165 パラディからの使者
まずい、コイツはパラディの人間だ。
【水神】の勇贈玉を知られたら、いろいろと面倒なことになるよね。
運よく角度の問題で、アイツに髪飾りは見られてない。
見つかっちゃう前に、前髪から手早く取り外してポケットにつっこんだ。
「勇贈玉の扱いについて論ずるならば、パラディの使者であるこのソーマ。この会議に参加する資格アリ、と思われますが、いかがでしょうかペルネ陛下」
入り口から円卓の前までやってきて、よりによって私のとなりの空いてるイスに手をかけながら、突然の訪問者はペルネ姫へと不敵に問いかける。
「そう、ですね。あなたがパラディからの正式な使者であるとおっしゃるならば。……身分の提示は可能ですか?」
「ええ、もちろん」
首から下げた首飾りの鎖を持って、服の中に入っていた部分を取り出して見せる。
「『至高天の獅子』。神官以上の位の方に与えられるものですが、いかがですかな?」
丸いメダルみたいなものに獅子のレリーフが掘られているペンダント。
ソイツを見て、ペルネ姫がうなずいた。
「たしかに確認しました、おかけください」
おそらく身分証みたいなものなんだろうけど、私がなにより気になったのは獅子の瞳の部分。
黄色く輝く小さな玉がハメ込まれている。
間違いない、勇贈玉だ。
アレを身につけてるってことは、コイツ、ただの外交官じゃない。
「ええ、それでは失礼しますかな」
私のとなりのイスを引いて、紳士ぶりながら腰かける。
そして、ベアトと私の顔を順に見てニヤリと笑った。
こっち見るなよ、気味悪いヤツだな……。
「……っ」
ぎゅっ、と私のそでをつかんでくるベアト。
わかってる、コイツの狙いがなんなのかってことくらい。
貴きお方を連れ戻しにきた、とかほざきやがったし。
絶対にベアトは渡さないからな。
「うふふっ。さぁて皆さま、このたびは裏切り者の神託者が勝手に持ち出して、タルトゥス軍に貸し与えてしまった勇贈玉をお取り返しくださり、まことにありがとうございました」
この野郎、そういうつもりか宗教大国。
タルトゥスが負けたと知るや、トカゲのしっぽ切り。
パラディは今回の件にいっさい関係ありませーん、とシラを切り通すつもりだ。
「……貴公の言い分、我々が聞いていた話と、ずいぶん違うようだが?」
そうだギリウスさん、しっかり突っ込んでやれ!
「うーむ……、察するにその情報、神託者ジュダスからもたらされたモノ……、違いますかな?」
「その通り、ですが……」
「そやつは我々を裏切っておりました。その証拠に彼女はベアト様の存在を知りながら、これまで我々に隠していた。ずっと探していた貴き血筋のお方を……」
「ベアト様、とは?」
きた。
このタイミングでぶちまけるつもりだ、ベアトの正体を。
そして連れ戻すための正当性を並べ立てて、この子を私から奪うつもりだ。
そんなこと、絶対にさせるかよ……!
「様って……、どういうこと? キリエ、なにか知って——ひっ!!」
……あ、ごめんストラ。
私いま、視線だけで人を殺せそうな顔してたみたい。
「なあサーブ! 俺はさっぱり話についていけん!」
「そうですか。ではそのままお静かに座っていてください」
「ダメだなバリオ兄ぃは! つまりあの神官はカミサマの使いでイイ人なんだよ!」
「なるほど! さすがはカミル!!」
まあ、あっちは放っておこう。
特に害とかないし。
「ソーマ様、発言の意図が測りかねます。どういうことなのでしょう」
「ペルネ陛下も、ギリウス騎士も、どうやらご存じないと見える。では勇者殿、あなたはいかがです?」
「……質問してるのはペルネ女王だよ? まずはそっちに答えたらどうかな」
「おぉ、怖い怖い。そんな怖い顔でにらまないでください、私がなにをしたというのでしょう」
コイツ、思いっきり殺意をこめてにらみつけてやったのに、少しも動じてない。
「コホン、ではお教えしましょうか。何を隠そうここにおわす可憐な少女こそは、我がパラディが誇る聖女リーチェ様の双子の妹。ベアト・ティナリー様であらせられるのですっ」
イスから立ち上がり、ベアトの方に両腕を出して手をひらひらさせながら、コイツはベアトの素性をぶちまけた。
……ねえ、あんたとベアトの間には私が座ってんだけど。
手、私の顔にかぶってんだけど。
殺したいほどうっとうしい。
「聖女の、妹……!?」
「ベアトが、聖女リーチェの……、まさか……っ」
リアさんもギリウスさんも、他のみんなもびっくりしてる。
ただ、バルバリオとカミルだけは、いまいちピンと来てないみたいだけどね。
「キリエ、知ってたの……?」
「うん……。だから今日、ここにベアトを呼んだんだ。みんなに話しておかなくちゃって」
この子がここにいる理由に、みんな納得がいったみたい。
ただ、バルバリオとカミルだけは例外。
「ご理解いただけたようでなによりです。ピレアポリスの大神殿から行方をくらませたベアト様の安否を、パラディの神官一同心より憂いておりました。捜索の手を広げ、ジュダスめにも命じていたのですが、あろうことかあやつめはベアト様発見の報告を上げずにいた!」
ウソつけ。
……って言いたいとこだけど、ジョアナがベアトのことをパラディに黙ってたのだけは本当っぽいんだよね。
その辺の事情、私はさっぱりわかんないけど、どうもパラディとは違う思惑で動いてたみたいだし。
「自分の手元にベアト様を置いて、ジュダスめがなにを企んでいたのか。勇者様に成敗された今となってはわかりかねますが、このソーマは安心しましたぞ。ベアト様、お元気そうでなによりです」
うさんくさい笑顔をむけられて、ベアトが怯えたように私の影に隠れる。
さあ、どうしようか。
次にコイツが打ってくる手はもちろん——。
「ベアト様の身柄はスティージュで保護していたのですかな?」
「……え、ええ、そうですけど」
ストラもコイツにうさんくささを感じてるんだろうな。
ものすごく答えにくそう。
「いやはや、タルトゥス軍から勇贈玉を奪い返し、ベアト様まで保護してくださっていたとは。スティージュ国にはパラディから感謝のしるしをたっぷりと送らねばなりますまいな」
ストラに対して深々と頭を下げ、ソーマはベアトに手を差し伸べた。
「さぁベアト様。私とともにパラディへ戻りましょう。姉上様も乳母のベルナ様も、あなたの帰りを首を長くして待っておられますぞ」
もちろん、ベアトがその手を取ることはない。
ありえない。
たとえリーチェや育ての親であるベルナさんの名前を出されても。
「……っ」
ベアトは私にぎゅっとくっついて、小さな体をさらに縮めた。
「……おや? ベアト様はずいぶんと名残惜しいように見える。よほどスティージュで手厚く保護されていたのでしょう」
コイツもコイツで、力づくで連れていくようなことはさすがにしない。
あくまでも、この場では。
いったん手を引っ込めて引き下がり、自分の席に腰を下ろす。
「では皆さま、勇贈玉とベアト様の身柄は私が責任をもってパラディにお届けします。よろしいですかな?」
「……勇贈玉については異議はありません。もとより我らの手に余るもの。しかしベアト様には本人の意思があります。我々ではなく本人に尋ねるのが道理ではないでしょうか」
ナイス、ペルネ姫。
事情を深く知らないだろうに、なし崩し的に押し通そうとしたコイツの企みを止めてくれた。
「ふむぅ、たしかに一理ありますな。ベアト様、いかがでしょうか」
「……っ」
そんなの決まってる。
サラサラ、羊皮紙にペンを走らせて、
『かえりません!!!』
でっかい字で羊皮紙いっぱいに書いた意思表示を、ドンと突きつけた。




