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17 顔は凍って、心は——




 ネアール・デルタール准将。

 こいつは周辺諸国への侵略戦争で活躍した将で、相当に汚いヤツだったらしい。

 撤退するフリをして攻撃、ってのは用兵術の中に入るだろうけど。

 白旗をかかげて油断させて襲ったり、現地の民間人を盾にして攻撃をためらわせたり、やりたい放題。

 ブルトーギュの方も、結果さえ出せばあとはどうでもいいって態度だから、ずっとそんなことを続けてた。


 で、さらに恨みを買ってた理由があって、こいつは奴隷商人と繋がってるんだ。

 ブルトーギュの選別から漏れた美女が奴隷として売り飛ばされる時、金の流れを仕切ってるのがこいつ。

 そんなわけで、侵略された国の出身者がほとんどを占めるレジスタンスに、こいつはたっぷりと恨まれてた。


 けど、ブルトーギュ派だって決定的な証拠はなくって、限りなくクロに近いグレー。

 確実な証拠がない以上、危険をおかして殺しに行くなんてできなかった。

 だから今回、証拠が出た時に真っ先にターゲットにされたんだ。

 私としてもこんなクズ、なんとも思わずに殺せるから気が楽だ。



 私とジョアナは今、夜の闇にまぎれて、デルタール邸に忍び込もうとしている。

 方法は、普通に壁を越えて、裏口から。

 さすがに無理だと思ったけど、本当に警備の兵は油断しきってた。

 数だけ多くてもやる気ゼロ。

 その日のうちに暗殺を仕掛けてくるって、本気で思ってなかったみたい。

 それか、ネアールの人望が壊滅的で、誰も本気で守ってないとかかな。


(でもさ、さすがに裏口を固める兵が居眠りしてるのは、どうかと思う)


 おかげで簡単に触れられる。

 軽く頭にさわるだけで、音も立てずに脳が吹っ飛んで即死だ。

 指先一本で二人の兵を殺し、屋敷の中へ。

 そのまま、空き部屋から屋根裏を伝って、ネアールの自室の上までやってきた。


「キリエちゃん、準備はいい?」


「いつでもオッケー」


 小声で言葉を交わす。

 ネアールが自室と繋がった浴室に向かって、部屋の中には護衛の兵士二人が入ってきた。


 殺るなら今だ。

 天井の板を外して、二人同時に飛び下りた。

 金持ち特有のふかふかじゅうたん、着地の音を消すのに便利だな。


「な、なんだきさっ」


 騒がれる前に、兵士の一人の頭に触れて脳を弾け飛ばす。

 もう一人は、ジョアナが口元を抑えて喉笛を掻き切った。


「これでよし、と。私はこの部屋あさるから、キリエちゃんは——」


「言われるまでもないって。最期に女の子といっしょにお風呂入れるんだから、思い残すことないでしょ」


 ジョアナの役目が情報収集なら、私の役目は暗殺だ。

 机の中身を調べ始めたジョアナを残して、浴室のドアの前へ。

 こっちの物音は聞こえてないみたい、のんきに鼻歌をうたってる。


「おじさん、背中流そうか?」


「な、なに……?」


 甘い声を作って、声かけてみた。

 動揺と、ちょっとのスケベ心が交じった声が返ってくる。

 とりあえずの感想は、気持ち悪い、以上。


 遠慮なく扉を開けて、お風呂場に侵入。

 でっかい泡風呂につかってるやせた中年の男が、私の顔を見てあっけに取られてる。

 かまわず湯船のわきにしゃがんで、指先をお湯につけてみた。


「湯加減、どう? ちょっとぬるくない?」


「き、き、貴様はまさか、ゆ、勇者……」


「ねえ、ぬるくないかって聞いてんだけど。私はもっと熱い方がいいな。たとえばこのぐらい」


 お湯の中に魔力を流し込む。

 おじさん、何をされるかやっとわかったみたいだけど、もう遅いよ。


 ぼこっ、ぼこぼこぼこぼこっ!


「あっづ、あづぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」


 お風呂のお湯が沸騰を始めた。

 青ざめたネアールの顔が、あっという間に真っ赤になる。

 必死になって素っ裸で湯船から飛び出してきたけどさ、逃がすとでも思う?

 出てきたところを突き飛ばして、もう一度湯船に叩き込む。


「ごぼっ、がばぼっ!!?」


「湯加減はどうですかー? ……うん、聞いてないね」


 まあ、これ以上初対面の全裸のおじさんいたぶっても面白くもなんともない。

 直接の恨みがあるレジスタンスのみんななら、もっとやれって言うんだろうけど。


「じゃあ、あんたはこのまま茹で上がっといて」


「ごぼぱっ、な、何をずる気゛っ」


「大したことじゃないよ、ちょっとお風呂から出られないようにするだけ」


 沸騰するお湯の中から逃げ出せなくするため、腰にさしてたソードブレイカーを抜く。

 足首のあたりには腱ってものがあって、それを切ると歩けなくなるんだってケニーじいさんが言ってた。

 もがいてるネアールの足をひっつかんで、足首の上を思いっきりざっくりいく。


「いぎゃっ、ごぼっ、がぼごぼっ!」


「あ、手を使われると逃げられちゃうかもしれないね。ついでに手首、斬り落としとこうか」


 沸騰するお湯の中で、沈まないよう必死に湯船につかまってる。

 これじゃあ生き残っちゃうかもしれないよね、そんなのはダメ。

 容赦なくスパッと、力任せに斬り落とした。


「ひぎゃあ゛ぁっ、ぶくっ、がぼぼぼ……」


 手でも足でも体を支えられなくなって、かわいそうなネアールおじさんは沸騰するお湯の中へ沈没。

 溺れるのが先か、茹で上がるのが先か、どっちにしろもう助からない。


「これでよし、と」


 もとからあったあわあわのせいで、死にざまが見えないのがちょっと残念。


「お嬢さん、お楽しみは終わったかしら」


「ジョアナ、あんたこそ探し物は見つかった?」


「ええ、ばっちり。それにしても、またえげつない殺し方したわね……」


「まだ死んでないと思うんだけどな」


「いえ、もう死んでるわ。ほら」


 振り向くと、ネアールが浮かんできたところだった。

 目が焼いた魚みたいに、真っ白に変色してる。

 肌も真っ赤で、しっかり茹で上がったみたい。


「いい気味だね、笑える。さ、用事は終わり、長居は無用だよ」


「笑えるって……。あなた、全然表情が動いてないわよ?」


「心で笑ってるの」



 ○○○



 ネアール暗殺に気付かれないまま、私たちは無事に屋敷を脱出。

 何事もなくリターナー武具店に帰還した。

 ここまで楽勝だなんて思わなかったよ。


 ジョアナがリーダーに色々報告してるけど、私はちょっと疲れたかな。

 先に寝るって伝えて、地下の自分の部屋へ行くと、


『おかえりなさい!』


 と、紙にでっかく書いて胸の前に持ったベアトが出迎えてくれた。

 いや、当たり前のようにいるけどさ、ここ私の部屋だからね?


「……ただいま」


 って、毎日のことに今さらつっこむのもアレだし、何も言わないでおく。


『ケガはしてませんか、してたらなおします』


「大丈夫。ノーダメージだよ」


『けど、マントにちょっとちがついてます』


「あぁ、これはおじさんの返り血。私のじゃないから心配しないで」


 マントを放って、服も脱いで、パジャマに着替える。

 なんかすっごい見られてるけど、これもいつものことだ。

 けどさ、面白いかな、他人の着替えって。


 鏡の中の私は、いつもと同じ無表情。

 最近、表情筋が固まってんじゃないかってリーダーに言われる。

 クレアにもらった翼の髪飾りが、この顔にはひどくアンバランスに思えた。


 私が着替え終わると、ベアトは紙を広げたまましばらく固まって、意を決して書き始める。

 そして、どん、と音が出そうなほど激しく、テーブルの上に叩き付けた。


『きょうもいっしょにねて、いいですか』


「……いつものことじゃん。別にいいよ」


 私もベアトがいないと眠れない、なんて言ったら、どんな顔するだろうか。

 誰とも親しくするつもりなんてない。

 大切な相手を作ると、失った時に心が死ぬほど痛いって知ったから。

 だけど、眠れないっていう実害があるんだから仕方ないよね。

 そう、私はベアトを利用してるだけ。

 ただ、それだけだ。


「ほら、早く寝よう。私、今日はちょっと疲れちゃった」


「……っ!」


 そんなに嬉しそうに走ってきても、困るんだけどな。

 この子、なんでこんなに私に懐いてるんだろ。

 ほんと、わけわかんない。




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― 新着の感想 ―
[気になる点] ベアトが懐いている理由。 主人公も疑問に思っているのだから、いずれ明らかになると期待しつつ読み進めます。
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