168 思惑通り
勇者様が謁見の間を飛び出し、神官ソーマの追跡命令を受けた仮面の女剣士がすぐさま後を追います。
貴族たちが予想外の事態にうろたえざわめく中、私はこうなることを薄々感じていました。
私に謁見を申し出て、勇者様の同席をも求めた時から、彼の狙いは薄々わかっていた。
パラディがデルティラード王国やスティージュを相手に戦争をしかけてくる可能性はゼロと言ってもいい。
かの国が興ってから、この大陸には幾度となく戦乱の嵐が吹き荒れた。
しかしパラディは、一度も戦争に参加していないのです。
初代勇者が国を立ち上げてから、ただの一度も。
(思想や種族、国家の思惑に左右されない永遠の中立国。だからこそエンピレオ教団は、国や種族の壁をこえて大陸中で信仰を集めている)
その信用を捨ててまで、なりふり構わずベアトさんの身柄を確保するのは、考えにくいことでした。
きっと何か、策を弄して来るはずだと。
「さぁてペルネ陛下、そしてストラ陛下。勇者様が秘宝を持ち去り、ベアト様をさらってしまわれました。これは一大事だ」
「……あたしたちに、彼女を捕らえるよう手伝えと?」
「いいえ、とんでもございません。彼女はあなたたちにとって救国の恩人、我々の都合でそのようなことを強いるのは……。それに彼女の力の前では、両国中の戦力を集めたとて止められはしないでしょう」
ストラさんの言葉に、彼は笑顔で返します。
思惑通りにコトが運んでいると、会心の笑みを浮かべて。
「これはパラディの問題。永世中立国である我らがパラディ、自国の問題は自国の中で解決するのが流儀」
「つまりソーマ様、あなたは我々にこうおっしゃりたいのですね。この件には一切手を出すな、と」
「さすがはペルネ陛下、話が早い!」
肯定、ですか。
やはり神官ソーマの狙いは二つ。
一つは勇者様を殺すための大義名分を得ること。
そしてもう一つが勇者様の孤立。
強大な力を持つにいたった勇者様でも、国という後ろ盾を失い一人となったなら、いくらでも殺す方法はあると。
もっとも、こちらは勇者様の望んだことでもあるのですけれどね。
「デルティラード、およびスティージュの両国は、今後この件に関して一切の手出し無用! いいですね?」
断れば実力行使も辞さないと、暗に言いふくめた口ぶりですね。
大々的な軍事行動ができずとも、暗殺や反乱の扇動などいくらでもやりようはある。
勇贈玉の存在もふくめて、実質的な脅迫です。
「…………やむをえませんね。この件が解決するまで、我が国は干渉をしません」
「ちょ、ペルネ……!」
「ストラさん。あなたが最も優先すべきことは何ですか?」
「う……っ」
薄情だと言われようが、女王として最優先すべきことは自国の民の安全。
戦争が終わって平和が戻った今、騒乱の芽を出させるわけにはいかない。
私だって悔しいです。
自分の無力さが情けない。
だけど、女王として取るべき選択はこれしかないのです。
あなたなら、わかってくれますよね……?
「……ふぅ。わかりました。スティージュも一切の干渉はしません」
拳をギュッとにぎって、軽く息を吐き出してから。
女王様の顔になったストラさんが、ソーマに返答をします。
ストラさんは勇者様と、友人と言ってもいいくらいの間柄。
辛いでしょうに、この私ですらはらわたが煮えくり返りそうなのに、よく耐えてくださいました。
「お二人とも、実に聡明でいらっしゃる。デルティラードとスティージュの未来は明るいですな。では、今後ともパラディと良い関係を続けていきましょう」
深く深く頭を下げて、表面上だけの礼儀を尽くして、神官ソーマは謁見の間を後にしました。
全てが自分の思惑通りだと、思っているのでしょうね。
「ねえ、ペルネ……。他に手はなかったの? 私、悔しいよ……」
「ストラさん、いいですか? バレなければ手を貸していないのと同じなんですよ」
「……へ?」
こっそりと耳打ちした私に、ストラさんは間の抜けた可愛らしい声を出しました。
○○○
謁見の間を飛び出した私は、ベアトと気を失ったトーカを抱えて城内を突っ走る。
追手はアレスとかいう仮面剣士ただ一人。
お城の兵士さんたちが私の敵に回る、とかはないみたいだ。
上の階に続く階段の影に隠れて、周りの様子を確認。
敵が追ってきてないことを確かめて、ベアトをそっと下ろす。
「……っ?」
「うん、まずはトーカを起こさないと」
詳しい事情を聞きたいし。
動けるなら自分で走ってほしいけど、そっちは無理そうかな。
あのアレスってヤツ、ただ者じゃない。
トーカの足で逃げ切るの、ちょっと難しそうだ。
小脇にかかえたトーカを下ろして、ほっぺを何度かぺちぺちひっぱたく。
「ほら、起きて、早く、緊急事態なんだから」
ぺちんぺちんぺちん。
「……ぅ、うぅ……っ、うぁぁっ、痛い、痛いってば……」
「よし、起きたね」
よかった、無事に意識を取り戻した。
ベアトに比べて扱いが雑?
丈夫さが全然違うし。
「うん……、ここはどこだ……? てか、ほっぺヒリヒリする……」
「トーカ、意識ははっきりしてる?」
「お、おぉ……、キリエ。よくわかんないけど、なんとか……」
「よかった。じゃあ今の状況、手短に教えるね」
【機兵】のギフトを奪われたこと、【水神】を盗んだことがなぜかバレたこと、パラディのヤツに追われていることを手早く説明。
話してるうちに、ぼんやりしてたトーカの表情がどんどん深刻になっていく。
説明が終わったころには、もうすっかりマジ顔だ。
「……思い出した。アタシ、部屋にいたらいきなり、つるつる頭の神官と仮面つけた変なヤツに襲われたんだよ。抵抗する間もなくぶん殴られて、そこから記憶が無いや」
「ヤツら、なぜかトーカのことまで知ってたみたいだね」
「あぁ。どうせ後で口封じするから手荒でもかまわない、とか言ってたな」
口封じ、か。
たぶん地下実験のことだろうな。
トーカには昨日のうちにソーマのことを教えといたんだけど、それだけじゃ不十分だったね。
来るまでに時間がかかるからって油断せずに、一緒に行動するべきだった。
そうしたら、【機兵】を奪われずにすんだかもしれないのに。
「それにしても迷わずトーカを狙ってくるなんて、あの時パラディの大神殿に侵入したメンバーのこと、すっかりバレてるみたいだね……」
だとしたら、どうやってバレたんだ?
目撃者なら全員消したはずなのに。
まさか、誰かが生きのびてた?
この疑問に私が首をかしげてる間、トーカは別のことに思い至ったみたい。
「……待てよ。アタシのことまでバレてるってことは、メロも危ないんじゃ……」