179 多対一
「メルクが行きましたな。ユピテル、あなたは戦わないのですか?」
「私の大剣は乱戦には不向き。あの二人とでは連携も取れまい。機を窺い、勝負を決める一撃を見舞う心算だ」
「なるほど、美味しいところだけを持っていくつもりだと。いや、結構結構」
「どう取ろうがかまわん。これが最善と判断したまでのこと。ソーマ殿こそ、戦いには参加せぬのか」
「御冗談を、私ごときが勇者殿の前に出たらすぐに殺されてしまいます。なにせ私はしがない運び手。月夜の晩にのみ働く、ただの運び手ですからな……」
○○○
さーて、状況はまずいなんてレベルじゃない。
「邪魔をするなメルクッ! 勇者を殺すのはこのボクだッ!」
「怖いなー、怒鳴るなよなー。おいら、ただ返してほしいだけなんだなー」
イカレ野郎とイカレ女に挟まれて、はっきり言って大ピンチ。
アレスが本当にレヴィアだとしたら、短期間で信じられないくらいパワーアップしてる。
ルーゴルフに匹敵するか、それ以上だ。
「なー、いーだろー。その帽子の下につけてんだろー。おいらに返してくれよー」
そしてもう一人、真っ白で不健康そうな、ガイコツみたいにやせ細った男。
気持ち悪い猫撫で声でおねだりしながら長い白髪をふり乱し、練氣をまとった細身の曲刀で突きの連打をあびせてきた。
幽霊みたいな見た目とちがって、とんでもなく早い剣さばき。
かろうじてかわせてるけど、少しでも気を抜いたら殺られそう。
「メルクゥゥ……ッ、邪魔をするなら貴様もろとも……」
……おいちょっと待て、なにするつもりだよイカレ女。
私とメルクってヤツが至近距離で攻防の最中だってのに、人間三人分くらいの大きさのドデカい火球を作りだして……?
「消し飛べェェェッ!!」
撃ちやがった!
メルクの真後ろから迫る特大火炎弾。
あの女、味方もろとも消し飛ばすつもりかよ!
「もー、そっちこそジャマすんなよなー……」
ふり返りすらしないまま、攻撃の手を止めて面倒そうにつぶやいたこの男。
私が急いで飛び離れても、その場から動こうとしない。
「この攻撃はよー」
ただ剣を飛んでくる火球にむけて、
「勇者にむかうべきだろー?」
切っ先が触れた瞬間に、ちょいと手首をひねった。
たったそれだけの動作で、火球はスピードをたもったまま私の方へ進路を変える。
「……っく!」
飛び下がったまま、まだ着地してない私に業火が迫ってくる。
この状態じゃ避けられない、なら防ぐまでだ。
右手を前にかざして、【水神】の魔力を発動。
「水護陣!!」
ぶ厚い水のバリアを前方に展開する。
火球が激突して、その熱で水が自然に沸騰。
けど、さすがにコイツは突破しきれない。
私が着地すると同時、水の壁を操作して火球を包み込むと、炎はあっという間にかき消えた。
……そうなんだよ、普通はこうなるんだ。
なんでアレスは水の中でも燃えてられるんだよ。
「それだよ、それそれー。いいなー【水神】、おいらのモノになるはずだったのになー」
一息つくヒマすらもらえずに、メルクが私の目の前へ飛びこんできた。
練氣をまとった曲刀が、
「返してくれねーなら、首ごともらってくぞー」
急所をねらって振り抜かれる。
回避が間に合わないほど速い斬撃。
剣の強度がちょっとだけ心配だけど、ガードするしかない。
「練氣・硬化刃!」
剣に練氣を流して硬度を強化し、敵の斬撃を真正面から受け止める。
ガギィィィ……ッ!
……よかった、折れなかった。
状況はつばぜり合いに変化。
【沸騰】の魔力で剣を溶かしてやりたいとこだけど、練氣と魔力は同時に流せない。
アレスの動きが心配だけど、つばぜり合いに付き合うしかないか。
「……ねえ、アンタ。さっきから返せ返せ言ってるけどさ、【水神】ってアンタのモノじゃないよね」
「おいらのモンになる予定だったんだよー。【水神】の力を埋め込まれて、人工勇者第三号になれる予定だったんだー」
「第三号……?」
第一号はジョアナ。
つまりどこかに第二号がいるわけで。
(まあ十中八九、アイツだろうな)
情報を引き出しながら、横目でアレスの様子をうかがう。
こりずにまた火球をチャージしてるけど、そのとなりにソーマが瞬間移動してきて、なにかを耳打ち。
そしたら急におとなしくなって、肩でふーふー息をしながら棒立ちになった。
ちなみにソーマ、また元の位置にもどったんだけど。
一連の動きに、どんな意味があるのか。
戦いが始まってからなにもしないし、ちょっと不気味すぎるな。
アイツの動きにも警戒しなきゃ……。
「なんで【水神】にこだわるんだよ。他にも勇贈玉はいくらでもあるだろ?」
「【水神】や【風帝】はさー、他とは違うんだよー。よく知らないけど特別なんだー。だから今の技術でも、人工勇者が作れるんだよー」
ペラペラしゃべってくれるな、コイツ。
情報垂れ流しにさせてもかまわないのか、敵さんは。
この調子なら、核心の部分だってしゃべってくれるんじゃ……。
「で、なんでアンタらはベアトを狙ってんの? 誰に命令されて動いてんの?」
「誰って、そちゃもちろん——」
「メルク!」
これ以上は言わせないとばかりに、ソーマがさえぎる。
聞かれちゃいけない情報はきっちりガードするわけね。
惜しい、あと少しで黒幕の情報を引き出せたのに。
「……んー、わかったー。ぷくー……」
首をたてに振ってうなずいたあと、メルクは両の頬を大きくふくらませた。
「な、なに……?」
いきなりどうしたんだよ、コイツ。
ただでさえ至近距離なのに、気持ち悪いな。
……とか、のんきなことを思ってられたのはそこまで。
「ぷううぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
口から噴き出された紫色の霧。
完全に不意を突かれて、息を止める前に少なくない量を吸いこんでしまった。
「げほっ、げほ……!」
体から急激に力が抜けていく。
押し切られる前に、残った力をふりしぼって強引に剣を弾き、後ろへ飛び下がった。
「こ、これは……」
「吸ったなー。おいらの【劇毒】、毒の霧を吸っちまったなー」
そうか、コイツを吸わせて私の動きを止めるために、さっきソーマはアレスの暴走を止めてたのか……。
指の先がしびれだして、目の前にもやがかかった感じになる。
これ、もちろんヤバい毒だったりするんだろうな……。
「こうなったらもう、お前は勝てないぞー」
勝ち誇るメルクの横を、赤いなにかが凄まじい勢いで駆けぬける。
体が反射的に動いて、横っ飛びで回避。
倒れ込んだ私のわき腹に激痛が走って、血が大量に噴き出した。
「あぐぅぅっ!!」
今のはアレスの攻撃だ。
しかもあの速度、もしかして【神速】なんじゃ……。
「勇者殿、お命頂戴 ちょうだい致す」
その時、私の周りが急に暗くなった。
見上げれば、とてつもない大きさの大木みたいなシルエットが私にむかって倒れこんでくる。
……いや、大木じゃない。
戦闘に参加してこなかった最後の一人が、冗談みたいな大きさの大剣を振り下ろしてきてるんだ。
王都ディーテの王城にある塔みたいな大きさと太さの大剣を。
(ヤバい、まずい、このままじゃ……)
毒と痛みで起き上がれない。
迫り来る巨大な剣。
いや、近くで見るとアレは剣というより、剣から木の根がのびて絡み合って……。
(いやいや、分析はあと……。動け、動かないとプチっと潰されて……)
私が死んだら、ベアトが連れていかれる。
トーカたちも殺される。
しびれる足に力をこめて、奥歯を食いしばって無理やり立ち上がる。
よし、これで……。
ガッ!
「あ——」
走りだした瞬間に、木の根っこが足元に現れた。
つまずいて、私の体が倒れていく。
時間の感覚がゆっくりになって、周りの景色も倒れてくる大剣もゆっくりに感じる。
もう、ダメなの……?
「諦めんな、キリエちゃん」
「え……?」
私の体が転倒を止めて、ふわりと浮かぶ。
正確には浮かんだんじゃなく、誰かに首根っこをつかまれて。
次の瞬間、私の世界が急加速する。
ズゥゥゥゥゥゥ、ン……!
倒れる大木、巻き上がる土煙。
気づけば私は、少し離れたところからその光景を呆然と見つめていた。
私を助けてくれた青髪の男の人に、片手で吊り下げられながら。