183 神官、動く
全身に浴びた大量の毒液。
乾燥しやすい性質なのか、服や肌にどんどん染み込んでいって拭い取ることすらできない。
一滴残らず相手の体に染み込んで殺してやる、と言わんばかりだ。
煙を上げながら紫色に変色していく肌に、焼けた鉄板を押しつけられたみたいな激痛が走る。
「うぐっ、ぐがあぁぁぁぁあああぁっ!!!」
あまりの苦痛に、私はその場に倒れこんだ。
叫び声を上げてなきゃ、とっくに気を失ってそうだ。
「ぎああぁぁぁああぁっ、あがぎゃああぁぁぁっ!!!」
運がよかったのか、アレスもアレをまともに食らって行動不能。
私と同じく絶叫を上げて、
「あぎがぁ……っ」
すぐに気を失った。
炎が消えるくらい、何かを消耗してたせいだろうか。
今ので死んでくれたらいいのに。
ともかく、これで敵の頭数は半分になったわけだけど、状況は最悪も最悪だ。
だって、今まで何もしてなかったソーマの野郎が、
「くくっ、よく勇者殿を無力化くれましたな。この時を待っていましたよ……」
なんてつぶやいて、ベアトの方に目をむけたのが見えちゃったんだもん。
△▽△
木製の大剣か、こんな得物は初めて見たぜ。
しかも木刀みたいな鈍器のたぐいじゃねぇ、ちゃんと刃が研がれててスパスパ切れやがる。
もちろん剣だけじゃなく、この男自身も半端ねぇ強さだ。
「驚きだな。お前のような男がいたとは」
「そりゃ、こっちのセリフだぜ。なけなしの自信が砕かれそうだ」
自分でもかなりやる方だと思ってたが、キリエちゃんにコイツに、強えぇヤツぁいくらでもいるもんだな。
「心躍る……! 存分に死合おうか……!」
一気に間合いをつめて、上段から振り下ろされる大剣。
これまでずっとよけ続けていたが、それじゃあラチが開かねぇよな。
両足に気合いを入れて、練氣・硬化刃で強度を増したソードブレイカーで真正面から受け止める。
ドガァァァッ……!
「ぐぅぅぅ……っ」
体がつぶされそうな重みに耐えて、峰のクシに刃を絡ませ、
バキっ、メキィ!
これまた練氣で強化した腕力で、強引にへし折ってやった。
「見事……。そのような粗末な剣で【大樹】の作り出した剣を折るなどとは」
「粗末はねぇだろ……。これでも俺の命をあずける相棒だぜ?」
「失言だったか? だが、今の行動はまったくの無意味だ」
なんだ……?
あの野郎、折れた剣を両手で持って、まるで騎士が誓いを立てる時みてぇに胸の前でかかげやがった。
「ぬぅん……!」
腕輪にはまった勇贈玉が緑色の光を放った瞬間。
折れた場所から木が成長を始めて、あっという間にヤツの得物は元通りに。
なるほどな、その木製大剣も【ギフト】の力で作られてるわけか。
「……理解できたか? 武器破壊は無意味だと」
「……へっ、おもしれぇ」
再生するってんなら、何度でもへし折ってやるぜ。
……と、あの野郎、神官ソーマっつったか。
小さい嬢ちゃんたちの方を見て、何をしてやがる。
おまけにキリエちゃん、ありゃ思いっきり毒食らっちまったのか!?
絶叫しながら身悶えてんぞ。
「戦いの最中によそ見とは、余裕だな」
「うぉ……っ」
縦ぶりの斬撃を、横宙返りで回避。
風を切り裂く音が耳元に残りやがる。
「お前らの大将が、ちょっと気になってな……」
返事をしながら、もう一度ソーマに目をやると。
「……っ、あの野郎いねぇだと!?」
アイツの気配はずっと意識の中にとどめてた。
いつ動き出しても気づけるようにな。
それでも悟らせねえたぁ、なんかの【ギフト】の力と見ていいな……。
つまりあの野郎、ずっとこのタイミングを狙っていたってことか?
俺もキリエちゃんも、あの娘らを助けたくても助けられねぇ状況になるまで、ずっと……!
(……ちっとまずい状況だが、アイツらに任せるしかねぇか……。うまくやってくれよ、野郎ども! 俺もすぐに切り抜けるからよ……!)
〇〇〇
「……っ!!!」
白い髪の男の人が爆発して、キリエさんが毒液に飲み込まれました。
このままじゃすぐに死んじゃいます……!
早く解毒魔法をかけてあげなきゃ、キリエさんが死んじゃう……!
「……っ!!」
「ダメだ、行くなベアト!!」
キリエさんの方へ走り出そうとした私の腕を、トーカさんがつかんで止めました。
嫌です、行きたいです、離してください!
私なんかどうなってもいいから、キリエさんだけは……!
首を横にぶんぶん振っても、トーカさんにはなにも伝わりません。
「落ち着くですよベアトお姉さん! ソーマってヤツに捕まっちゃうです!」
「……っっ!!」
「ベアト、こらえろ……! 辛いのはわかるけど、飛び出していっても何もできないだろ……?」
トーカさんがつかんだ腕をそっと離して、私をなだめようとします。
わかってます……、でも早く行かなきゃキリエさんが死んじゃうかもしれないんです……!
「……っ」
このままじゃ私の気持ち、何も伝わりません。
言いたいことを伝えるために羊皮紙の入ったカバンのロックを開けて、一枚取り出そうとした時。
「さあベアト様、戻りましょう?」
「……っ!!!」
突然後ろに現れたソーマに、私は捕まってしまいました。
まるで瞬間移動でもしたみたいに、突然現れたんです。
バサバサバサッ!
私の右腕がソーマに掴まれて、カバンの中の羊皮紙がいくつか地面に散らばります。
その中には、クイナさんの残した記録用紙もありました。
「ベアトお姉さん……!?」
「まずい、ベアト!」
トーカさんが腰にぶら下げていたガントレットを腕にはめて、戦闘態勢を取ります。
ですけど……。
「おっと、私に攻撃をしかけても良いのですかな? もしかしたらベアト様に当たってしまうやも……」
「クソ、汚いぞ……!」
私を人質に取られて、手出しできません。
「……っ、……っ!」
私も必死に暴れて、掴まれた腕をほどこうとします。
でも私なんかの力じゃ、ふりほどくなんてとてもできなくて……。
「なにをそんなに嫌がっているのです。ただおうちに帰るだけなのですぞ? 優しい姉君やベルナ殿が待っている、暖かいおうちです」
「……っ!」
ウソです!
この人たちは私を、よくわからない生け贄か実験台にでもするつもりです!
それに、今の私の居場所はキリエさんのとなり。
あの人がいっしょじゃなきゃ、いくらおうちでも帰りたくありません!
「おやおや、そんなに暴れられては困りますな。しばしの月光浴といこうではありませんか。十分に光が集まったら、次の瞬間には大神殿ですよ?」
「……っ! ……っ!!」
嫌です、嫌です!
必死に腕を振り払おうとします。
ムダだとわかっていても、あきらめたくありません。
「あまり暴れられますな。まったく、あなた様は昔からおてんばでしたからなぁ……。……おや? その羊皮紙は……?」
「……っ!?」
ソーマに捕まった時に散らばった羊皮紙。
その中からソーマは、クイナさんの記録を拾い上げました。
さっと目を通してから、生気を失ったように立ち尽くしてるクイナさんを見て、面白そうに口元をゆがめます。
「ほぉ……。なるほど、確かにこの村は……。これは面白い巡りあわせだ……」
いったい何の話をしているのでしょうか。
私にはさっぱりわかりません。
このまま全て、ソーマの思い通りになってしまうのでしょうか……。
「……む?」
その時、私たちの前に白い小さな玉が投げ込まれました。
ソーマはすぐに気づき、羊皮紙から顔を上げます。
誰が、どこから、どんな目的で投げたのか。
考える間もなくその玉は私たちの目の前で破裂して、まぶしい光をまき散らしました。