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174 再びの赤い石




 女の子を死体の山から引きずり出してる間に、ベアトとメロちゃんを両肩にかついだトーカが、斜面をすべり降りてきていた。

 二人を荷物みたいに担いで、えっほえっほとこっちに走ってくる。

 ……メロちゃんはともかく、ベアトはもう少し丁寧に扱ってほしい。


「キリエ、お疲れ。ケガとかは……するわけないか」


「わけないよ。私よりこの子の心配してあげて」


「……うわ、こりゃヤバいかもしんないな」


「……っ!!」


 この女の子、ぐったりとして意識が無いし顔色も悪い。

 この子の血なのか死体の血なのかわかんないけど、全身血まみれだし。

 私の耳が拾った助けを呼ぶ声は、どうやらうわごとだったみたいだ。


「……っ、……っ!!」


「おっと、わかったわかった」


 下ろしてくださいって必死に主張するベアト。

 トーカに解放されるや、すぐに女の子の側へ駆けよってケガの様子をチェックし始めた。


「……この女の子、服に死肉とか血とかいっぱい付いてるから、伝染病とかには注意してね」


 私なんかよりベアトの方がずっとそっちの知識にはくわしいだろうけどさ。

 この子、他人のために自分を犠牲にしちゃいそうなところがあるから、どうにも心配なんだよね。

 自分以外の誰かのためにがんばるなんて、私にはよくわかんない気持ちだ。

 ……ベアトのためなら、別だけど。


「……っ」


 私に心配されたベアト、すこしびっくりした表情を浮かべて、それから嬉しそうにうなずいた。

 どうして嬉しそうなのかはよくわかんない。


(私が気にかけたから……? いや、そんなわけないか。いくらなんでも自意識過剰だ、それは)


 まあ、それはさておき。

 ただよう死臭で吐きそうになってるメロちゃんと、その背中をさすってるトーカも置いといて。

 どうやらベアトの診断が終わったみたいだ。

 女の子からいったん離れて、ペンをスラスラ走らせる。


『このひと、ケガはしてません。ただ、なんにちもみずやたべものをとれてないみたいで、かなりすいじゃくしています』


「危険な状態なのか?」


『からだをきれいにしてたべものをあげて、しばらくやすませれば、かいふくするとおもいます』


「おぉ、そっか! よかったよかった、なあメロ!」


「うぉぇっ……、そう、ですね……」


 ケガしてないなら、全身真っ赤に染まった血は全部死体のモノだったのか。

 で、何日も死体の山に埋もれてた、と。

 意識があるうちに猿の目を盗んで隠れて、ずっと息をひそめてたんだろうな。

 想像を絶するほどの恐怖と絶望の中で。


『ただですね』


 新しい羊皮紙に続きを書こうとして、ペンを動かす手が止まる。

 ベアトの視線の行く先は、女の子の首飾り。

 この子の言いたいこと、言いにくい理由、私にはすぐにわかった。

 だったら私が代わりに言うね。


「……この子、たぶんパラディの人間だよね。それも神官クラスの」


「えっ!?」


「ど、どうしてわかるですか、お姉さん!」


「首から下げた、このメダル。神官ソーマが同じ物を持ってたんだ。たしか名前は『至高天の獅子』。神官以上の身分を保障する証だって言ってた」


 メロちゃんとトーカはあの場にいなかったから、このことを知らないんだ。

 そしてベアトは、私がこの子を見捨てると思って言い出せなかった。


「……大丈夫だよ、ベアト。パラディの全部が敵じゃないことくらいわかってるし、こんな場所に置いてくつもりもないから」


「……っ!」


「けどさ、ちょっと待ってて。この場を立ち去る前に、やんなきゃいけないことがある」


 そう、そもそもここに来たのは、エンピレオがここにひそんでいるのかどうか、きちんと確かめるため。

 見る限りはごく普通のクレーターだけど、念のためしっかり調べなきゃ。

 なんせエンピレオ探しには、ベアトの命がかかってるんだ。


「ベアトもいっしょに来て。まだ近くに魔物がいるかもしれない」


「……、……っ」


 女の子をチラチラと見て、ついてくるのをためらうベアト。

 置いていけないのはわかるけど、私から離れてほしくない。

 衛生面を考えると、血まみれ腐肉まみれの体をかつぐわけにもいかないよね。

 ……そうだ。


「水球で女の子の体を包んで持ち運ぶの、どうかな?」


「……っ!?」


 ベアトが大慌てで、溺れちゃいますよ、って感じに必死のアピール。


「心配いらないよ。顔の部分を泡で包んで、外から泡の形で空気を取り入れるから。水の流れを作って自動で体を洗えるし、これなら一石二鳥じゃないかな」


 もちろんあとでちゃんと拭くことになるだろうけど。

 うん、我ながらナイスアイデア。


「これならいいでしょ?」


「…………」


 ……あれ?

 なんか不満そう。


『ぜんしんをちょうじかんみずにつけてると、たいおんがさがってしんじゃいますよ?』


「……そうなんだ」


 いいアイデアだと思ったんだけどな……。


 結局、処置が終わるまでクレーターの調査はおあずけ。

 ベアトが私の出した水とボロきれを使って、女の子の体をきれいにするまで待つことになった。

 そんなに急いでるわけじゃないし、いいんだけどね。


 体を清めて服をはぎとった女の子を毛布にくるんで、トーカに肩にかついでもらう。

 

「……なんでアタシ?」


「頼れるお姉さんだし」


 さて、ようやく調査開始だ。

 まずはクレーターの中心へ。

 かなり大きなクレーターだけど、真ん中がどこかはすぐわかる。

 なんせ、不気味に点滅する真っ赤な大岩の先端が、地面から二メートルくらい突き出てるからね。

 きっと地面の下には、凄い大きさの岩が埋まってるんだろう。


「……こうして見るのは二度目だけど、相変わらず不気味だな。むしろ前より不気味かもだぞ」


「魔物製造工場だって、あたいら知っちゃってるですもんね……」


 トーカとメロちゃんが気味悪がるのもわかる。

 私だって、コレがエンピレオの体の一部かなんかだと思うとゾッとするし。


「ベアト、どう? なにか感じない?」


「……っ」


 ふるふる、ベアトが首を横にふる。

 エンピレオが近くにいたら体に異変が起きちゃわないか、と思ったけど、なんともないなら何よりだ。


「やっぱり、他のクレーターと同じみたいだね」


 ただ赤い岩が突き出してるだけで、地下ダンジョンの入り口があるわけでもない。

 少し大きめの、どこにでもある魔物湧きスポットだったらしい。


「ところでお姉さん、岩に触ってみたらどうですか? また点滅がおさまると思うです」


「ほら、あれから鉱山に魔物が出なくなっただろ? 勇者が触ると魔物を産む機能が停止するんじゃないかって、前にメロと話してたんだ」


「……なるほど。やってみるね」


 手のひらをかざして、岩にそっと触れてみる。

 すると、あの鉱山地下と同じように点滅が止み、ヒビが走って大きなカケラがゴロリと転がった。


「止まった……。そしてまたカケラ……」


「また剣にするか?」


「冗談。こんな気味悪いモノ」


 このまま転がしておいて誰かが悪用したら困るから、拾っておくけども。

 血のように真っ赤な石を拾い上げて、荷物の中につっこんだ。


「勇者の魔物退治って、こういうことだったのかもな」


「ダンジョンの奥にひそむ魔物を勇者が倒したら、そのダンジョンから魔物が消えた。よくある話だよね」


「そしてですね、勇者が死んだころになって、再び魔物は沸き始めるのです」


「……つまり魔物が湧かないの、私が死ぬまでの期間限定ってこと? なんだそれ、エンピレオのヤツどうしてそんなシステムを?」


 ほんの束の間安心させて、そのあと絶望させるとか?

 趣味悪そうなカミサマだし、そんくらいの意地悪はしてきそう。


「あたいの考えでは、期限をもうけないとエサ供給がどんどん減っちゃうからだと思うですよ」


「あと、勇者を魔物退治の英雄だと認識させて自分の株を上げるため、とか?」


「……なんにせよ、ロクでもないね」


 まあ、エンピレオの思惑なんてどうでもいいか。

 どうせヤツは、もうすぐ私に滅ぼされるんだ。


「……っ、……っ」


「そうだね、早くその子を休ませてあげなきゃ。とりあえず、安全なトコまで行こう」


 クレーターの近くじゃ、強い魔物がうろついてる可能性が高い。

 安全に休ませられる場所を探して、私たちは死体まみれのくぼみを後にした。




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