい、お前ら起きろ! 帰るぞ!」
バルバリオが、のびてるチンピラたちを乱暴に叩き起こす。
目覚ましビンタで四人全員が目を覚まして、ふらふらと去っていった。
「お前ら! 帰ったら特訓だ!」
「特訓もいいけどさ、バル君。新しい遊びがあるんだけど、やんない?」
「お、強くなれることなのか! いいぞ、なんでもやるぞ!」
……ん?
チンピラ引き連れてるんじゃなくて、チンピラに利用されてる感じ?
世間知らずな筋肉バカが、権威だけ利用されてる?
「……まあいいや、今度こそ戻ろう」
なんか疲れた。
チンピラ共はもうどうでもいいや。
ベアトたちのとこに戻るため、路地裏を歩きだす。
けっこう奥の方に来ちゃったからなぁ、迷わないように行かないと。
「……あれ、カインさん?」
一瞬、路地裏の通路を横切っていった、青い短髪のおじさんが見えた。
レジスタンスの古参で、リーダーと同じ街の出身だっていう人だ。
こんなとこで何してるんだろう。
こそこそしてたけど、レジスタンスの活動かな。
消えてった路地を、そっと覗いてみる。
「ネアール准将暗殺の件、報告ご苦労。結局勇者に殺されてしまったがな」
「お悔やみ申し上げます」
「これ以上の暗殺は防ぎたい。次の計画、調べ上げてくれるな?」
「はい、もちろんです。情報は全て、これまで通りに……」
……カインさんと話してるの、城の役人だ。
私を馬車で村まで送り届けた、あいつだ。
情報?
調べ上げる?
まさか、裏切り者って……。
「……っ」
見つからないように、足音を殺して、私はそっとその場を離れた。
通りに出ると、ベアトと女の子が一緒に待っててくれた。
二人とも不安そうな顔してたけど、私の無事な姿を見て安心したみたい。
「……っ! ……っ!」
「え、ケガはないかって?」
駆け寄ってきて、心配そうにしてくるから、だいたいなにを言いたいか分かる。
ほら、コクコクうなずいてるし。
「ちょっと手首、痛めたぐらいかな」
「……!」
「わ、ちょっ。本当にちょっとだけだから……」
問答無用で治癒魔法。
私の手首の痛みは、綺麗さっぱり取りのぞかれた。
「あ、あの、助けていただいて、ありがとうございますです!」
絡まれてた女の子が、ペコリと頭を下げてお礼を言ってきた。
紫色の長い髪の、毛先がモサっとした女の子。
年齢は、十歳くらいかな。
「いや、私は別に……。お礼ならベアトに言ってよ」
なんせ私、最初見捨てようとしたからね。
「そう、喋れないお姉さん! 今使ったの、治癒魔法ですよね!」
「……っ」
「治癒魔法といえば、エンピレオの聖女リーチェ様! あの人の手にかかれば、死にかけの人すら元気いっぱいになるですとか……!」
「……っ!?」
あれ、ベアトの顔色が変わった?
元気よくこくこくうなずいてたのが、急に引きつった表情になったような。
気のせいかな。
「はっ、ごめんなさいです! 魔法のことになるとあたい、ついテンション上がっちゃって」
「うん、気にしないで」
ベアトは気にしてるみたいだけど。
なんで私の後ろに隠れたんだ。
「えーっと、キミ、名前は?」
「はっ、申し遅れました! あたいはメロ・オデッセイ。フレジェンタの街から来た魔法使いです!」
「フレジェンタから? なんでまたそんな遠いところから」
たしか王国領の西の果てだよね、魔族領に最も近い場所、戦争の最前線。
……あ、もしかして。
「……戦場に、なったんです。両親も巻き込まれて……。あたい一人だけ、なんとか王都まで逃げてきて、でも住むところもなくて……」
やっぱり。
この子も戦争の、ブルトーギュの横暴の犠牲者なんだ。
しかも、私と似たような思いを味わった子だ。
……かわいそうだけど、でも他人と深く関わり合うつもりは——。
「……っ!」
って、ベアトがなんか地面に紙を広げて書き始めたよ。
まさかこの子……。
「……!!」
『もしよければ、ウチにきませんか! いそうろうさせてもらえるように、たのんでみます!』
「えっ、いいんですか、お姉さん!」
やっぱりか。
ベアトならそうするよね、うん。
いいのかな、たしかに空き部屋もう二つあるけど。
「よくないに決まってるでしょうが!!」
ですよね。
リターナー武具店に戻ってきた私たち。
メロちゃんを住まわせてほしいって交渉は、ストラの怒鳴り声によって、いきなり失敗したのだった。
「ってわけで、ゴメン、無理みたい」
「そうですよね、無茶なお願いってのはわかってましたです……」
「居候なんて、そんなホイホイ増やせないでしょ! 第一ウチはレジスっ、んんっ!! とにかく、部外者は住まわせられません!」
「……っ!」
ベアトにそでを引っ張られる。
何か力になってあげて、と言いたいんだろうな。
「……えっと。何か困ったことがあったらさ、遠慮なく訪ねてきてよ。力になれる範囲でなら、手助けできるから。泊まってるとこも教えといて」
「あ、ありがとうございます、お兄さん……」
少しだけ涙ぐみながら、ベアトの羊皮紙に宿の場所を書いてくれた。
お兄さん呼びはとっても複雑だけどね。
こうしてメロちゃんは立ち去っていき、入れ替わりにリーダーが帰還。
「よぉ、ただいま。俺がいなくても、店は平気だったか?」
「いない方が繁盛するんだってば」
「相変わらず手厳しいな、妹。おう、それと聞いてくれ」
リーダーが店の奥の方に全員を集めて、小声で伝える。
「明日、郊外の集会所で全員の集まりだ。兄貴が動いてくれてる、大きな行動を起こせる日が、近いかもしれねぇ」
「全員……。それって、カインさんも来る?」
「あぁ? 当たり前だろうが。カインさんは俺が子供のころから世話んなった人だ。腕も立つし信用できる。外すわけねぇだろうが」
「……そっか」
それだけカインさんって、リーダーにとって大きな存在なんだ。
裏切り者だなんて、思いもしてないんだろうな。
……けどさ、まだ知られていないみたいだけど、あの人、私のこと王国に漏らすかもしれないよね。
だったら、先に始末しないと。