177 月夜の帰郷
宿屋のおかみさんが放った衝撃的な一言。
それは、クイナさんの弱った心にヒビを入れるには十分だったようで。
「本当にジブンの故郷、滅んじゃってんスかね……。はぁぁ……」
あの話を聞いてから、クイナさんすっかり元気を失くしちゃった。
首から下げた『至高天の獅子』を指でくるくるもてあそびながら、ふかいふかーい大きなため息。
「おかみさんがウソを言ってるとは思えないのです。残念ながら……」
私とベアト、クイナさんで泊まる予定の三人部屋に集まって、私たちは緊急会議を開いていた。
このままロッカの村にむかうべきかどうか、って相談と、クイナさんを元気づけるために。
……私には、他人を元気づけるなんてできないけどさ。
宿屋のおかみさんいわく、ロッカの村は三年前に滅びたらしい。
とつぜん魔物が押し寄せて、一晩で壊滅したとのことだ。
村民のほとんどが命を失い、生き残ったのはわずか数人。
そのうちの一人が、きっとこの子なんだろう。
「ジブン、五年前の記憶までしか残ってないッスからね……。あの村のこと、まるで昨日のことのように思い出せるのに……。なんだか時間を飛び越えたみたいッス……」
その五年の間に、きっといろいろあったんだろうな。
私には想像するしかないけど、村が滅ぼされて、教団に保護されて、調査団に入って……ってトコか。
「おっとうもおっかあも、生きてるかどうかすらわからない……。弱音なんて吐きたくないッスけど、やっぱ不安ッス……」
「クイナ、ムリすんなよ。滅びた故郷なんか見たくないなら、手がかりはもう一つあんだから」
トーカの言う通り。
私たちが本当に何も知らなかったとして、もうひとつの手がかりを頼るはず。
『至高天の獅子』、パラディの神官だと証明する身分証。
コイツを持って教団に行けば門前払いなんてされないだろうし、教団にはクイナのことを知ってる人も当然いるはず。
滅んだ故郷をわざわざ見に行くなんて、やらなくてもいいことだ。
……生まれ育った村が滅んだ悲しみ、私にも痛いほどわかるもん。
「……ありがとうございます、みなさん。ですがジブン、やっぱりこの目で見るまでは希望を捨てないッス!」
体の前でグッと拳をにぎるクイナさん。
ロッカの村へ行く決意を決めたらしい。
その前向きさ、見習わなきゃいけないね。
この戦いが終わったら、私も一度リボの村に戻ろうかな……。
○○○
リーノの村で一泊した私たちは、ロッカの村をめざして北にのびる街道を出発した。
歩いて歩いて歩き続けて、高かったお日さまは地平線に沈み、縦に半分こになった形のお月さまが空に浮かんでる。
なんでアレ、日によって形が変わるんだろう。
トーカなら知ってるのかな。
さておき、いつもならもうとっくに野宿の準備を始める時間。
それでもクイナさんは歩みを止めなようとしない。
なぜなら、少し先に村の影が見えてるからだ。
……村にしては、明かりがまったく見えないんだけどさ。
「……なあ、クイナ。もういいんじゃないか?」
「まだッス。もしかしたら、たまたまみんなで出かけてるかもしれないッス」
村に明かりが灯ってないって、つまりはそういうこと。
とっくに希望なんて断たれてるのに、歩みを止めないクイナさん。
最後まで望みを捨てたくないんだろうけど……。
そのまま五分ほど歩いて、私たちは無事に『元ロッカの村』へと到着した。
そう、元。
「あ、あぁ……」
ボロボロに崩壊した石壁、焼け落ちた木造の家の土台。
メチャクチャに破壊された石畳に、すっかり風化したワラの屋根。
どこからどう見ても、完全に廃墟だね。
月明かりに照らされた、変わり果てた故郷の姿を前にして、さすがのクイナさんも呆然と立ち尽くす。
「ここ、入り口近くの酒場だったところッス……」
ふらふらと、廃墟となった建物の前に歩いていって指をさす。
屋根が完全に崩れてむき出しになった屋内には、バーカウンターらしき部分の残骸や割れた酒ビンがたしかに転がっていた。
「そしてこっちが宿屋……」
自分の記憶と照らし合わせてるんだろう。
そのままクイナさんは、村の奥へと歩いていった。
「あ、待つですよ、一人じゃ危ないです!」
「聞こえてないな……、そりゃショックか。メロ、ここは黙ってついてってやろう」
「ですね……。あたいもフレジェンタ滅ぼされたですし、気持ちわかるですよ……」
トーカとメロちゃんも、クイナさんのあとを追う。
「ベアト、私たちも……。ベアト?」
「……っ」
どうしたんだろう。
ベアトがとっても辛そうに、羊皮紙を入れてるカバンをギュッとにぎっていた。
……たしかその中には、クイナさんがつけた記録用紙も入ってるんだっけ。
「ひょっとして、あの紙見せた方がいいか迷ってる?」
「……っ!?」
図星だったか。
言い当てられて、少しびっくりしてる。
「……っ」
『クイナさん、ひっしにじぶんのきおくをさがしてます。あんなすがたをみてたら、だまってるのがつらくなってしまって』
「……そっか。だけどね、あんな記憶なら戻らない方がいいと思うんだ」
「……っ?」
「仲間を皆殺しにされて、尊敬する人をひねり殺されて、死の恐怖におびえながらウジの沸いた死体の山に何日も隠れて。あの子が呼び覚ますべき記憶は、もっと別のものだよ。あんな記憶は忘れていいんだ」
ベアトの頭をなでながら言い聞かせる。
残酷な記憶なんて、無い方がいいんだよって。
「……」
『キリエさんも、わすれたいことってありますか?』
「……行こう。小さな村だけど、さすがに見失っちゃうよ」
答えは返さずに、ベアトの手をにぎって村の奥へと歩きだす。
……はあ、どの口であんなこと言ったんだか。
私はどんな記憶だって忘れたくないのに。
家族との大切な思い出も、それを理不尽に奪われたことも、全てが今の私を形作ってるモノなんだから。
ソレが欠けたら、きっと私は私じゃなくなると思うんだ。
村の奥の方にある、とある民家の残骸。
木造の壁の一部が崩壊して、かろうじて元の形をたもってる家の前で、クイナさんは座り込んでいた。
「トーカ、ここがクイナさんの?」
「おぉ、遅かったなキリエ。そうさ、彼女の実家だ」
クイナさんから少し離れたところで、彼女の様子を見守っているトーカとメロちゃん。
二人とも、なんて声をかけたらいいかわかんないんだろうな。
私だってそうだよ。
「しばらくそっとしといてやろうと思ってさ」
「きっと頭の中、ぐちゃぐちゃだと思うです」
泣き叫んだりとかしてるわけじゃない。
ただぼんやりと、家を眺めているだけ。
家族の思い出とか、引き出してる最中なんだろう。
「……だね。私たちにできることなんて——」
ゾクリ。
唐突に、本当に唐突に、強烈な殺気を放つ気配がすぐ近くに三つ出現した。
そのうち二つの殺気は私にむかって叩きつけられている。
だけど、もう一つの矛先が——。
「クイナさん、危ないっ!!」
なんであの子に向いてんだよ!
クイナさんの背後から迫る、練氣・飛刃の飛ぶ斬撃。
全速力で飛び出した私は、座り込んでる彼女の体をかき抱いて攻撃範囲から離脱。
次の瞬間、練氣の刃がクイナさんの家の残骸を斬り裂いた。
「あ、あぁぁ……っ!!」
ソイツがトドメになったんだろうね。
廃屋が完全に崩壊して、ただの木くずに変わっていく。
「ジブンの、ジブンの家が……!」
なんだよ、なんでこんなことすんだよ。
ギリっと音が鳴るほど奥歯を噛みしめて、攻撃の方向をにらみつけた。
「あっれー? おかしーなー。四人いる女のうち、ベアト様でもチビ二人でもない方だろー?」
そりかえった細身の刃を肩にかついだ男。
アイツが攻撃をしかけた犯人か。
「相手の力量も読めぬのか、阿呆が。勇者はもう一人の方だ。どうやら男装しているようだがな」
「なんでもいい……、勇者、殺す……ッ!」
そして、もう三人。
アレスに、大剣を背負った男に、頭を丸めた神官。
一気に四人もおいでなさったか。
どうやら敵さん、本気で私を潰しにきたみたいだね。
「やあやあベアト様。我ら一同、お迎えに上がりましたよ。さあ、帰りましょうか」