188 クイナの涙
結局、カプセルの他に手がかりになりそうなモノは何もなかった。
部屋の中を探し回ってみても、資料だなの中は空っぽ。
そりゃそうか、誰でも入れるような廃墟に悪事の証拠なんて残さないよね。
いや、悪事かどうかは知らないけど、たぶん悪事でしょ。
「メロちゃん、まだ見てる?」
「見てるですよそりゃ! こんな興味深いモノ放っておけますですか!」
私的には収穫ゼロ、とんだ期待外れだったけど、メロちゃんにとっては宝の山みたい。
昨日の夜から探索したがってたし、テンションも最高潮だ。
「えっと、私たちはリーダーのとこ行ってくるけど、トーカはそれでいい?」
「お、おうっ! メロならアタシがしっかり見ててやるから安心しな!」
大丈夫、ちゃんとわかってるよ。
私とベアトがいるからお姉さんぶらなきゃって思って、そうして何もせずに腕を組んでるんだよね。
体が左右にゆれてウズウズしちゃってるのに、ホントはメロちゃんといっしょにはしゃぎたいのに、ガマンしてるんでしょ?
私たちすぐにいなくなるから、思う存分楽しんでね。
「な、なんだよキリエ。その意味ありげな生暖かい目は」
「別に。さ、行こう」
「……っ」
顔に出ちゃってたか、ポーカーフェイスには自信あったんだけど。
トーカの追求から逃れつつ、そそくさと部屋の出口へ。
ベアトも後ろからトコトコついてきた。
部屋を出てから扉をしっかり閉じて、トーカとメロちゃんの二人っきりにしてあげる。
ただこの扉、あちこちに穴があいてるから、中の話し声が漏れてきちゃうんだよね。
「メロ、ちょっとここ見てみろ!」
「のわっちょ! トーカ、急にどうしたですか!?」
「いいから! ここのほら、この装置。配線がここと繋がってるっぽいから……」
「おぉ、なるほど! ではこのボタンは……」
全部聞こえてるよ、トーカ。
変にお姉さんぶらずに、最初からはしゃげばいいのに。
「……?」
「なんでもないよ。リーダーたちに話を聞きに行こうか」
『クイナさんもきになります。とってもおちこんでました』
「そうだね、あの子のことも心配だ」
ベアト、昨日もクイナさんのことを気にかけてたよね。
ホントに優しくていい子なんだ。
私なんかとは全然ちがって、すごくキレイですごくまぶしい。
リーダーたち、昨日の部屋にいるんだろうか。
半壊した扉の穴から、中を覗いてみる。
「……クイナさん?」
部屋の中には、あの子が一人でぼんやりと立っていた。
他には誰もいないみたいだ。
とりあえずノックしてから、扉を開けて入ってみる。
「クイナさん、おはよう」
「……っ」
「……あぁ、キリエさん。女の子だったんスね。ジブン、ビックリッス……」
びっくり……してるようには見えないな、あんまり。
当たり前か、私が女だったなんてどうでもよくなるくらい、ショックな出来事の連続だったもんね。
「ホント、ビックリッスよね……。気づいたら五年も経ってて」
クイナさん、最初は無理した感じの笑顔を浮かべてたけど、
「村がこんなになってて、家も、あんな……」
だんだんとうつむいて、最後には。
「ジブンの家族、村のみんな、どこに行っちゃったんスか……? なんでこんな施設が、村の地下にあるんスか……。ジブンのウチを壊したあいつら、なんなんスか……っ。もう、わかんないことだらけで……っ」
ポロポロと涙をこぼして、しゃがみこんでしまった。
こんな時、どうやって元気づけたらいいのかわからない。
どんな言葉をかけても、きっと私じゃ突き放した感じになると思う。
「……、……っ」
だから、この子をはげますのはベアトの役目。
泣いてるクイナさんの前にしゃがんで、目線を合わせながら、羊皮紙にペンをスラスラ走らせる。
それから肩をトントンと叩いて、ほほえみながら紙を見せた。
『クイナさん、つらいですよね。つらいときはいっぱいなくとすっきりします』
「ベアトさん……っ」
『いっぱいないてすっきりしたら、いっしょにこれからのことをかんがえましょう。キリエさんもバルジさんも、ほかのみなさんもいいひとです。きっとクイナさんのちからになってくれます』
「うっぐ、うえ、うえええぇぇぇぇぇえぇぇぇ……」
声をあげて泣くクイナさんを抱きしめて、やさしく背中をなでてあげてる。
……うん、ベアトはやっぱり優しいな。
私じゃぜったい、あんなこと言えないや。
そのまましばらく、クイナさんは泣き続けた……んだけど、
ぐうぅぅ〜〜っ。
不意に響いた、気が抜けるような音。
出どころはクイナさんのおなかのあたりかな。
「あ……」
ベアトから体を離して、恥ずかしそうに顔を赤くする。
そっか、朝ごはんまだだったっけ。
そう思ったら、なんだか私もおなかが空いてきた。
「あ、あはは……、恥ずかしい限りッス……」
「……っ」
照れ隠しだけど、クイナさんがやっと笑ってくれてベアトも嬉しそうだ。
『おなかがすくのはげんきになったしょうこです。おいしいものをたべて、もっとげんきになりましょう』
「そうッスね。まずはお腹いっぱいになることから。その先のことはその後で、ッスね」
笑顔のクイナさんに、ベアトもにっこり笑い返す。
その時、小さな子が一人、音もなく部屋に入ってきた。
私の横をスーっと通りすぎて、
「……ねえ、お姉さんたち、話は終わった? ならさっさと来て。みんな待ってるから」
「のわっ、誰ッスか!?」
声をかけられたクイナさんが、その子に気づいて飛びのいた。
ずいぶん大げさなリアクションだね……。
まあ、元気が出てきた証拠かな。
部屋に入ってきた子だけど、男の子か女の子か、見た目からではわかんない。
白めの銀髪で、髪型もどっちとも取れるショートカットだ。
背丈はメロちゃんよりちょっと小さいくらいかな。
「あんたは……」
この子、クイナさんの顔を見て少しだけ表情を動かした、ように見えた。
気のせいかな。
「……ボクはケルファ。ボクのことはいいでしょ、早く来て。兄さんたちが困るから」
「……兄さん?」
誰のことだろう。
ってかこの子、ほとんど表情が動かないな。
不愛想この上ないぞ、まるで私みたいだ。
「朝ごはんの用意、もうすぐで終わるから。場所はここを出て右に三つめの部屋。兄さんたちに迷惑かかるでしょ、ほら、さっさと動く」
「わ、わかったッス……。皆さん、行きましょうか」
「……っ」
不愛想だけどやけに堂々としてて、こどもっぽさを感じさせない不思議な子だ。
ホントにこどもなのか、って疑いたくなるくらい。
クイナさんとベアトが言われた通りに部屋を出ていく。
当然ながら、私もついていこうとして、
「……ねえ、ちょっと待って。あなた、勇者だよね?」
名指しで呼び止められた。
「そう、だけど……。私のこと知ってるの?」
「あなたのためを思って言わせてもらう。あのメガネの女の人には深くかかわらない方がいい」
「メガネの女の人って……、クイナさんのこと?」
「あの人がいると、きっと面倒なことになる。聖女のお姉さんもあなたも、危険な目にあうかもしれない。早めにどこかへ置き去りにすることをおススメするよ」
「待って、全然意味わかんない。どういうことかちゃんと説明して」
「忠告はしたから」
……ダメだこりゃ、話にならない。
言いたいことだけ言って、ケルファって子は部屋を出ていってしまった。
クイナさんがいると面倒なことになる……?
どういうことだかさっぱりわかんないし、たったそれだけで見捨てられるかっての。
「……っ?」
「キリエさん、なにしてるッスか?」
「ごめん、すぐ行く」
あの子のことも、あとでリーダーにくわしく聞いてみよう。
今の話を頭のスミにとどめたまま、ベアトとクイナさんといっしょに、あの子に教えてもらった部屋へとむかった。