170 自分じゃない誰かのために
謁見を終えてすぐ、ギリウスとストラさんを自室に呼び出しました。
城内でとつぜん物が砕けたり割れたり、廊下に突風が吹いたりなどの騒ぎが起きているようですが、きっと私たちには手出しできない世界の出来事なのでしょう。
それよりも、私たちにできることで勇者様たちを支援しなければ。
ここから先は誰にも聞かれてはいけない話。
周囲の気配をギリウスが探り、誰もいないことを確かめたところで私は口を開きます。
「ギリウス、ストラさん。このまま勇者様を見殺しにするわけにはいきません」
「もちろんあたしもだよ! ……でも、どうすればいいのさ。おおっぴらに手伝っちゃったら戦争だよ?」
「……ストラ、そもそもお前は具体的にどんな支援を思い浮かべているんだ」
「……へ? そりゃ、タルトゥスの時みたいに兵士を送って、いっしょに戦うとか?」
「俺ですら戦力になれるかわからんのに、兵士を送り込むというのか?」
「う……、それはまあ……」
ストラさんったら、こういうちょっとズルいことにはまだ馴れてないんですね。
「ギリウス、あなたのことです。もうプランは考えてあるのでしょう?」
「すでにキリエには、とある場所を記したメモを渡してあります」
「さすがですね。あの状況ですでに手を回していたとは」
「……んん?」
はてなマークをいっぱい浮かべている可愛らしいストラさん。
置いてけぼりではかわいそうですので、説明してあげます。
「悔しいですが、戦闘面では私たちはまったく役に立てません。ギリウスならかろうじて戦力になれるでしょうが、彼一人では微々たる力ですよね」
「うん、そうだね」
「ですから戦闘面以外での支援をするんです。おそらく勇者様たちは、着の身着のまま手ぶらの状態で王都を脱出するでしょう。それでは長旅なんてできませんよね」
「あぁ、たしかに。お金がなければテントもないし、食糧も水も着替えもない。ないない尽くしだ」
「と、いうわけで、私たちはこっそりと支援物資を届けます。バレないようにこっそりと。あとは城下にウワサを流します。勇者様の行き先についての嘘の情報や、勇者様が無実の罪でパラディに王都を追われた、というウワサです」
「……それだけ? あたしたちにできることって、たったのそれだけなの?」
一国がするには、あまりにも控えめな支援。
ストラさんがキョトンとする気持ちもよくわかります。
ですが……。
「もしも勇者様を手助けしたことがパラディに知られてしまえば、国際問題となるでしょう。ようやく平穏な暮らしを手に入れた民に、これ以上不安な思いをさせたくない。わかってくれますね、ストラさん」
「……そっか。うん、わかるよペルネ。国に暮らすみんなの笑顔が一番大事だ。それに、ペルネが並べた案も立派な援護だよね」
困惑してたストラさん、すぐに納得いったみたいです。
女王として国民を第一に考える。
その気持ち、ペルネがあなたの側で強く学んだことなんですよ。
「ではギリウス、さっそく物資の手配を。できるだけ迅速に、かつ隠密に」
「キリエのヤツ、剣も失くしちゃったからさ。最高級のヤツを届けてあげて!」
「かしこまりました、両陛下」
○○○
王都の東、森の中にあるレジスタンスの隠れ家。
私たち四人はここに駆けこんで、ひとまず休息をとっている。
屋根に穴があいてるけど、なんとか雨風はしのげそうかな。
「……ふぅ、なんとかここまで逃げてこられたね」
「……っ」
仮面の女剣士、アレス。
もの凄い殺気をふりまいて追いかけてきたアイツだけど、私たちが街に出たとたん追跡を止めた。
街中での戦闘は避けろって命令でも出てたんだろうな。
(しかし、まいったな……)
元々パラディとは私一人で戦うつもりだったから、孤立させようとする作戦をしかけられてもどうってことないさ。
ただ、準備もナシに襲われて、手ぶらでここまで来ちゃったのは困りもの。
このままパラディに旅立つなんてできないよね。
「トーカ、一体どういうことなのですか……、どういうわけであたいらお城の中で襲われたんですか……?」
「話せば長くなるんだけどな……」
事情を知らないメロちゃんに、トーカが説明してくれている。
【機兵】も奪われちゃったし、パラディまでは徒歩で行くしかないか。
これも不安要素の一つだよね……。
「……そういえばこれ、なんなんだろうね」
「……っ?」
ポケットから取り出した紙切れを広げると、ベアトがくっついてのぞきこんできた。
ふわりと甘い香りがして、ちょっとドキドキする。
「これさ、ギリウスさんから渡されたんだ。Eの14って書いてあるでしょ?」
「……?」
「これね、この隠れ家の呼び名なんだ。王都の東側にある14番目の隠れ家。わざわざこの紙をくれたってことは、この場所に何かあるはず。そう思って来てみたんだけど、見事になんにもないね」
「……っ」
「でも、ギリウスさんが意味のないことをするとは思えない。敵も私たちを見失ってるみたいだし、しばらくここで待ってみようか」
ギリウスさんは信用できる人だ。
この紙にはぜったい意味がある。
私の決定に、ベアトもコクリとうなずいた。
「……トーカ、それマジですか。いきなり旅立ちですか。心の準備できてないですよ」
「アタシもだよ!」
むこうも説明、終わったみたいだね。
メロちゃんにとっても中々ショッキングだったようで……。
そのまま私たちは、濡れた服を吊るして乾かしながら数時間ほど待った。
雨に降られてびしょ濡れだったからね、みんな下着姿だ。
私の傷の治療を終えて少し疲れたのか、私に寄りそってウトウトするベアト。
不謹慎にも、こんな時間もたまにはいいな、とか思い始めた時。
ヌチャッ。
「……ん?」
雨音にまじって、泥を踏みしめる足音が聞こえた気がした。
トーカも気づいたみたい、キョロキョロと辺りを見回してる。
「……みんな、静かに」
口元に人差し指を立てて、大人しくしてるように指示を出すと、手早く服を着て、入り口からそっと外をのぞきこむ。
雨の降りしきる森の中、レインコート姿の大柄な男が一人、荷車を引いてこっちにやって来ていた。
「止まって!」
私の声に、男がピタリと足を止める。
「あんた誰? こんな場所に来るなんて——」
「俺だ、キリエ」
聞き慣れた声とともに、フードが取っ払われた。
そこには見慣れたゴツい騎士さんの顔。
「なんだ、ギリウスさん……。脅かさないでよ」
一気に緊張が抜けていくのがわかった。
ホント、追手かと思ってハラハラしたよ……。
「悪かった。俺もパラディに見つかるわけにはいかないのでな、顔を隠す必要があったんだ」
小屋の前まで荷車を引いて来ながら、ギリウスさんが苦笑い。
ベアトたちも安心したのか、服を着て小屋から顔を出す。
「みんな、無事で何よりだ」
「無事じゃないです、ヒドイ目にあったですよ……」
「ギリウスさん、ソイツぁなんだい?」
トーカが注目したのは、やっぱり荷車の積み荷。
私も気になってるんだよね。
「コイツはお前らの旅の荷物だ。着替えやテント、その他生活用品一式。キリエ、お前の武器もあるぞ」
「私の?」
積み荷の中から、鞘に納まった細身の剣が取り出された。
「魔力を通しやすいミスリル鋼で打たれた剣だ。あの赤い剣ほど伝導率は高くないが、魔力を流して斬りつければ沸騰させられるだろう。……ただ、ソードブレイカーではないがな」
「十分だよ。ありがとう、助かった」
ミスリル鋼か。
たしか、最初のソードブレイカーの素材だったダマスカス鋼より、少しもろい金属だったはず。
扱いに気をつけないと、すぐ折れちゃいそうだな。
「それにしても、よくこんな荷物を見つからずに持ち出せたね」
「じつはな、バルジの店の地下には隠し通路があるんだ。ソイツを使わせてもらった」
「……え、初耳」
そんな場所あったんだ。
あそこで暮らしてたこともあるのに全然知らなかった。
「バルジのヤツ、俺とストラと、あとはレイドにしか教えてなかったからな。あの隠れ家、見つかった場合は袋小路だろう? 最後の手段として、王都の東側にある森の中まで抜け道を用意してたんだ。使う機会はなかったがな」
「そっか……。リーダーに助けられちゃったね」
「あぁ、そうだな。……今度もまた、アイツに助けてもらうといい」
「うん、そのつもり」
リーダー、今も誰にも知られずにパラディと戦ってるんだろう。
あの人の力を借りられれば、宗教大国との戦いもやりやすくなるはず。
「さて、ここらで俺は失礼するよ。見つかったらコトだからな」
「もう行っちゃうですか……?」
「お前たちの旅の無事を祈ってるよ。デルティラードも、もちろんスティージュも、お前たちの味方だ」
ひかえめに微笑むと、ギリウスさんはまた目深にフードをかぶって森の中へと消えていった。
ありがとう、ギリウスさん、みんな。
精いっぱいの支援、たしかに受け取ったよ。
「……荷物をまとめたら、すぐに行こう」
「……っ!」
めざすは北の宗教大国パラディ、聖地ピレアポリス。
敵の全貌もさっぱり見えないけど、ベアトを守るって目的だけははっきりしてる。
私にとってこれがはじめての、自分じゃない誰かのための戦いだ。