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182 【劇毒】の最期




「はぁ、はぁ、はぁ……っ」


「あー……? あが、あぎゃっ……」


 ヤツの体をおおっていた紫色のモヤが、急激に薄まって消えていく。

 元通りのやせこけた白い長髪姿にもどったメルクは、自分の胸と刺し貫いた剣を見下ろして、


「あぎぎゃああぁぁぁぁあぁぁぁぁっ!!?」


 汚い絶叫を上げた。

 ざまーみろ、お前があの世行き第一号だ。

 刀身に流した魔力が伝って、傷口の周りがぽこぽこと泡を立て始める。


「あぎっ、いたっ、あづー!!」


「このままドロドロの毒肉ジュースにでもなりやがれ」


 心臓を刺し貫いた剣を、ゆっくりと引き抜く。

 勢いよく抜いちゃったら、毒の血液が噴水みたいにばらまかれちゃうからね。

 完全に剣を引き抜いて、刀身に流れ落ちる紫色の猛毒血液を剣をふるって飛ばす。


「あっ、ぎあ゛ぁぁぁあ゛ああぁぁぁ゛ああぁ!!」


 ワンテンポ遅れて、絶叫しながら倒れこみ、煮立つ胸をかきむしるメルク。

 出血多量で死ぬのが先か、心臓に沸騰の魔力がまわるのが先か。

 どちらにせよ、こいつはもう終わりだ。


「……さて、お次は……と」


 上空高く、まるで腹の中に悪い虫でも飼ってるみたいにもだえる水龍を見上げる。

 その中で燃え盛る真っ赤な炎が、どんどん大きくなっていく。


 ホントアイツ、なんで水の中でもおかまいなしに燃えてられるんだよって思うけど、今はアレコレ考えるより、体を動くようにするのが先決だ。

 ポケットから解毒剤のケースを取り出して、一粒飲み込む。


(……ダメだ、効いてこない!)


 受けた毒が多すぎて、一粒じゃ足りないのか?

 だったらこの際、残りの三粒を全部まとめて口に放り込んでやった。


(うぇ……、クソ苦い……! でも……)


 左腕の感覚がもどった。

 足にも力が入る。

 これならなんとか戦える。


 ドパァァァァァァァン!!


「勇者ァァァァッ!!」


 水龍がはじけ飛んで、星空をバックに燃え盛る人型のシルエット。

 その絶叫はもう何度目だよって感じ。


「貴様は、貴様だけは、ボクが、絶対に……ッ」


「上等だよ……!」


 毒が消えても全身傷だらけだけど、ベアトを守るためなら、こんな痛みくらいなんだってんだ。

 見ててねベアト、メルクみたいにすぐにコイツも——。


「「殺すッ!!」」


 私とアレスの声が重なって、ヤツが落下を開始。

 真下に落ち始めたところを、両のひじから炎を噴き出して軌道を変え、私めがけて突っ込んでくる。


「二重水護陣っ!!」


 ぶ厚い水の壁を、ヤツとの間に重ねて展開。


「こんな壁、ブチ破ってェェェッ!!」


「破らせるかぁぁぁっ!!」


 アレスが炎のパンチを一つめの壁に叩きつけた。

 そのまま突き抜けるつもりだろうけど、そうはさせるか。

 さっき大火球にしたように、水の壁を丸めて炎となったアレスの全身を包みこむ。


「消えちまえ、このイカレ女ぁぁっ!!」


ごぼぶ(ころす)ごぼぶ(ころす)ゥゥァァァッ!!!」


 やっぱり水中でも、アレスの火力は衰えない。

 勢いそのままに炎を噴き出し続けて水の中から飛び出し、二つめの壁に到達。

 目を血走らせて、狂ったように拳を叩きつけだした。

 いや、じっさい狂ってんだろうけど。

 クソ、どうすりゃコイツの炎を消せるんだ……!


「勇者、死ねっ、死ねっ!」


 体が炎であるかぎり、こいつに私の攻撃はなにも通じないんだ。

 なんとか殺す方法を見つけないと……。


「はぁぁぁぁっ、こんな壁ェェェェ……」


 な、なにするつもりだ?

 いきなり水護陣を殴るのやめて、深く腰を落としながら右の拳を弓みたいに引き絞った。

 ヤツの右ひじからは、今までで最大の炎が噴射されて……。


「消えろォォォォッ!!」


 ドパァァァァン!!


 腰のひねりに炎の勢いを上乗せして繰り出された渾身の一撃が、水護陣を打ち破った。

 水の壁が粉砕されて、水滴が辺りに飛び散る。

 並大抵の攻撃じゃビクともしない壁を、こんなあっさり破られるなんて……。


「クソ……っ」


 まずい、もう私を守るものがない。

 まだなにも打開策は浮かんでないけど、このまま正面きってやり合うしかないか……。


「勇者……っ、ハァ……っ、ハァ……」


 ……あれ、こいつ消耗してる?

 全身にまとった炎に勢いがない、と言うかブスブスと消えかかってる。

 突然なにが起きたんだ?


「殺す、今度こそ……」


 とにかく、今は目の前でアレスが剣を振り上げてんだ。

 ぼんやり考えてるヒマは無いか。


「今度こそ、死ねェェェ!!」


 イカレ女が絶叫しながら、私の脳天めがけて剣を振り下ろす。

 毒にやられてたさっきまでの私なら、そのまま頭をカチ割られてたんだろうけど。


 両腕を地面について、バック転しながら回避。

 私の体を剣がかすめて、切っ先が地面にザクっと突き刺さった。


(……あれ、熱くない?)


 背中のスレスレを通っていったのに、剣から熱を感じなかった。

 地面に刺さった剣も、周りの草を燃やしたりしていない。

 まさか、炎が消えてるのか?

 だとしたら、コイツはチャンスだ。

 両足が地面につくと同時、決着をつけるため、アレスの首をめがけて斬りかかる。


「ぐっ……、勇者ァ……!」


 ガギィィィッ!


 手のひらに伝わる手ごたえは、肉を断ち切った感触じゃなく、硬い刃とぶつかり合った感触。

 この女、間一髪で剣を戻しやがった。

 剣と剣で押し合って、つばぜり合いの状態に。

 やっぱり炎化はしていない。


 ……そういえば、炎が燃えるのって燃料が必要なんだっけ。

 たしか空気に含まれてるなにかを燃料にして燃えてるって、ケニーじいさんが言ってた。

 だからろうそくにコップをかぶせると、あっという間に空気を使い切って消えちゃうんだ。


(もしかしたらアレスも、空気じゃない何かを燃料にして炎を燃やしてる……?)


 ……ま、なんでもいいや。

 どうせコイツはもうすぐ死ぬんだ。

 前にレヴィアを倒した時みたいに、剣から【沸騰】の魔力を送り込んで、お前の剣をマグマに変えてやる。


「勇者……、勇者ァァァ……!」


「残念だったな、お前はもう終わりだよ……!」


 アレスの剣が赤みをおびて、だんだんと溶けはじめた。

 さあ、もう一息……!

 あと一息で——。


「おぼべっ、お゛いらーっ、わずれんばー……」


 その時、全身を沸騰させられながら紫色の煙を噴き出す肉塊が、むくりと起き上がった。

 なんかよくわかんないことをしゃべりながら。


 え……、ってかなんでメルクの野郎まだ生きてるの……?

 とっくに体のすみずみまで、【沸騰】が回ってるはずなのに。


「毒でっ、つうがぐ、しゃだんー。そじて、脳ないま゛やぐー、大ほう゛しゅ゛つー。でも、もうずぐじぬー。だがら、みぢづれ゛ー」


 よく聞き取れないけど、とんでもないこと言ってる気がする。

 道連れ……?

 道連れって言ったのか?

 なにする気だよ、こいつ……。


「致死毒大量精゛製゛ー!!」


 メルクの体が、空気を入れられた風船みたいにどんどんふくらんでいく。

 まずい、このままじゃまずい……!

 早く離れなきゃ、でも……!


「勇者、勇者、勇者ァァァッ!!」


 つばぜり合いの拮抗きっこうが崩れたら、離れる前にコイツに押し切られて斬り殺される。

 このイカレ女、メルクのことなんて見えてないし。

 どうすることもできないまま、


 ドパァァァァァァァン!!!


 メルクの体が粉々に弾け飛び、私とアレスに肉片混じりの大量の毒液が撒き散らされた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 燃えてる時点で酸素を消耗してるのに、アホみたいに勇者勇者と炎化しながら叫びまくるとかそりゃ燃えカスにもなりますわ…炎化が強すぎたせいで逆にそれ1つを使いすぎましたね。レヴィア、前も似たよう…
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