178 炎と水
「家っ、ジブンの家っ、あっ、ああ゛ぁぁあぁっ!」
クイナさんが絶叫しながら私の体をおしのて、崩れ落ちた家の残骸へ走っていく。
「いっけねー、間違えちまったー。勇者はアイツでいいんだよなー?」
「ああ、そうだ。もう二度と間違えるな。特にベアト様に傷一つでもつけてみろ。私がお前を殺す」
間違えた……?
私とクイナさんを間違えたってのか。
間違えましたで済むとでも思ってんのか。
なんでこいつら、こんなヒドイことが平然とできるんだ。
「……なあ、神官さんさぁ」
「これはこれは勇者殿。王都ディーテのお城ぶりですな」
「あの子の家をブチ壊したこと、謝ってもらおうなんて思ってない。謝って済む問題でもないし」
「様々なウワサが飛びかっていましたが、どうやらあの後、まっすぐパラディにむかわれたようで。東の山脈越え、お辛くありませんでしたかな?」
「ただ私、今最高にムカついてるから」
「ベアト様もご無事で何よりです。なにせヨリシロとなる、大事な大事なお体ですからねぇ」
聞いちゃいねえな、コイツ。
私はしっかり聞いてたけどね。
確かに今ヨリシロとか言ったよな。
詳しい話、力ずくで聞き出してやる。
「お前らの正体、目的、全部聞き出してから全員殺す。大好きなカミサマのエサにしてやるから覚悟しな」
右の腰に差したミスリルの剣を左手で引き抜く。
月の明かりに照らされて、白銀の刃がきらめいた。
実戦で使うのはこれが初めてだな。
初陣にはちょっとヘビーすぎるけど、いきなり折れないでよ。
「おーやおや、これは驚きだ。なんと我らに勝てるつもりでいらっしゃる。この数をものともしないとは、さすがっ、さすがの勇者殿っ」
コイツのテンション、いちいち気に障るな。
クイナさんは、まだ家の残骸にすがりついてる。
このままじゃ戦いの巻き添えにしちゃうかも。
「トーカ、クイナさんをお願い。それと、もちろんベアトもね」
「……わかった。出来る限りのことはする。そっちも、無茶すんなよ」
「無茶言うなよ。無茶しないで勝てる相手かっての」
「ははっ、違いない。じゃあ言い変えるか。……死ぬなよ」
「もちろん」
死ぬつもりは無いよ。
こんなところで、なにもできないまま死んでたまるか。
クイナさんに走りよったトーカが、泣き叫ぶあの子を無理やりかついでベアトのそばへ戻っていく。
少しかわいそうだけど、巻き込まれて死ぬよりずっとマシだから、許してね。
最後に、私を不安げに見つめるベアトにチラリと視線を送る。
(心配しないで、絶対守るから)
「……っ」
言いたいこと、伝わったのかな。
ベアトの顔から不安が消えて、コクリとうなずいてから、メロちゃんといっしょに距離を取った。
「いいのですかな、ベアト様をそばに置かないで。我らは四人もいるのですよ?」
「さらいに行こうとしたヤツから殺す」
「あなたが押さえ込まれている間に、他の誰かがベアト様をさらうやも」
「いいからかかって来い、殺すから」
「ははっ、さすが。ウワサに聞く通りですな。勇者殿はまさに、殺意に満ちあふれた狂犬だっ! ……しかし狂犬ならば——」
「勇者ァァッ!」
ソーマのセリフが終わらないうちに、仮面の女剣士が飛び出した。
「あはははっ、狂犬具合ならアレスも負けていませんなっ!!」
腕を真っ赤な炎に変えて、突進しながら拳を振りかぶる。
冷静さのカケラもない一直線な攻撃だけど、私の反応速度ギリギリの速さだ。
飛び下がって回避した瞬間、私のいた場所に炎の拳が振り下ろされた。
ドゴォォオォォ……ン!!
破砕音、っていうか爆発音がして、地面が炎とともに弾け飛ぶ。
一発でも喰らったら死ねるな、アレ。
「殺す、勇者……ッ」
地面に埋もれた腕を引き抜いて、すぐにこっちをにらみつけ、また殴りかかってくる。
ベアトのことなんて見もしない。
コイツ、マジで私を殺すことしか考えてないのかよ。
「お前、殺すしか言えないのか……っ」
顔面を狙ったストレートのパンチを、体を反らして回避。
カウンターで致命の一撃を与えるチャンス到来だ。
にぎり慣れない剣の柄を強くにぎって、【沸騰】の魔力をたっぷり込めた横ぶりの斬撃を浴びせかける。
ブオンッ!
「なん……っ!?」
私の剣は、敵のわき腹から心臓を経由して胴体を両断した。
少なくとも、私の目にはそう見えた。
なのに……。
(斬った感触がまるで無い……)
手応えゼロ。
素振りとまったく同じ感覚。
アレスの胴体だってしっかりくっついたまま、沸騰も始まらない。
(あの時と同じ……。王城での戦いで、たしかに私はコイツにさわったんだ……。なのに……)
「勇者、死ねェェッ!!」
ヤツが手のひらをかざして、火球が飛び出した。
バっと見はただの火炎魔法。
右へゴロンと転がって回避すると、遠くの廃墟に当たって爆発を起こす。
ヤツの持つっていう【炎王】、たしか【水神】といっしょに置いてあったヤツだよね。
ただ単に、火炎をあやつるだけの【ギフト】だとは思えない。
私の攻撃が空ぶり続けてる理由、大体の見当はついてんだ。
(ためしてみるか……)
【水神】の力を発動して、右腕のひじから先を水で包み込む。
私の考えが正しければ、コイツではっきりさせられるはず。
「死ねぇっ、勇者ァァッ!」
うるせえ、同じことばっか言うな。
炎をまとった右の拳が繰り出されるのに合わせて、水の拳で迎え撃つ。
私とアレスの拳が衝突した瞬間、私の拳がヤツの拳を突きぬけた。
触れたという感触もナシ。
しかも、アレスの腕をつつんだ炎だけじゃなく、ヤツの腕そのものが炎のようにゆらゆらとゆらめいている。
(思った通りだ。アイツ、体そのものを炎にしてる)
体を炎に変えていたから、攻撃が全て体をすり抜けて、触っても沸騰の魔力を送り込めなかったんだ。
火傷防止用に拳をつつんだ程度の水じゃ、ヤツの炎は弱まらない。
むしろ、さらに火力を増して私に襲いかかる。
至近距離での拳の乱打を左右のステップでかわしつつ、横目でチラリとベアトたちの様子を確認。
よし、みんな無事だ。
他の三人も、様子見なのか余裕ぶっこいてるのか、はたまたアレスが先走りすぎたのか、まだ動いてない。
今のうちにコイツを殺せば、戦いを楽に進められるはず。
「ボクの、ボクの恨みぃぃああぁぁぁッ!!」
絶え間ない炎の拳撃。
その攻撃の一瞬のスキをついて、私はヤツの体に右手をかざした。
「水牢っ!」
【水神】の魔力を全開で解き放ち、アレスの体がすっぽりと水のボールに包まれる。
コイツの体が炎なら、これで跡形もなく消滅——。
「……っごぶばあ゛ぁぁぁぁぁッ!」
……うそ。
この女、消えるどころか水牢から普通に抜けだしてきやがった。
なんで?
炎なら水で消えるはずじゃないの!?
「いいなー【水神】。オイラのモノになるはずだった【水神】。いーなー」
ぞくり。
その時、真後ろで聞こえた声に全身の毛が逆立った。
とっさに体をかがめた直後、私の首があったところを剣が薙ぐ。
「なーなー、返してくれよ。おいらの【水神】、いーだろー?」
この野郎、クイナさんの家を破壊したヤツか。
私とアレスの戦いに割りこんできやがった。
様子見は終わりってわけか。
上等だよ、最初っから四対一も覚悟の上だ。