169 狂気の炎
敵がトーカを始末するつもりだったのなら、メロちゃんのことも知られてる可能性がある。
あくまで可能性の話だけど、それでもあの子を置いて城を出るわけにはいかないよね。
「トーカ、メロちゃんの居場所はわかる?」
「あいにくと、今日は会ってないんだよな。起きたばっかりで殴り倒されたから。ただ、こんな天気だし部屋にいるんじゃないか?」
たしかに外は今日も雨。
しかもかなり強めに降ってる。
こんな日に外を出歩く可能性は低いかな。
「……よし、まずはメロちゃんの部屋に——」
その時、ゾクリと背筋を寒気が走った。
視界のはしにチラリと見えた、こっちにむかって飛んでくる三本の投げナイフ。
とっさに身をかがめ、次の瞬間。
カカカッ!
練氣をまとったソレが、リズミカルに壁へと突き刺さる。
「勇者……ッ!」
「やば、見つかった!」
フルフェイス仮面の女剣士、アレス。
廊下の数百メートル先から、ヤツが猛然とむかってくる。
「トーカ、逃げるよ! ベアトも舌噛まないで!」
「おう! ……ってわひゃっ!?」
ベアトをおぶって、トーカを右腕に抱えて階段を駆け上がる。
追いかけてくる気配は感じるけど、ふり返ってる余裕なんてない。
「お、おいキリエ!? なんでアタシまで抱えてんだ! 走れるから平気だって!」
「ダメ、トーカじゃ追いつかれる」
アイツ、ただものじゃない。
私を捕まえられるって、ソーマの野郎が自信を持って送り出したんだ。
十中八九、人工勇者。
下手したらそれ以上の存在かも……。
一気に駆け上がって上の階へ。
中庭を見下ろせる窓がならんだ廊下を、左に曲がる。
メロちゃんの部屋はこの階だ。
廊下を右、左、左と曲がって右側の六番目のドアがあの子の部屋。
そこまで一気に突っ走る。
「逃がすものか、貴様だけは……ッ!」
最初のカドを右に曲がった時、窓ごしにチラリと敵の姿が見えた。
かなり近い、少しでもスピードをゆるめたら追いつかれそうだ。
それにヘルムで表情は見えないけど、くぐもって聞こえる声から強い憎悪を感じる。
アイツ、私のこと知ってるのか……?
「た、たしかにこりゃ、アタシじゃすぐ捕まるな……」
「でしょ?」
引きつったカオでトーカが呟いた。
廊下をすれ違う兵士さんたち、私の姿が見えてないのかな。
巻き起こる突風にみんなびっくりしてる。
デルティラード王国が敵に回らないってのは、せめてもの救いだね。
今度は左に曲がって、お城の内側へ。
このあたりから、両側に客室のドアがならぶ場所だ。
「貴様だけは、この手で……っ!」
チリン、なにかを取り出したような金属音を耳が拾う。
後ろを振り向けば、アイツまた投げナイフをふりかぶってブン投げようとしてやがった。
「まず……っ!」
この状況でよけようとしたら、きっと体勢を崩して追いつかれる。
「ベアト、しっかり掴まってて!」
「……っ!!」
ベアトが肩にギュッとしがみついて、足で私の体をはさみこんだ。
この子のおしりを支えてた左手を放したところで、駆け抜けながらドアノブを手当たりしだいにひねって回し、扉を次々に開け放つ。
次の瞬間、投げナイフが放たれ、
カカッ!!
廊下側にひらいた扉が盾になって、全部そこに命中。
ついでにヤツの進行を妨害——。
バキバキッ、ドガァッ!!
「……だよね」
進行妨害はできなかった。
木製の扉が、まるで紙みたいに次々ブチ破られる。
(あとで王国から修理代請求されろ、このクサレ宗教国家が)
もう一度廊下を左にまがって、メロちゃんの部屋のトビラが見えた。
右側の列の、一、二、三、四……、六番目!
部屋の前で急ブレーキをかけて、ドアを思いっきり開け放つ。
「メロちゃん、いる!?」
「うひゃぁっ!! お姉さんたち、なにしてんですか!?」
よかった、いた。
窓辺のイスに腰かけて本を読んでたメロちゃんが、とつぜん飛びこんできた私たちにビックリして目を丸くしてる。
「メロ、無事でよかった! 話はあとだ、まずは逃げるぞ!!」
私の腕から飛び降りたトーカが、全速力でメロちゃんに駆けよった。
さて、メロちゃんの無事が確認できたのはよしとして、これからどうするか……。
「勇者ァァァッ!!」
ほら来たよ。
閉まりかけてた扉をブチ破って、フルフェイスヘルム女剣士のもの凄い剣幕での殴り込みだ。
「ベアト、トーカたちのそばへ」
「……っ」
ベアトはコクリとうなずくと、私の背中から降りて、窓際にいる二人のところへトテトテと走っていく。
敵の狙いはベアトを生きたまま捕まえること。
戦いのまきぞえにはしてこないだろうけど、それでもあの子を危険にさらしたくない。
……あと、そもそもベアトを背負って戦ったりしたら私が殺されそう。
「勇者、とうとう会えたな、勇者ァァァッ!!」
「……ねえ、アンタ。私のこと知ってるみたいだけど、誰? あんたみたいなゴツイ兜をかぶった知り合い、心当たりないんだけど」
「殺す、殺す……ッ!!」
聞いちゃいないね。
剣も抜かずに拳に炎をまとって、まっすぐに殴りかかってきた。
「冷静じゃない……っていうか、正気じゃないね、アンタ。イカレてんの?」
なんにせよ素手の勝負か、好都合。
私の【ギフト】は触れたら即死だし、そもそも剣を持ってないし、ね。
腰を低くかまえて、両の拳に【沸騰】の魔力をこめる。
コイツで肌にタッチすれば、いくらコイツが強くても一撃で終わりだ。
「死ね、勇者ァァッ!!」
拳から、もしくは体全体から炎を出すのがヤツの【ギフト】の力か。
でも、【沸騰】の前には関係ない。
大振りのパンチを回避して、二の腕にタッチしにいく。
これでコイツは、腕から全身に【沸騰】が回って——。
ジュッ……!
「熱っ!!?」
なんだ!?
たしかに触ったはずなのに、腕に触れた感触が無い。
その代わりに私の指先が焼けて、あわてて腕を引いた。
「【炎王】を持つボクに、貴様の【沸騰】は通用しない……ッ!!」
「……ボク? まさか、お前……っ!」
ドボォ……!
間髪いれずに、炎をまとった回し蹴りが私の腹に叩き込まれる。
この衝撃、ハンパじゃない。
ルーゴルフに匹敵するか、それ以上かも……。
「が……っ!!」
血を吐きながら体を吹き飛ばされて、
ガシャァァッ!!
部屋の窓をブチ破り、降りしきる雨の中、三階の高さにまで放り出された。
「……っぐ、ベアトッ!!」
落下しながら、部屋の中に残したベアトへと声の限りで叫ぶ。
まずい、このままじゃあの子が連れていかれる……!
「……っ!!」
と思った次の瞬間、あの子は一瞬のためらいも無く、窓枠に足をかけて私にむかって飛び下りた。
こんなこと、前にもあったね。
そっか、私が受け止めてくれるって、信じてくれてるんだ。
ベアトもきっと、私と離れたくないって思ってくれてるんだね。
空中でクルクル回って体勢を整えて、石畳の上に着地。
すぐさま手を広げて、落ちてくるベアトをギュッと抱きとめた。
「ベアト、よかった……!」
「……っ!!」
スタっ!
一瞬遅れて、メロちゃんを抱えたトーカが私たちの横に着地。
「おい、抱き合ってるヒマあんならすぐ逃げるぞ!!」
「……うん、そうだね」
ヤツがまだ追ってくるかもしれない。
雨に打たれながら、私とトーカはいったん身を隠すために、全速力で走り出した。