186 屋敷の地下
それからすぐに、ベアトは意識を取り戻した。
私の無事な姿に、とっても嬉しそうにかわいい笑顔を見せてくれた。
一見すると、いつもとかわらない元気なベアトだ。
『ケガのほうもちりょうします。ふくをぬいでください』
羊皮紙にサラサラペンを走らせて、ドンと見せてくる。
たしかにケガの方は手つかずのまま。
ベアトも元気そうだけど、さっきはあんなに衰弱してたんだ。
「ねえベアト、辛くなったら絶対に言ってね。絶対に無理しないでね。前にも言ったけど、聖女の力のせいで悪い影響が出てるんだから」
「……っ」
服を脱いで下着姿になりながら、無茶しないように念を押す。
『ふつうのヒールなら、からだにふたんはかかりません。しんぱいむようです!』
任せとけ、って感じで紙をかかげてる。
ホントにわかってるのかな……。
この子のためを思って寿命のことは黙ったままだ。
そのせいで事態の深刻さを正確に理解できてない気もする。
(……いいか。私がこれ以上ドジ踏まなきゃすむ話だもん)
この子に余計な不安を与える必要なんてないよね、うん。
ベアトの言った通り、ケガの治療は何事もなく終わった。
肩を焼かれた傷以外、大したことない傷ばっかりだったからね。
【水神】の力で水を出して、濡らしたタオルで血や乾いた毒液をぬぐい終えて。
とりあえず私の体はきれいさっぱり元通りになったんだけど……、
「……っ、……っ」
この子はさっきから、いったいなにをしてるんだろう。
私が体を拭き終わったあたりから、胸に顔をうずめてすりすりして、結んだ後ろ髪がぶんぶん揺れている。
「ちょ、ベアト……。あんまりすりすりすると下着ずれちゃうから……」
「……っ!?」
あ、真っ赤になって頭を離した。
「どうしたの? そんなに甘えちゃって」
「……っ」
私の腕の中からそそくさと抜け出して、羊皮紙取り出してペンをサラサラ。
『キリエさんのしんぞうがうごいてて、うれしくなっちゃったんです。めいわくでしたよね、ごめんなさい』
両手で羊皮紙を胸の前にかかげて、しゅんとした顔のベアト。
なんだかいじらしくってかわいくて、わしゃわしゃと頭をなでてあげた。
そうしたくなったんだ。
「迷惑なんかじゃないよ。ベアトがしたいなら構わない」
「……っ!?」
あれ?
ぷいっとそっぽをむかれてしまった。
言い方がそっけなかったのかな……。
ただ、ベアトの耳がなんとなく赤いような気がする。
さて、リーダーたちからいろいろと詳しい話を聞きたいところだけど。
いったいここはどこ?
リーダーやトーカたちもここにいるのか?
どうしよう、ベアトに聞いてみようかな。
コンコン。
と、その時。
ドアの外れた部屋の入り口あたりで、ノックの音が聞こえた。
たぶん近くの壁を叩いたんだろう。
「ベアト、いるか……?」
声の主はトーカだ。
心配して来てくれたのかな。
ベアトの代わりに私が返事をかえす。
「トーカ、入っていいよ」
「おう、その声はキリエ。助かったんだな、よかった……」
心底ほっとした感じの声色だ。
トーカにも心配かけちゃったんだな。
大きな荷物を背負った小さなトーカがすぐに姿を見せて、
「おま……っ、なんて格好してんだ……!」
部屋に入った瞬間、私を見て固まってしまった。
格好?
帽子こそかぶってないけどいつもどおりの男装姿じゃ……。
「……あ」
そうだった、ベアトがケガの治療をしてくれた時から私はずっと下着姿のまんま。
ちょっと人には見せられない格好だった。
「リーダーさんとこ連れていこうと思ってたけど、この格好じゃいろいろとダメだろ! とりあえず着替えろ!」
「ありがと……」
いつもの男装服は、これもたぶん治療のためにど真ん中を切られてる。
乾いた毒液もへばりついてて、もう着れないかもしれないな。
……必要ないか、男装してても簡単に見つかったんだもん。
トーカからシャツとホットパンツを渡されて、ちゃっちゃとソイツを身に着ける。
着ている間、ベアトがじーっと見つめてくるのはいつものことだし、別に嫌じゃないからノータッチで。
「終わったよ。で、リーダーたちどこにいるの?」
「まあついてきな。きっと驚くと思うぞ」
驚く……?
よっぽどボロボロの部屋なんだろうか。
それとも、予想に反したゴージャスなお部屋が?
「行こう、ベアト。床に穴あいてるから気をつけてね」
立ち上がってから、ぺたんと座ったままのベアトの手をとって立たせてあげる。
板がはがれてクギが突き出てるかもしれないし、転んだら一大事だからね。
このまま手をつないで行こう。
「……っ!」
ボロボロの男装服とはここでお別れ。
先導するトーカについて、二人で部屋を出た。
なんだかベアト、もじもじしながら指をからめてきたけど、今度はいったいどうしたんだろう……。
荒れはてた廃墟を進み、地下への階段前に到着。
石造りの階段だからかな、荒れてたり壊れてる部分は見当たらない。
階段の続く先は、当然ながらなにも見えない真っ暗闇だ。
「こっちだ、この下にすごいところがあるんだよ。メロなんて目が輝いてたぞ。キリエが心配でそれどころじゃなかったのか、さすがにはしゃいだりしなかったけどな」
「メロちゃんが……?」
あの子が喜ぶようなモノって、マジックアイテムとかその材料みたいなモノだよね。
リーダーたちが集めてたとか、そんな感じかな?
とにかくトーカのあとについて、地下への階段を下りていく。
もちろんベアトが転ばないように、手をつないで。
そうして階段を降りた私たちの前に、とんでもないモノが現れた。
薄い緑色で、取っ手とかもついてないツルツルした質感の不思議な扉。
大神殿の地下で見た、まさにアレ。
あの扉が、地下への階段を降りた先にあったんだ。
「……ねえ、トーカ。この扉の感じ、とっても見覚えがあるんだけど」
「……っ!!」
ベアトも当然見覚えあるよね、あそこに捕まってたんだから。
私と同じくらいか、それ以上にびっくりしてる。
扉はところどころにヒビが走って、穴があいてるボロボロの状態。
あと、扉の周りにやけにガレキが散らばってる。
なんだってこんな小さな村の、お屋敷の地下にこんな扉が……?
「アタシだって、最初に見た時は驚いたさ。ま、詳しい話はあとだ。中に入るぞ」
トーカ扉の前で、大神殿で見たのと同じカードキーをかざす。
シャッ、と音がして扉がスライド。
扉のむこうはやっぱり地下神殿と同じ、緑色でツルツルした感じの無機質な廊下が続いていた。
やっぱりボロボロだけどね。
「ねえ、トーカ。そのカードキー……」
「リーダーさんから借りたんだ。外に出るなら持っていけってさ」
「……危険はないの? 中に肉塊がいたりとか、教団員が残ってたり……」
「大丈夫。なんせリーダーさんたち、今はここをアジトにしてんだから。安全は保障済みだ」
なんと。
リーダーたち、この村の地下にあるこの施設を隠れ家にしてたんだ。
だから騒ぎを聞きつけて、助けにこられたのか。
どうりで、タイミングよすぎると思ったんだ。
今度こそ安心して、ベアトの小さな手を引きながらトーカといっしょに中へ進む。
半壊した薄暗い廊下は一本道、両側に扉がズラリとならんでる。
そして廊下の一番奥には、ひときわ大きな両開きの扉があった。
よくわかんない照明は消えていて、リーダーたちが持ち込んだんだろうランプが壁に下げられてる。
「おっし、ついたぞ。リーダーさん、入るよー」
廊下の奥から数えて二番目の扉を、トーカがノックする。
それから、今度は手動で扉をこじ開けた。
中の扉は動力死んでるのかな……。
扉の中は小さな部屋。
その真ん中に村のどこかから持ってきたんだろう、ボロボロの木製つくえとイスが置いてある。
トーカに続いて入ってきた私を見て、メロちゃんが飛びついてきた。
「キリエお姉さん、もう大丈夫なのですか? あたいとっても心配したですよ!」
「ありがと、もう全然平気だよ」
涙目メロちゃんの頭をなでつつ、改めて部屋を見回す。
メロちゃんの他にいるのはオーガの女の人、それから魚人さんに人間の男の人。
「キリエちゃん、治療は無事に終わったみてぇだな。何よりだ」
そしてリーダー。
私の元気な姿を見て、心底ホッとしてるみたい。
「一時は死んじまうんじゃねぇかとまで思ったがよ、元気そうでなによりだぜ」
「うん、私は元気だよ。ところでさ……」
非常にバラエティ豊かな種族の面々も気になるんだけど、何より気になるのはこの施設だよね。
「ここ、いったい何なの……?」
「驚いたみてぇだな。ま、言うまでもなくここは教団関連の施設、その跡地だな。名前はたしか、人造生命体研究所、だったか」