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172 連なる峰を越えて




お兄さん(・・・・)たち、本気で山越えする気かい?」


 宿屋を出ていく私たちに、おかみさんが心配そうに声をかけてきた。


「平気だよ。こう見えてかなり強いんだから」


「でも、女の子三人連れてでしょ。おばちゃん心配だわぁ」


 この人、私が男だってすっかり信じ込んじゃってる。

 私の男装もすっかりなれたモンだ。

 本音を言うと、もう二度とこんな格好したくなかったんだけど。


「それにしても、あんたスミに置けないねぇ。このこのぉ」


「ちょ、やめてって……」


 なに勘違いしてるのか知らないけどさ、意味ありげにニヤニヤしながらヒジでつんつんするの、ホントやめてほしい。


「で、誰が本命なんだい? まさか三人とも……」


「……っ!!!」


 その時、おかみさんの発言をさえぎるようにベアトが私の腕を取って、ぎゅーっと抱き寄せた。

 ほっぺをかわいくふくらませながら、おかみさんになにかを猛アピール。


「あーらあら、そういうことなのね。かわいい彼女ね、大事にしてあげるんだよ?」


「違うから、そういうんじゃないから……」


 この子、私の彼女じゃないし。

 なんでベアトは満足そうなのさ。


「おーい、なにやってんだ?」


「さっさと行くですよ、先は長いですから」


「わかってるって、もう……」


 入り口で私を急かすトーカとメロちゃんに返事をして、ため息つきつつ、袋の中から銀貨を二枚出す。


「世話になったよ、これで足りるよね」


「はい丁度だよ、毎度あり。……でも本当、気をつけてしっかり準備して行くんだよ。道は険しいし強い魔物も出るって話だ。毎年何人も死んでるんだからね」


「ありがと。じゅうぶん気をつけるよ」


 おかみさん、本気で心配してくれてるけどさ、たしかにこれから通る道は、普通の人にとってはとんでもなく危険な道だよ。

 だけど、今の私たちにとってはこれが一番安全な道なんだ。


「トーカ、メロちゃん、待たせちゃったね」


「待たされちゃったですよ。しかも朝からお熱いのです」


「そうだぞ、待たされた上に見せつけられたアタシたちの気持ちも考えろ!」


「うっさい、さっさと行くよ」


 ジト目で冷やかしてくる二人の攻撃に耐えながら、ぴったり腕にくっついてるベアトといっしょに宿を出る。

 目に飛び込んだのは初夏の日差し。

 そして、天高くそびえる壁のような山脈だ。



 スティージュの北にある小さな国、ウェルズ。

 ここはそのさらに北の果てにある、山脈のふもとに位置する小さな村だ。


 この大陸の北側には高い山脈が東西に走ってて、その先にパラディがある。

 敵地に乗り込むためのルートは二つ。

 コルキューテ近くにある山間やまあいの広い街道を抜ける西ルート。

 そして、東のけわしい登山道を抜ける東ルートだ。

 その東ルートの入り口が、この村ってわけ。


「しっかし、こうして見ると高い山だな……。しかもこれ一つじゃなくて、この先いくつも連なってんだろ? 魔導機竜ガーゴイルがあれば前みたいに、楽に越えられるのにな……」


「無いモノねだりしててもしかたないよ、トーカ。私たちはここを行くしかないんだ」


 今の私たちにとって、人の往来おうらいが激しい西ルートは危険すぎる。

 待ち伏せされてる可能性大だし、間違いなく監視が山ほど張り巡らされてるからね。

 襲われなかったとしても、私たちがパラディに入ったことが丸分かりだ。


 前にパラディをめざした時、私は西ルートを選択した。

 結局トーカの魔導機竜ガーゴイルのおかげで山脈自体をスキップしたんだけど。

 その時に西を選んだ理由が、ベアトとメロちゃんを一人でかついで山越えなんてさすがの私でもムリだったから。


 だけど、今の私はあの頃とは比べ物にならないくらい強くなってる。

 それに、メロちゃん運送用にトーカもいる。

 東ルートでパラディに入る方が、今の私たちにとってはずっと安全なんだ。


「頭ではわかってんだけどな。はぁ、憂うつだ……」


「あたいとベアトお姉さんはそれぞれ抱えてもらって楽ちんですし、キリエお姉さんだってこのくらいの山、へでもないです」


 お、メロちゃんがトーカの前に進み出てきた。

 ぷくく、とか笑いながら、いったい何を言うつもりだ?


「でもトーカの力じゃ、あたいを背負ってこの山こえるなんてキツイんですよね。わかりますですよ、うんうん」


 あおるなぁ……。

 尻ごみしてるトーカのケツをひっぱたくためなんだろうけど。


「……いいさ。やってやろうじゃん。こんくらいの山、メロの一人や二人や三人かついで登るくらいワケないっての!」


 おぉ、火がついた。

 私相手だとお姉さんぶるトーカだけど、メロちゃん相手だとこんな感じなのか。

 なんか意外だな。


 ……それって、今まで私が周りをロクに見れてなかったことにもなるのか。

 自分とベアトしか見えなかった頃から、少しだけ変われたのかな。

 イーリアの件でも、ガラにもなく世話焼いちゃったし。


「……っ?」


 不思議そうに首をかしげながら、私のそでをクイっと引くベアト。

 いけない、ちょっとぼんやりしちゃってたか。


「心配いらないよ、ちょっと考え事してただけ」


「……っ」


 私の返事を聞いて安心したみたい。

 天使みたいな笑顔で、にっこりと笑ってくれた。

 この笑顔に笑い返してあげたいけど、やっぱりうまく笑える自信がない。

 ジョアナがまだ生きているからかな。

 それとも、私自身に原因があるんだろうか。


「……そろそろ行こうか」


「……っ」


 この山脈の先になにが待っているのか、今はまだ何もわからない。

 わからないけど、どんな敵が現れても絶対にベアトを守りぬく。

 この戦いは復讐の戦いじゃない、ベアトを守るための戦いなんだから。



 ○○○



 ベアトをお姫様だっこして、背中に二人分の大荷物を背負って、ガケ同然の山肌を軽快にのぼっていく。

 普通の登山者が登るルートから外れて、最短ルートを突き進む私たち。

 こんな無茶ができるのも、メロちゃん担当のトーカがいてくれるおかげ、なんだけど……。


「トーカ、平気?」


 メロちゃんを肩にかついで、少し後ろをついてくるトーカにふり返る。

 ついてこられるくらいのペースに落としてるけど、もしムリをさせてたら大変だもんね。

 転んだりメロちゃん落としたりしたら、ガケの下に真っ逆さまだもん。


「平気だってば。アタシを誰だと思ってんだ?」


「頼れるお姉さんでしょ、わかってるわかってる」


「なーんか投げやりだな……。なあメロ、お前もそう思うだろ?」


「……あたいはこの体勢に異議ありですよ。なんで肩に担がれて手足ブラブラなんですか。ベアトおねえさんみたいにお姫様だっこがいいのです」


「お姫様ってガラかね、メロ……」


「むっきー!」


 仲がいいみたいで何よりだね。

 ……さて、そろそろ頂上が見えてきた。

 お昼前にまずは一つ目の山を半分、そこそこのペースかな。


 岩肌を蹴って登って、頂上に到着。

 思ったより平坦で、広さもそれなりにある感じ。

 ここなら問題なく歩けそうだし、ベアトを下ろして周囲を見回した。

 平地に近い、岩肌がむき出しのゆるやかな斜面が次の山のふもとまで続いてる。

 それだけなら、普通の光景だったんだけど……。


「よっと! ふぅ、やっと頂上か……。なぁ、少し休憩していかないか?」


「ぷくく、もう音を上げたのですか?」


「違うって、もうすぐお昼だろ。……キリエ? なにぼんやりしてんだ?」


「アレ、見て」


 私が指さした先に、トーカも目をむける。

 向かいの山のなだらかな斜面、その真ん中あたりにできたくぼみ。

 異様な気配を放つ、巨大なクレーターへと。




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