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18 ベアトの気持ち




 キリエさんは、ずっと怖い顔をしています。

 起きてる間はずーっと。

 だけど、こうして私と一緒に寝てる時は、ちょっとだけ安心した顔をしてくれます。


 笑った顔も見たことないです。

 一度でいいから見てみたいです、笑ったキリエさん。

 頭をなでなでなんて、起きてる時にやったら怒りますよね、きっと。

 でも、寝てるから大丈夫なので、こうしてなでなでします。

 そうすると、少し表情がやわらぐんです。


「ん、んん……、母さん……」


 家族の夢、幸せな夢を見てるのでしょうか。

 大切なひとたちを失ってしまった悲しみ、キリエさんの心の傷は、私の治癒魔法でも癒せない。

 深い深い傷を癒すには、時間と、そばにいる誰かが必要なんじゃないかなって、思います。

 その誰かに私がなれたら、なんて。

 さすがに身の程知らずですね。


「んん……? ……朝か」


 キリエさんが、目を覚ましました。

 とたんに難しい顔になってしまいます。


「……っ!」


 おはようございます、って言いたいけど、声が出ないから。

 代わりにぎゅっと手を握って笑いかけるんです。


「……おはよう」


 やった、やりました!

 何が言いたいか、通じたみたいです。

 嬉しくっていっぱい笑顔になっちゃいます。


「なんでそんな笑ってるの。ほんと、よくわかんない……」


 あ、ベッドから抜け出していってしまいました。

 キリエさん、よく言います。

 なんでそんなに私に懐いてるんだ、って。


(当たり前です。あなたは私の恩人だから)


 あの場所から逃げて、逃げて、やっと逃げ切ったと思ったら捕まって。

 送り返されそうになって、あの部屋に閉じ込められた。

 もうダメだって、ずっと泣いてました。

 そしたら、あなたが扉を開いて、暗かった部屋が明るくなったんです。

 私はあの時、救われたんです。

 神様だなんて言われてるエンピレオよりも、あなたの方がよっぽど神様に見えたんです。


 でも、あなたはずっと悲しそうな顔ばかりしてる。

 他人を遠ざけて、一人になろうとして、自分をもっと傷つけてるってわかっちゃったから。


「……っ」


「ちょ、ちょっと、着替え中にくっついてこないでってば」


 だから、あなたの心の氷を溶かしたい。

 沸騰させて一気に、とはいかなくても、少しずつ、少しずつあっためて溶かしてあげたいんです。


 なんて、こんなのキリエさんには絶対言えません。

 ……色んな意味で、怖いから。

 だから私は、今日もこうしてキリエさんにくっつきます。

 言葉にしなくても、いつか伝わってほしいから。



 ○○○



 いつものようにベアトにくっつかれて、男モノの服に着替えて。

 朝食を食べてリーダーと修行に、と思ったら。

 なんかリーダー、いないみたい。


「兄貴なら、大兄貴と会ってくるって。今日一日は戻らないっぽいよー」


 と、ストラが説明してくれた。

 大兄貴ってのはギリウスさんのこと。

 こうして時々会って、情報交換やら近況報告をしてるみたい。


「ってわけでキリエ君。今から買い出し行ってきて」


「わた、じゃなかった。ボクが?」


「そうボクが。いつも兄貴が行ってくれるんだけど、今日はいないし。行ってきて」


 確かに近頃、リーダーはお店を追い出される口実がわりに買い出しに行かされてる。

 食糧の調達も大事な仕事だしね、居候の身だから文句も言えません。

 差し出されたあみカゴを受け取って、お店を出ようとすると。


「……っ」


 くいくいっと服のすそを引っ張られた。


「……どうしたの、ベアト。なんか欲しいものでもある?」


「……っ、……!」


 紙を取り出して、お店のカウンターで字を書き始めたけど、一体どうしたんだ急に。


『わたしもいっしょにいきます』


 どん、と紙を立てて見せてくれた。

 なるほど、一緒に行きたかったのか。


「店の手伝いは?」


「……っ!」


 うわ、すっごいストラを見てる。

 そんなに私と一緒がいいのか、ほんと何でだ。


「ちょ、ベアト、そんな目で見られたら……。あー、もうわかった! 店番はあたし一人でもやれるから、いっといで! けど、なるべく早めに帰ってきてよ!」


「……っ♪」


 わりとあっさり折れた。

 ベアトには甘いのか、ストラ。

 ……うん、なんとなく雰囲気的に、あの娘にきびしくできないのはわかる。

 無事に許しを得たベアトが私にぴったりとくっついて、私たちは一緒に武具屋を出て行った。




 で、街の商店をまわって買い物してるんだけど、なんかやたらと注目されてる気がする。

 微笑ましい感じの目線が半分、嫉妬のこもった目線が半分。


 今、私は男のカッコをしてて、ベアトは遠慮なく腕を組んでくる。

 つまり、どこからどう見てもカップルにしか見えないんだ、これが。


「ねえ、ちょっと離れてくれない?」


 素性を隠すために男のふりしてるんだからさ、目立っちゃだめじゃん。


「…………」


 説明を求むって顔された。

 ほっぺふくらましながら。


「あんまり目立ちたくないからさ、普通に隣を歩いてほしいんだ。ほら、私変装してるわけだから、目立ったらダメ」


「……」


 納得していただけたらしい。

 おとなしく離れてくれた。

 それでもちょっと距離近い気がするけど、まあいいや。


 こうして行きつけのお店で食材を買って、さあ帰ろうかという時。


「テメェ、どこに目ぇつけてんだよ!」


「す、すみませんですっ、でもあなたたちも前をちゃんと見てなかっ」


「あぁん!?」


 五人のチンピラどもに絡まれてる、紫髪の小さな女の子を見つけた。

 めんどくさそうだな、ほっとこう。


「……っ!」


 服のすそ、つかまれた。

 ベアトがふるふると、首を横に振っている。

 助けろってか。

 なんの得にもなんないじゃん。

 そもそも目立ちたくないのに。


「……っ!!」


「はぁ、もう……。わかったよ。そんな顔しないでよ」


 泣きそうな、少し怒ったような顔を向けられて、断り切れなかった。

 私もストラと同じで、ベアトに甘いかも。

 受けてあげたら、にぱーって感じの笑顔された。

 ホント、よく笑う娘だね、私と大違い。


 いまにも掴みかかろうとしてるチンピラに、近付いて声をかける。


「ねえ、やめてあげたら? その娘あやまってるじゃん」


「あぁん!? なんだてめぇ!」


 お前こそなんだ、若者はみんな戦争に駆り出されてるってのに。

 ……よく見ると、こいつらけっこう身なりはいい。

 高そうな服着てる。

 あぁ、なるほど。

 貴族の道楽息子どもか。


「俺たちは取り込み中なんだよ、あっち行ってな!」


「なんだ、このガキ。いっちょまえに女連れてやがるぜ」


「彼女の前でカッコつけようってのか、かー! シビれるねぇ!!」


 いや、ホントに貴族か?

 街のチンピラそのものじゃん、気品がカケラも見当たらない。


「あ、あのっ、あたいはっ」


「キミは下がってて、ベアト——あの娘のところへ。もう平気だから」


「おい、勝手に仕切ってんじゃ……」


 掴みかかってきた。

 その腕をつかんで、ねじり上げる。

 修行の成果で、チンピラ程度片手で倒せるくらいにはなってる。

 ちゃんと鍛えてる騎士や兵士には、まだ届かないかもだけど。


「いだっ、いだだだだだっ!」


「ねえ、ここじゃあ迷惑になるよね。人のいない路地裏行こうか」


 通行人の迷惑になるのもあるけど、目立ちたくないってのが本音。

 はぁ、なんでこんなことに。


「上等だぁ。おいお前ら、行くぞ!」


「ベアトたちはここで待ってて、すぐ片付けて戻ってくるから」


 女の子に絡んでたチンピラが仕切って、私と一緒にゾロゾロと路地裏へ。

 そして。



「……はい、一丁あがり」


 仕切ってたヤツも含めて、四人のチンピラを簡単にやっつけた。

 全員殴り倒されてのびてる。

 もちろん、能力は使ってないよ。


「で、残ったあんた。逃げるなりあやまるなりしたら?」


「……へっ、おもしれぇ。だがな、下っ端どもを倒していい気になってんじゃねぇぞ?」


「は? あんた下っ端じゃなかったの?」


 仕切ってたヤツがボスだと思ってたんだけど、違ったみたい。

 後ろの方でずっと黙ってた、こいつが親玉だ。


「俺を下っ端たぁ笑わせる! いいか、聞いて驚け! 俺はなぁ!」


 チンピラの自己紹介なんて、なんも興味ない。

 さっさと名乗らせて、テキトーにぶん殴って終わりにしよう。

 店でがんばってるストラ、待たせすぎるのもかわいそうだしね。


「俺はバルバリオ・ゴルド・デルティラード。ブルトーギュ王の四男、第四王子だ!!」


「……あ? ブルトーギュ?」


 今なんつった、コイツ。




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