184 撤退
投げ込まれた白い球が破裂して、目を開けていられないほどの閃光を放ちます。
夜の暗さになれた私の視界が、あまりのまぶしさに真っ白にくらみました。
「……っ!?」
「うあっ、な、なんだこれ……!」
「まぶしっ……! いったいなにごとですか、新手の敵ですか!?」
トーカさんとメロさんも、それからクイナさんも、まともに光を浴びてしまったみたいです。
メロさんは敵のしわざだと思ってるようですが、私はちがうと思います。
「くっ……、これは……っ!」
この通り、ソーマもまぶしさに目がくらんで、私の腕をつかむ力が一瞬ゆるんだんですから。
「今だ、行けっ!」
その時、女の人の声が聞こえました。
直後、誰かが猛然とタックルしてきて、ソーマを突き飛ばします。
目がくらんだままで、どんな人なのかはよく見えませんが、ソーマの手が離れて私は自由になりました。
「ごめんよお嬢ちゃん!」
「……っ!」
ところが、自由な時間は長くは続きません。
両脇から誰かにつかまれて、私の体は軽々と持ち上げられます。
そのまま私を肩にかついだ誰かさん。
どうやらさっきタックルした人じゃなくて、違う人みたいです。
「……っ?」
「揺れるよ、舌噛まないように!」
「……っ!」
がくんっ。
回復しだした視界がはげしくゆれて、私をかついだ女の人が走りだしました。
この人はたぶん、オーガ族の女の人だと思います。
赤い肌で額に二本のツノが生えた、がっしりとした筋肉質の亜人さんです。
女の人は走りながら後ろをふりかえって、大声で呼びかけました。
「ほら、ラマン! ぼさっとしてんな、急ぐよ!」
「ま、待ってくれよ姉さん……!」
ソーマにタックルをしたのは、なんと魚人さんでした。
全身がうろこにおおわれて、両ほほにヒレが、手に水かきがついた亜人さんです。
大きな体をゆらして、えっほえっほと走り始めます。
トーカさんは早々に視力がもどったのでしょうか、全員分の荷物を背負ってメロさんもかついで、私たちの一歩前を走っています。
そしてさらにその前、先頭に立って走っているのは人間の男の人です。
クイナさんのくびねっこをつかんで、廃墟の村を迷わず駆けていきます。
「……っ、……っ」
あなたたちはだれですか、と聞きたくても聞けません。
こういう時、声が出たらいいのにって思います。
それとクイナさんの記録、ソーマにとられてしまいました。
しっかり持っておかなきゃいけなかったのに……。
どこかアテがあるのでしょうか、先頭の男の人は全力疾走で迷わず駆けていきます。
廃墟になった道を何度もまがって、村のどこを目指しているのでしょう。
どうやらソーマも追ってきてないみたいです。
「なあ、あんたたちは誰なんだい? 敵じゃないみたいだが……」
私が聞きたかったことの一つを、トーカさんが聞いてくれました。
オーガのお姉さんが、この質問に答えます。
「わたしらは、バルジのヤツといっしょに教団の闇を探ってる者だ。あんたらのことも聞いてるよ、敵じゃないから安心しな」
よかった、この人たちはリーダーさんの仲間みたいです。
クイナさんやメロさん、これでもう安全です。
……ただ、敵の中に残してきてしまったキリエさんはどうでしょうか。
あんなにボロボロで、猛毒をまともに浴びて、すぐに治療しなきゃきっと死んでしまいます。
あの人が死んじゃったら、そう思うだけで涙が出てきます。
私なんかを守るためにあの人が死んでしまったら、私はきっと生きていられません。
キリエさん、お願いです。
どうか無事でいてください……。
△▽△
強烈な閃光弾が炸裂して、視界を奪われたソーマが突き飛ばされた。
聖女の嬢ちゃんを奪い返せたみてぇだな。
あいつら、うまくやってくれた。
「む……、あれはまさか……!」
強烈な発光に、異常を感じた敵の視線があちらを向く。
しめた、またとないチャンスだ。
一気に敵の間合いへ踏み込んで、腕を狙って斬り落とすつもりで剣を振るう。
「ぬ……っ!」
だが、そう簡単にスキは突けねぇな。
命中の直前で察知され、ヤツは大きく後ろへ飛びのいた。
切っ先がわずかに敵の腕をかすめただけの、かすり傷程度しか食らわせられねぇ。
だが、とんずらするだけのスキは稼げた。
キリエちゃんが死にそうだしな、ここらが潮時だ。
ヤツが空中にいる間に、練氣・月影脚で脚力を強化。
「あばよ!」
「ぬ……、逃げるつもりか……!」
うるせぇ、知ったことか。
騎士道だの武人だのとは無縁の身、カッコ悪くてもかまいやしねぇよ。
両手の武器を納めながら、ぶっ倒れてるキリエちゃんのとこへ全速力で駆け抜ける。
「が……っ、げぼ……、ごば……っ」
(こりゃまずいかもな……)
キリエちゃんは首をおさえながら口をパクパクとさせて、血を吐き続けていた。
相当強烈な、常人なら何人もまとめて即死するような毒を食らっちまったらしい。
早く治療しねぇと、マジで死んじまう。
「すまねぇ、緊急時だし勘弁してくれよ」
女の子の体をこんな風に持つのは失礼だろうけどよ、許してくれ。
キリエちゃんのとこに到達すると同時、駆け抜けながら右手で首ねっこを、左手でミスリルの剣をひっつかんで持ち上げた。
「じゃあな神官サマ! 二度と会わねぇことを祈るぜ!」
廃墟の中を強化した脚力で飛び渡りながら、目指すはヒミツのアジト。
敵さんも今の戦いで、一人死亡、一人戦闘不能の大打撃を受けた。
さすがに追ってはこられねぇようだな。
とはいえ、ここのアジトに長居はできなくなっちまったが……。
「うっ、がふ……っ、ぅ……」
「……キリエちゃん? おいキリエちゃん、しっかりしろ!」
やべえ、とうとう気を失った。
早いとこ強力な治癒魔法か解毒薬を使わねぇと、マジで死んじまう!
「クソ、間に合ってくれよ……!」
月影脚に使う練氣を増やして、さらに脚力を強化。
コイツが体が追いつく限界ギリギリの速度だ。
キリエちゃん、アジトに着くまで死ぬんじゃねぇぞ……!
▲▼▲
「はぁ、あと一手。あと一手がおよびませんでしたなぁ。思わぬ伏兵がいたものです」
体についた土ぼこりを払いながら、神官ソーマは夜空に浮かんだ半月を見上げ、小さくつぶやいた。
「あとほんの数秒で、月の光が集まりきったのですが……。まぁ、思わぬ拾い物もありました。結果は最悪、とまではいかないでしょうかねぇ」
偶然にも確保した、調査団員クイナの記録。
彼女の存在の確認と、この記録の入手は、彼にとって不幸中の幸いと言えた。
「……さぁて」
ごく短い距離、悶え苦しむアレスの傍らまで瞬間移動するソーマ。
ユピテルも剣をおさめ、アレスの側にやってきていた。
鉄仮面のスキマから血をあふれ出させる様を見て、神官は深いため息をつく。
「やれやれ、あの時メルクが自爆をしていなければ、確実にやられていましたねぇ……。『三夜越え』で強化した結果、ここまでの狂人になってしまうとは……」
呆れ果てた口調で呟きながら、彼は【劇毒】の腕輪を拾い上げる。
乾いた毒液のこびりついた腕輪を手の中でもてあそぶと、
「しかしメルクは賢かった。自爆という勇者を強化しない死に方をしたのですから」
自ら命を絶ったメルクを誉めたたえながら、懐にしまいこんだ。
「ソーマ、すまぬ……。あの男を取り逃がした。だが、次こそは必ず……」
「あぁ、いいのですよユピテル。過ぎたことを悔いるよりも、一度ピレアポリスに戻りましょう。月の光も溜まったことですし」
「……なに? 追撃はしないのか」
「敵も手負い、しかしこちらも手負い。アレスなどほれこの通り、一刻も早く治療せねば死んでしまう」
「む……、確かに……」
「どうやら勇者殿を正面から倒すのは困難のようだ。必要なのはからめ手、そして更なる力。次に戦いを仕掛けるまでに、いろいろと仕込んでおくとしましょうか……」
ソーマが首から下げた、『至高天の獅子』。
その瞳にはめ込まれた勇贈玉が、月明りのような淡い光を発する。
次の瞬間、彼ら三人はその場から忽然とその姿を消した。