表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

166/373

166 かえりません!!!




 羊皮紙いっぱいに『かえりません!!!』とでっかく書いて、ドーンと胸の前にかざしたベアト。

 自分の命をねらってるヤツらのところに帰るわけないよね。

 ほっぺをふくらませて、全力で拒絶アピールしてる。


「おやおや、これは困りましたな。ベアト様はお国に帰りたくないとおっしゃられるか」


 当然だけど、ベアトの反応はコイツも想定内だったみたい。

 やれやれ、みたいな態度を取りながら、内心ぜんぜん困ってない感じだ。


「ねえ、ベアトがこう言ってるんだしさ。無理に帰さなくてもいいんじゃない?」


 コイツらの本音なら、よーく知ってるさ。

 理由は知らないけど、ベアトを無理やりにでも連れ帰りたいってことはよーく知ってる。

 各国のお偉いさんが集まって好き勝手できないこの状況に、わざわざ飛び込んできたんだ。

 果たしてどう出るか。


「しかし、しかしっ! あぁ、困りましたなぁ……」


 よく言うよ、ホント。

 伝わるかどうかわかんないけど、ペルネ姫とストラにも援護を求めてそれとなくアイコンタクト。


「ソーマ様、聞けばベアト様はこれまで行方知れずだった、ということが問題なのでしょう。彼女の身柄は勇者であるキリエ様の下、スティージュで手厚く保護されています。無事と安全を確認できた今、本人の意思を無視して連れ帰るのはいかがなものでしょうか……」


「そうだよ……コホン、そうですよ。ベアトの身の安全はスティージュが保証します!」


 よし、伝わってくれた。

 二人の女王様にこう言われたら、少なくともこの場では引き下がらざるをえないだろ。


「はぁ……、しかたないですな。お二方がそこまでおっしゃるならば、ベアト様の滞在は認めましょうか」


 よし、いい感じ。

 これでパラディは、少なくとも正規の手段じゃベアトを連れ戻せない。

 正規の手段でムリとなれば、今度は表ざたにできない手段を使ってくるんだろうけど、殺し合いなら負ける気しないから。


「……話はまとまったようですね。では、こちらの三種の勇贈玉ギフトスフィアは正式にパラディへと返却させていただきます」


「はい、これはどうも。……しかし、不思議ですなぁ。【神速】はこちらで回収済み、【遠隔】を持った女は行方不明と、ここまでは確認済み。しかしここにはもう一つ、あるべき【機兵】が欠けている」


 機兵。

 その単語がコイツの口から飛び出した時、会議室はピリリとした緊張感に包まれた。

 【水神】とは違って、みんなその存在を知っている。

 バカ二人はどうだか知らないけど。


(まずい……! ここで誰かがしゃべっちゃったら……)


 パラディがうさんくさい存在だってことは、ここにいる全員が思ってることだよね。

 でも私、決定的な悪事についてはまだ誰にも、ギリウスさんにすら話してないんだ。

 一人で抱えこむクセが、こんな形で裏目に出るなんて……。


「……おやぁ? いかがなされましたかな、勇者殿? 苦虫をかみ潰したような顔をして」


 ソーマがこっちをむきながらニヤリと笑う。

 クソ、コイツどこまで知ってるんだよ。


「まさか【機兵】の行方を知ってらっしゃるとか? でしたらぜひお教えいただきたい」


「……知らないね。【機兵】だっけ、それもらったヤツ、どっかに逃亡でもしたんじゃない?」


 誰かがうっかりもらす前に、私自身でクギを刺す。

 これでみんな、コイツに話すなんてことはないはず。


 私の返答を聞いて、ソーマが部屋中をぐるりと見回した。

 ペルネ姫もギリウスさんもリアさんも、ストラでさえも、みんなポーカーフェイスで知らん顔をしてる。


「……まあ、いいでしょう」


 みんなの様子を見て、やれやれと首をすくめる。

 あれ、やけにあっさり引き下がるな。


勇贈玉ギフトスフィアは回収した、ベアト様の安全も把握できた。たまたま近隣きんりんに居合わせただけの私にしては、上出来の成果と言えましょう」


 そっか、ここからパラディからここまで来るには、普通の手段じゃ早くても三週間はかかるもんね。

 向こうまで情報が行って、それからこっちに来たんじゃ早すぎる。

 コイツがここに来たのは、たまたま近くにいてタルトゥス軍全滅の情報を拾ったから。

 しかけたくても準備不足なんだ。


 なにより私、人工勇者のジョアナを倒したんだもんね。

 敵もバカじゃない。

 力づくで来るのなら、ジョアナ以上の戦力じゃなきゃ無駄な犠牲が出るだけだってわかってるだろう。


「では、私はこれにて。いろいろと持ち帰らねばならぬモノがありますのでな」


 勇贈玉ギフトスフィアの腕輪が入った宝箱を抱えて、ソーマが席を立つ。


「それではみなさま、お騒がせいたしました。また近いうちにお会いできることを、祈ってますよ……」


 優雅にお辞儀をして、神官ソーマは入ってきた時と同じように音もなく出ていった。



 ヤツが出ていったあとも、会議室はピリピリした緊張感につつまれたまま。

 みーんな黙って座ったままで時間だけが過ぎていって、


「………………。……はぁぁぁぁ」


 ふいにもれ出たでっかいため息が、静寂を破った。

 円卓にぐったりと突っ伏しながら吐き出した、ストラのため息だ。


「なにアレ、あり得ないくらい緊張したんだけど……。あたし顔の筋肉固まっちゃってない?」


「……ふふふっ、ストラさんったら」


「ちょ、笑わないでよー! ペルネだって引きつってたでしょ!?」


 二人のやり取りで、部屋の中から緊張感が一気に抜けていくのがわかった。

 ギリウスさんの顔がゆるんで、レイドさんやリアさんが苦笑い。

 バカ二人には、最初から緊張感なんてなかったけど。

 よく律儀りちぎに大人しくしてたな、アイツら。


「ともあれ会議は終了だな。このまま解散でよろしいでしょうか、ペルネ陛下」


「ええ、そうですね。目的は果たされましたし、これ以上の話し合いはまた後日改めて。それでは皆さま、お疲れさまでした」


 ペルネ姫のあいさつで、この会議は幕引きとなった。

 だけど、私にはまだ伝えなきゃいけないことが残ってるんだ。

 あのソーマってヤツが来てお流れになっちゃったけど。


「ごめん、ギリウスさんにストラとサーブさん、リアさん、それからペルネ姫。私とベアトといっしょに残ってほしいんだ」




 六人だけになった会議室で、私はみんなに全てを話した。

 パラディの実験や神託者ジュダスの目的、勇者の正体にエンピレオの食事。

 それからベアトの身に起きた異変と、ベアトがパラディに生贄として狙われていることまで全て。

 私が黙ってたままじゃ、きっとパラディにスキを突かれる。

 ついでに【水神】のことまで、ベアトの寿命のこと以外しっかり全部ぶちまけておいた。


「……父が、いいえ、ブルトーギュが起こした戦争が引き金になって……、そんなことが……」


 このことを知って、一番ショックを受けたのは誰だろう。

 父親のせいでカミサマが狂ったなんて事実を知ったペルネ姫かな。


「カインさん……、クソっ!!」


 助けたかった人が魂を食われてて、その奥さんもとっくに肉塊にされてたって知ったギリウスさんかな。


「……っ、…………」


 それとも、ベアトかな。

 きっとサーブさんやリアさんも、ストラだって、天地がひっくり返ったみたいなショックだろう。


「私はパラディと戦う。エンピレオも倒す。だけど、そのためにデルティラードやスティージュに協力してほしいなんて言わない。おおっぴらに協力なんてしたら、きっと大きな戦争になる。せっかく平和になったのに、またたくさん人が死ぬ」


 昔の私なら、目的のためにみんなを利用し尽くしたと思う。

 でも、今の私にはちょっと無理そうかな。

 何よりこれはベアトのための戦いだ。

 ベアトを悲しませるようなことは、絶対できないよね。


「だから、私は一人でも戦うよ」


「キリエ……。お前はそれでいいのか? 敵はパラディ。ブルトーギュですら手を出さなかった、あまりにも強大な相手だぞ」


「かまわない。私一人でだって、ベアトは守ってみせるから」


「……わかりました、勇者様。この件はまた改めて話すとして、ひとまずここで解散としましょう」


 少し疲れた顔のペルネ姫が解散を提案して、会議はお開き。

 ギリウスさんたちも、事実を飲み込むのに時間かかるよね。

 続きはまた明日、この時はそう思ってた。


 翌日、さっそくヤツがしかけてくるだなんて、夢にも思わなかったんだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  「勇贈玉ギフトスフィアの腕輪が入った宝箱を抱えて、ソーマが席を立つ。」 国が盗まれていた物を取り返してあげたのに、何の対価も求めないなんて、植民地の扱いですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ