181 炎毒乱舞
キリエさんが危ないところを、バルジさんが助けてくれました。
バルジさんが大剣の人と、キリエさんが残りの二人と戦い始めます。
その様子をただながめながら、時々私に視線を送る神官ソーマ。
キリエさんも気になってるみたいですが、とっても不気味です。
「リーダーさんが助けに来たです! びっくりです!」
「けど、状況はマズいままだな……。アタシも加勢に出るべきか……?」
「トーカがいなくなったらマズイです! 絶対アイツ狙ってくるですよ!」
「そうなんだよなー……」
そうなんです。
私たちにできるのは、キリエさんの目の届く範囲にいることだけ。
今あの人から離れたらかえって危険ですし、余計な心配もかけちゃいます。
「状況が大きく変わらないかぎり、アタシらは大人しくしとくべきだろうな。クイナさんもいることだし、さ……」
クイナさん、おうちが壊されたのを見てから茫然自失の状態です。
ぼんやりしたまま一言もしゃべりません。
「……っ」
なんて言葉をあげればいいのでしょうか、わかりません。
なんにもできませんね、私。
守られてばかりで、落ち込んでる人の助けにもなってあげられなくて……。
「ベアトお姉さん?」
「……っ」
いけない、暗い顔をしちゃってたみたいです。
メロさんが心配そうに私を見上げてきます。
「……あの、無理しないでくださいです」
「……」
いけない、いけない。
もっと強くならないといけません。
戦えなくても、心だけは強くならなくちゃ。
「……っ」
気合いを入れなおして、キリエさんの戦いに視線をもどします。
あの人ががんばってるの、全部私のためなんですから。
キリエさんが思う存分戦えるように、私が見ていてあげないと。
〇〇〇
メルクの傷口から噴き出した毒の霧が、ヤツの体を包んでいく。
コイツ、自分の血液を毒にすることもできるのか。
全身を血の毒霧で包みこんで、私の沸騰タッチを防ぐつもりだ。
直接触れられないってことは、さっきみたいな練氣じゃなくて魔力をこめた斬撃で【沸騰】を送りこまなきゃコイツは倒せない。
硬化刃を解除したら、剣を折られるかもしれないから難しいトコだけど、なんとかしてやるしかないか……。
「次は当てる、次は斬るゥ……ッ!!」
突進から急ブレーキをかけたアレスが私の方へ反転する。
腰を深く落として片足を下げ、両手でにぎった剣を水平に倒す見覚えのある構えを取り、おまけに全身を炎化。
体がゆらゆらとゆらめいている。
身に着けてる鉄仮面や鎧まで炎化してるんだ。
持ってる剣も炎になってて、防御すらできないんだろうな。
水に沈めても効果なし。
コイツを殺す手段が今のところまったく見当もつかない。
まず殺すべきはメルクの方だけど……。
「はぁー、味方がいると面倒だなー。いつも誰かといっしょなんだよなー。一人ならあたりに毒をまき散らして、息もできなくしてやるのにさー」
そのメルク、深いため息をつきながらとんでもないことほざきやがった。
ふざけんな、そんなことしたらベアトまで巻き添え食らうだろうが。
コイツが単独行動取らされない理由がよーくわかったところで、
「真っ二つにしてやるッ!!!」
あれこれ考える時間は終わりだ。
アレスが足の炎をふかして、高速で突っ込んできた。
一瞬で私の目前に到達して、炎の刃が鋭く振りぬかれる。
ボァッ!
「ぐ……っ!」
ナナメ下からの斬撃を、上半身をのけぞらせて回避。
肺をこがすような熱気が、顔面スレスレをかすめて通り過ぎる。
「斬り刻んで焼き焦がして、豚のエサにしてやる……ッ!」
そのまま私の前で停止、高速の連撃が繰り出される。
突進からの一撃離脱戦法はやめて、手数で押しに来たってわけか。
「エサになんのはお前の方だっての……ッ!」
コイツの弱点は冷静さと無縁なこと。
この状況、さっき水球に包んでやった時とそっくりだ。
攻撃が効かなくても、動きを封じられることは証明済み。
今度は水球どころじゃなく、もっと大きな——。
「おいらも続くぞー」
……あぁ、そうだったね。
一対一ならともかく、コイツがいるんだった。
全身毒霧でおおったメルクが、剣を振りかざして参戦。
紫色した人型のモヤが剣もって動いてるの、なんか霧状のモンスターみたいだな。
……変わんないか、モンスターと。
えんりょなくブチ殺してエンピレオのエサにできるって点で。
「貴様……ァ、邪魔をするなと何度も言わせるなァァァッ!!」
「怒鳴るなよなー。仲良くやろうなー」
いっそ仲間割れしてくれた方が私的には助かるんだけどね。
意外にも息の合った動きで、炎の剣と毒の剣の乱舞が私を襲う。
アレスが顔面や心臓を、メルクが手足をメインに狙ってくるせいで、攻撃がかち合わない。
「ほらほらー。あきらめて【水神】返してくれたら、命だけは助けてやるぞー」
「渡してたまるか! 【水神】も、私の命も、ベアトだって!」
「絶対に殺す……ッ! 貴様だけはァァァッ!!」
心臓を狙って突き出される炎の刃。
避けようとして避けきれずに脇腹をかすめ、服が焦げて肌が焼かれた。
「あつっ……」
痛みに一瞬ひるんだところに、メルクの剣が左の二の腕をかすめる。
これまた痛いけどただのかすり傷。
でも、コイツの剣には紫色のもやがたっぷりまとわりついているんだよね。
これってやっぱり……。
「かすったなー。もう終わりだー」
「う……っ」
傷口に鋭い痛みが走って、そのまわりが少しずつ紫色に変色してきた。
思った通り、斬ったとこから毒を送り込めるようになってるんだ。
まずい、この状況は死ぬほどまずい……。
「殺す、今度こそ、今度こそ……ッ!!」
傷口のあたりがしびれだして、だんだんと左腕全体に回っていく。
動きが鈍くなって、そのせいで毒の刃が右の太ももをかすめて、さらに動きが鈍くなる。
「はぁ、はぁ……っ」
左腕と右足にしびれが走って、思うように動けない。
顔面を狙ったアレスの突きをかわそうとして、
ジュウウウゥゥゥ……!
かわしきれずに肩を思いっきり貫かれた。
「あぐああぁぁぁぁっ!!」
炎の刃が肩を貫通して、肉が内側から焼かれる。
口から勝手に絶叫が飛び出して、とうとう足が止まっちゃった。
痛い思いなら何度もしてきたけど、コレは耐えきれない部類の痛みだ。
「チャンス到来ー」
ズドッ!
「いぎ……ぃぃぃ……っ!!」
おまけにメルクの毒刃が左のふとももを貫通。
両足がとうとう体重を支えきれなくなって、私はその場に尻もちをついた。
「よーし、トドメだなー。せっかくだしアレスに譲ってやるー。おいら優しいんだー」
「ふーっ、ふーっ……! 勇者……、とうとうこの時が……!」
「……っつ、うぐぅぅぅ……っ!」
くそ、二人がかりで好き放題やりやがって。
痛すぎてうなり声しか出せやしない。
トドメをゆずられたアレスが、私の前で剣を高く振り上げる。
「死ねェェェッ、勇者ァァァッ!」
今、この時だ。
敵が勝利を確信したこの瞬間が、最大のチャンス。
四肢の中でかろうじて無事な右腕をかざして、アレスに手のひらをむける。
ありったけの魔力をそこに集めて、
「……水龍、出ろッ!!」
一気に放出。
ザバァァァァッ……!
「がぶぼ……っ、ぶぶばぁぁぁっ……!!」
水球とは比べものにならない、龍をかたどった大量の鉄砲水がアレスの体を飲み込んで、はるか上空へと運び去る。
「おぉ、【水神】ー。こんなこともできるんだ——」
ドスッ!
「なー……?」
そして、【水神】の大技に対してコイツがリアクションを取ることも想定済み。
水龍を目で追った一瞬のスキをつき、右腕に持ちかえたミスリルの刀身で、紫モヤモヤ野郎の心臓部分を思いっきり刺し貫いた。