173 深山のクレーター
登山道から遠く離れた山奥、なだらかな山の斜面に現れたくぼみ。
クレーターと呼ばれている、魔物を生み出す赤い星の破片が落ちた跡。
たしか宿屋のおかみさん、登山道には強い魔物も出るって言ってたっけ。
なるほど、あれが発生源ってわけか。
「クレーターか……。しかもかなりデカイな。どうするキリエ、見なかったことにするか?」
「……素通りするわけにはいかないよ。エンピレオの居場所探しだって、私の目的の一つなんだから」
エンピレオがこの世界のどこにいるのか、誰も知らない。
目の前のあのクレーターが破片じゃなくてエンピレオ本体のおっこちた場所だって可能性、ゼロじゃないからね。
こんな辺鄙な場所にクレーターがあるだなんて、きっと誰も知らないだろうし。
可能性はきっちり潰していかないと。
「でもでも、魔物の発生源なんですよね……。きっと近くには強い魔物がうじゃうじゃと……」
「心配すんな。アタシが守ってやるからさ」
「ぁう……っ、き、期待しないでいてやるです……」
……あれは、照れ隠しなのかな?
歩きだしたトーカの後ろに、メロちゃんがぴったりくっついていく。
「ベアト、私たちも用心して進もう」
「……っ」
小走りでトーカたちに追いついてから、辺りを警戒しつつ進む。
ベアトも怖いのかな、メロちゃんみたいに私の腕にぴったりくっついてきた。
山を越えてふもとからさらに登って、数キロ離れたクレーターにようやく辿り着く。
そこに広がっていたのは地獄絵図。
クレーターのふちから顔を出して覗きこみ、私たちは息をのんだ。
「……っ!」
「うっ……」
この中、どうやら大猿の魔物の巣になってるらしい。
数メートルはある背丈、筋肉が異常に発達した腕、赤く光る鋭い目に牙をむき出しにした口。
ギガントエイプ、だっけ。
異常な攻撃性を持つことで有名な危険極まりないモンスターが、軽く見積もってざっと二十匹以上。
で、なにが地獄絵図かっていうと。
こいつら、今まさに新鮮な人間の死体で遊んでる真っ最中なんだ。
生首でキャッチボールしたり、死体の足をつかんでチャンバラごっこしたり、バラバラに引きちぎって楽しそうに笑ったり。
遠くからでは見えなかった凄惨な光景に、メロちゃんは目をそむけて、私はベアトの目を覆い隠す。
「ベアトは見ちゃダメ」
「メロもだ、絶対見んなよ」
犠牲者はどこかからさらわれてきたのか、それともただの不幸な旅人か。
いずれにせよ、見ててとっても胸くそ悪い。
こんなバケモノを生み出したのが世界中でカミサマだってあがめられてるエンピレオなのが、なおのことムカつく。
カミサマのやることがよりによってコレかよ。
テメェの食事のために、いったいこれまで何千万人犠牲になってんだ。
「……け、て」
……ん?
今の、空耳じゃないよね。
「……ねえ、トーカ。今なにか聞こえなかった?」
ウキャウキャ、ホキャホキャ、とかいう猿どもの歓声にまじって、小さな小さな声が聞こえた。
「聞こえたって、なにが?」
「ほら、まるで助けを求めるような……」
もしかして、まだ生存者がいるのか?
改めて、よーく目をこらしてみる。
「……アレじゃない? あそこ、死体が山積みになってるところ」
ここから百メートルくらい離れた、ヤツらのおもちゃ置き場になってる一角。
かすかな声は、あそこから聞こえるみたいだ。
死体の山積み、私の村で起きたあの夜のことを思い出して吐きそうになる。
昼食前に変なモン見せやがって。
「山積み? あそこか……。よく聞こえたな、あんなに離れてるのに。アタシにはまるで聞こえないぞ」
「強くなったおかげかな。耳もムダに良くなってるみたい。肉を裂くブチブチって音もよーく聞こえてゲロ吐きそう」
「大変そうだな。……で、行くのか?」
……どうしよう。
見たところ、残念ながらエンピレオとは無関係なごく普通のモンスター発生ポイント。
ギガントエイプの群れも私たちには気付いてないし、私的には素通りしてもいいんだよね。
「……っ」
でも、ベアトはきっと見捨てたくないと思ってる。
私がこのまま立ち去ったら、きっとベアトは悲しむと思う。
ベアトが悲しむのは、私も嫌だ。
「……行くよ。私一人で十分だから、トーカはここで二人を守ってて」
「おう、さすがは勇者サマ」
「茶化さないでよ。本当、ものすごく個人的な理由で助けるんだから」
ぶっきらぼうに返しつつ、ガケみたいなクレーターの斜面に飛び下りた。
傾斜のキツイ坂を靴裏ですべりつつ、一気に底の方へ。
新しい獲物が来たと思ったのか、ギガントエイプたちは手にしたおもちゃを投げ捨て、私の姿を見てニヤリと顔をゆがめた。
でも残念だったね、獲物はお前らの方だ。
すっかり油断してる先頭の一頭へ、全速力で一気に駆けこむ。
たぶん私が速過ぎて見失ったんだろう。
あらぬ方向をむいた猿の顔面に、指先でタッチ。
【沸騰】の魔力を送りこまれて、顔面がパァン、とハデに破裂した。
「ウギゃっ……」
「まずは一匹、と」
着地しつつ地面に手をついて、遠隔破砕を発動。
周りにいる猿五匹の足下に魔力を流し、真下から溶岩の柱を噴き出させて焼き殺す。
「これで六匹、あと十五匹くらいかな」
ここで猿たち、ようやく私の強さを思い知ったみたい。
最初のニヤケ面はすっかりナリをひそめて、怯えをはらんだ視線をむける。
知能が高いぶん、敵わないってすぐにわかっちゃったんだろうね。
私が一歩歩くたびに、ヤツらはビビって一歩後ずさった。
そんな中、群れの中からひときわデカい猿が現れる。
「うぐるるるるるる……」
ギリウスさんの大剣くらい大きな牙をむき出した、十メートル近い大物だ。
黒い毛に白がまじって、首の周りの毛がまるでタテガミみたいに逆立ってる。
「ボスザルの登場ね……」
部下たちの前で、尻尾を巻いて逃げるわけにはいかないんだろうな。
かわいそうに。
「ぐがああぁぁぁぁっ!!」
巨大ギガントエイプは雄たけびを上げながら、大木みたいな腕を頭の上で組んで、思いっきり振り下ろしてきた。
ズガァァァァァァッ!!
地面が粉砕されて、粉々に砕けた岩がパラパラと舞う。
すごいパワーだね、大したもんだ。
私が潰されたと思って、周りの猿がウキャウキャ楽しそうに手を叩いてる。
でもね、もちろん潰されてなんていないよ。
腕が振り下ろされはじめた時には、私はもうボス猿の後ろに回っていたんだから。
頭の辺りにまでジャンプして、
「これで、終わりっ!」
バギャッ!!
勝ち誇るボス猿の巨大な後頭部を、思いっきり蹴り飛ばす。
首の付け根から千切れ飛んだ頭が、猛スピードでクレーターの斜面に激突。
ビチャァッ、とつぶれながらハデに血肉をまき散らした。
首を失ったボスの体が倒れて、一瞬の静けさのあと。
「あぎゃあぁぁあぁぁぁぁあぁっ!!」
「うっきゃあああぁぁぁぁぁあぁ!!」
残されたギガントエイプたちは、恐怖の叫びを上げて次々に逃げ出そうとする。
「逃がすと思ってんの?」
一匹たりとも生かしておくか。
【水神】の力で水龍を作りだし、長い体で周りをぐるりと取り囲む。
逃げ道をふさがれた猿のうち、かまわず水の中に飛びこんだヤツはあっという間に煮殺されて、飛びこまなかったヤツは私に頭を弾けさせられて。
あっという間に猿の群れは、一匹残らず全滅した。
「……さて、と」
水龍のコントロールを手放して、一丁あがり。
雑魚掃除なんて軽い仕事だったけど、問題はここからだよね。
果たして死体の山の中に埋もれている人は無事なのか。
とりあえず、積み上がった死体の山の前まで駆けよって様子を見てみる。
「……うっ」
近くに来るとヒドイ臭いだ。
新鮮な死体だけじゃなく、腐敗した古い死体まで積まれててハエがブンブン飛んでる。
白骨化したり変色したり、そんな死体の下層部分に血の気のある腕が一本飛び出していた。
「これか……?」
触ってみると温かい。
生存者発見、腕をつかんでひっぱり出してみよう。
「せーの……っ」
ずるっ、ずるっ。
力を入れすぎて肩の骨を外さないように、死体の山も崩さないように慎重に、なんとか引きずりだすことに成功した。
死体の山から現れた生存者の正体は、黄色い髪でメガネをかけた私と同じくらいの年頃の女の子。
だけど、その首にかけられたメダルを見て、私は助けたことを少しだけ後悔してしまった。
獅子のレリーフが彫られたメダル、たしか『至高天の獅子』だっけ。
目の部分に勇贈玉こそ無いけれど、神官ソーマが持ってたのと同じもの。
つまりこの子、パラディの人間だ。