162 眠り姫
王都を取り戻した翌日、ペルネ姫の演説が行われた。
雨季だってのに真っ青に晴れた空の下、王都中の民衆……って言ったら大げさかな。
とにかくたくさんの人たちが王城前広場に集まって、テラスに立つペルネ姫を見上げながら、その言葉に耳をかたむける。
「忍従の日々は終わりました。暴君の圧政や戦乱は遠い過去のものです。謀反人による王家の乗っ取りも……」
私こと勇者キリエは、ギリウスさんやバルバリオといっしょにペルネ姫の少し後ろに立っている。
今回の戦いの功労者として、暴君を討った英雄として、私も民衆に顔見せといた方がいいんだってさ。
私はそんなガラじゃないって言ってるんだけど。
「多くの犠牲がありました。戻らぬものも数多い。失った大事なもの、生まれた悲しみ、計り知れないものがありましょう。ですが、デルティラード王国を縛るものはもうなにもありません」
もちろん近衛騎士のイーリアも、ペルネ姫の後ろにひかえている。
けどアイツ、なんだか心ここにあらずって感じだ。
敬愛してるペルネ姫の演説すら、ぜんぜん聞こえてないっぽい。
「明日を信じられぬ者も多いでしょう。闇の中、もはや何を信じていいのかわからぬ者も、きっとこの場には数多い。ですが、おこがましいかもしれませんが、どうか私を信じてついてきてほしい」
ねえ、イーリア。
これきっとさ、国民だけじゃなくアンタにも言ってんだと思うよ?
アンタの胸に、ちゃんと届いてる?
「若輩ながらこの国の女王となったペルネには、まだ過ぎたる願いかもしれません。しかし、私はそうありたい。我が国を、臣民を照らす光でありたいのです」
頭に王冠をかぶってマントをはおったペルネ姫が、手にした剣を高くかかげた。
「デルティラードの全ての民に、どうか光あふれる未来があらんことを!」
りりしい声が響いて、広場は大歓声。
新しい女王様の誕生に、王都全体が沸いている。
日の光が刀身に反射して、まるで神話の英雄みたいな神々しさだ。
これでデルティラード王国は、もう大丈夫かな。
ただ一つ、イーリアのことだけがどうにも不安だけど。
○○○
それから数日が経っても、イーリアの表情は暗く沈んだまま。
そしてなんと、ベルがまだ目を覚まさない。
もしかしたらこのまま目覚めないんじゃないか、そんな雰囲気までただよい始めた中、あまりにも目覚めが遅いということで、王都で一番の名医が今日呼び出された。
そろそろ診察が終わるころだし、ベアトも気に病んでるみたいだし、様子を見にいってみようかな……。
ベルが寝ている部屋の前まで、ベアトといっしょにやってきた。
どうやらベアトは緊張してるみたいで、少しだけ表情が固い。
このままずっと目が覚めなかったらって思うと、ベルが心配で仕方ないんだろうな……。
「……ノックするね」
「……っ」
心の準備がいるだろうから、ベアトに確認を取ってからドアの前へ。
軽くノックしようとしたら、その前にガチャリと扉が開かれた。
私の鼻先をドアがかすめて、思わずのけぞる。
「うわっと」
あっぶないな。
木のドアがぶつかるくらいどうってことないだろうけど。
「……あぁ、勇者殿か……。すまない……」
出てきたのはイーリア。
ちらりと私の顔をみただけで、ロクに目も合わせようとしない。
うつむきながら後ろ手にドアをしめて、そのまま廊下を足早に立ち去っていった。
「なにアレ」
「……っ」
イーリアの後ろ姿を見送ってたら、くいっ、くいっ、とベアトにそでを引かれる。
このそでクイは別に怖い顔してたわけじゃなくて、早く入ろうって意味ね。
「そうだね、ベルのこと気になるもんね」
あらためてノックしてからドアを開け、入室。
「……失礼します」
「……勇者様、それにベアトさん。いらしてくださったのですね」
部屋の中にいたのはペルネ姫——今はもうペルネ女王だけど、姫の方がしっくりくるからこう呼ぶね。
それから女のお医者さん。
そしてもちろん、大きなベッドに寝かされたベル。
やっぱり意識は戻っていないみたいだ。
「ベルの様子、どう?」
「それが……」
ペルネ姫の表情、イーリアに負けず劣らず暗い。
窓の外でどしゃ降りの雨を降らす雨雲よりも暗い。
言いよどむペルネ姫の代わりに、お医者さんが私たちに説明してくれた。
「……結論から申しますと、彼女が今後意識を取り戻す可能性は極めて低いでしょう」
「……っ!!?」
ベアトが両手で口元をおおって、二、三歩うしろに後ずさる。
やっぱり私よりもベアトの方が、ずっとショックが大きいよね。
「ベアト、大丈夫……? ムリして聞かなくてもいいよ?」
「……。……っ!!」
少し考えたあと、ふるふると首を横にふって、続きを聞くことをアピール。
「……わかった。じゃあ先生、続きを——」
「ええ。原因はおそらく、脳に酸素が運ばれなかった時間が長かったためでしょう。たしかに蘇生は叶いましたが、十代半ばの少女の肉体には負担が大きすぎたのでしょうね……」
「脳に酸素が……?」
「いわゆる、植物状態というものです」
それがどれだけ大変なことなのか、村娘の私にはよくわからない。
けど、今のベアトを見ればなんとなく想像はつく。
両手で顔をおおって、その場に泣き崩れてしまったベアトを見れば。
「……あの、さっき言ったよね。意識を取り戻す可能性は極めて低いって。それ、可能性はあるってことだよね?」
「ええ、もちろんです。ですが自然治癒の可能性は極めて低い。治療法も、少なくとも人間の国には存在しないでしょうね……」
さっきのイーリアの様子にも納得がいった。
アイツただでさえ死にそうなくらい後悔してたからね。
こんな説明を聞いちゃって、変な気起さなきゃいいんだけど……。
お医者さんが帰っていって、部屋にはペルネ姫とベル、それから私たちだけが残った。
泣いちゃってるベアトを抱きしめて背中をさすってあげながら、ベアトのせいじゃないよって言い聞かせる。
だって、ホントにこの子のせいじゃないから。
この子が頑張らなきゃ、そもそもベルは死んでたんだもん。
「……謝らなければいけませんね。イーリアにも、ベアトさんにも、もちろんベルにも」
ベッドの脇に座ったペルネ姫。
ベルの前髪をそっと撫でながら、悲しげな目をむける。
「ねえ、勇者様。私はこの子を利用しつくして女王の座についた。民衆の誰もベルの献身を知りません。この子から奪うばかりで、果たして私はこの子になにかしてあげられたのでしょうか……」
「……私にはわかんない。ベルのこともペルネ姫のこともよく知らないから、偉そうなことも何も言えない。ただ、これだけはわかるよ」
イーリアの様子を見てたら、そのくらいはわかる。
私だって、ひたすら鈍いわけじゃない。
「イーリアは、きっとその子にたくさんのものをあげてたと思う。お金じゃ買えない、お姫様としての豪華な暮らしじゃ得られないモノを、両手じゃかかえきれないくらい」
「勇者様……」
「それはきっとイーリアも同じで……。だからさ、アイツと一度しっかり話をしてみてよ。正直言って今のイーリア、危なっかしくて見てらんないからさ……」