16 迷わずに・迷いの中で
休業状態の武具屋に戻ると、ベアトの熱烈な大歓迎が襲ってきた。
入った瞬間飛びつかれて、めっちゃくっついてくる。
この子、私がいないと落ち着かないのか?
……まあ私も、この子がいないと眠れなくなってるんだけどさ。
一人で眠ると、どうしてもあの夜の悪夢がよみがえるんだ。
ベアトにだっこしてもらうと、すやすや朝まで安眠できるんだけどね。
私といっしょに戻ってきたのは、リーダーとジョアナ。
王都の外にレジスタンスが持ってる隠れ家の一つで、みんな普通の服に着替えてきたから、怪しまれることはないと思う。
それぞれにボロボロだけど、弱音は言ってらんないよね。
全員で地下室に降りて、会議室でミーティングが始まった。
「さて、さっきの話の続きだ」
「裏切り者がいるってヤツ? でもそんな……」
「あくまで可能性の話だ。俺も誰かが漏らしたとは考えたくねぇ」
だよね、みんなリーダーの仲間だもん。
信じたいよね、リーダーとしては。
「考えたくねぇし信じたくねぇが、これは気持ちの問題じゃない。裏切り者はいる、そう考えて動くべきだ」
今回の作戦に参加したのは三十人くらい。
みんなリーダーが信頼してる人たちだ。
昨日、ここで方針が決まったあと、郊外のアジトに呼び出しをかけて、そこでみんなに作戦を伝えた。
漏れたんならそのタイミング……だよね?
「これからは大規模な作戦行動は出来るだけ避けるべきよ。少なくとも、誰が裏切り者かわかるまでは」
「あぁ、ジョアナ。俺も同意見だ」
私は難しい話には入っていけないけど、今回の失敗が痛かったってのはよくわかる。
隣に座ったベアトがすっごいくっ付いてくるのは、よくわかんない。
「てなわけで、ジョアナとキリエ。さっそくだが今夜、ネアールのヤツを暗殺してきてくれ」
「……え? は? 今夜? 私?」
「あぁ、そうだ。頼りにしてるぜ」
「いやいや、待って待って。暗殺失敗したその日のうちにまた仕掛けるの? しかも今度は私とジョアナの二人で!?」
「だからこそ、だ。警戒は厳しくなってるだろうが、まさか本気でその日のうちに襲ってくるとは思わないだろ。心理的に裏をかくんだよ」
まあ、確かにそうだろうな。
私も驚いたけど、相手はもっとだろう。
これから警備もいっそう厳しくなるはず。
一番油断してるのが今夜だってのは理解できる。
「……っ」
ベアトが不安そうに、腕をぎゅっと抱いてきた。
「大丈夫、私は大丈夫だから。帰ったら一緒に寝ようね」
「……!」
うん、いい笑顔になった。
満面の笑みで、でも腕はぎゅっと抱きしめたまま。
すっかり懐かれちゃったな。
必要以上に仲良くするつもりはないのに。
「ふーん」
ずっと退屈そうにしてたストラが、急にニヤニヤしだした。
こっちをジロジロ見てくるんだけど、なんのつもりだコイツ。
「……なに?」
「べっつにー。なんでもないよー?」
ウソだ、なんか面白がってるだろ。
今まで無言だったくせに。
……そういえば、ストラってあんまりレジスタンスの活動が好きじゃないのかな。
作戦会議中はずっとぼんやりしてるし、普段は店の手伝い……っていうか実質店主ばっかりしてるし。
「キリエちゃん、頑張りましょ」
「……うん、やるからにはベストを尽くすつもり」
そうだ、気を取り直して暗殺の方に集中。
リーダーとジョアナが立てる作戦を聞きながら、頭に叩き込む。
迷わず、わき目もふらず、仇討ちへの道を一歩ずつ前進するために。
△▽△
レジスタンス迎撃の任務を終えて、城に戻ったわたしの心は暗かった。
勇者殿がレジスタンスに加わっていたこと。
彼女の村が滅ぼされた事件が、野盗ではなく王の命令によるものだったこと。
この話は早くも城内に広まり、動揺を生んでいる。
左腕の火傷がうずき、彼女の顔が脳裏によみがえる。
憎しみと狂気にまみれた、勇者殿のあの顔を見れば、彼女の話が本当なのだと嫌でも思い知る。
「一体、何が正しいんだ……。わたしはどうしたら……」
色々なことが頭の中に渦を巻き、感情が乱れる。
騎士にあるまじき状態だ、情けない。
「イーリア、浮かない顔だな」
「ギリウス殿……」
姫様のお部屋に向かう途中、偶然にも彼と出くわした。
今回の作戦にわたしの参加を推した張本人と。
「先日の特訓、ありがとうございました。教えていただいた練氣の技、さっそく役に立ちましたよ」
練氣、人間の奥底に眠る生命エネルギーを様々な姿形に変える技術。
剣のリーチを伸ばす程度だったわたしに、この人はあの特訓で、色んなバリエーションを教えてくれた。
「俺は何もしていない。お前のスジが良かっただけだ。……で、なにかあったのか。浮かない顔してるぞ」
「いえ、その……」
「姫様に聞かせられる内容でもないのだろう、顔にそう書いてある」
なんと、顔にまで出ておりましたか。
それともこの人が特別鋭いのか。
「俺でよければ聞こう。一人で抱え込んでいても、悩みは悪化していくだけだ。ブチまければ楽になるかもしれないだろ?」
「……かたじけない」
お言葉に甘えて、悩みのタネを吐き出すこととする。
任務の最中になにが起こったのか、勇者殿との出会いと戦いの全てを。
「分からなくなってしまいそうなんです。あまりに非道な話に、本当にわたしは正しいのか、このままでいいのか、と」
「……そうか、やはりお前を行かせて正解だった」
「どういう、意味です?」
その口ぶり、まるでなにが起こるのか知っていたみたいだ。
「第一、あなたはどうしてわたしを今回の任務に参加させたんですか? 指名されていたのはあなたの方だし、わたしよりもずっと戦力になれたはずなのに……」
「そっちの理由は、時期が来たら教えてやるよ。そんなことよりお悩み相談が優先だろ」
「た、確かに……。すみません、細かいことが気になるタチでして……」
「いちいち謝るな。生真面目すぎるのがお前の悪いところだ」
まったくもってその通りです。
今さら変えられない性分だし、そこが良いところだと姫様は言ってくださるのだけれど。
「で、つまりは迷ってるんだろう、お前。自分の信念が揺るがされて、進む先を見失っている」
「恥ずかしながら、要約するとそうなります……」
「そういう時はな、原点に立ち戻れ。お前の中の原点、絶対に譲れない一本の芯。それはなんだ」
原点、近衛騎士を目指した理由。
そんなのは決まってる。
「ベルネ姫様。わたしはあの方に仕え、命を投げうってでもお護りする。これがわたしの、絶対に揺るがない芯です」
「なんだ、わかってんじゃないか。そこさえ変えなきゃいいんだよ、姫様さえ守れば、たとえ王に反旗を翻しても、な」
「なっ!? ギリウス殿、なんということを!?」
つい声を張り上げてしまい、慌てて口元をおさえた。
ここは城内、そのようなことを誰かに聞かれて、もし王の耳に入ったらギリウス殿でも処刑されてしまう。
幸い、周りには誰もいなかったみたいだ。
「構いやしない、聞かれなければ言わなかったのと一緒だ。……なあ、知ってるか? かつてあった、スティージュって国のこと」
「……いえ、詳細なことまでは」
ギリウス殿の表情が、険しくなった気がする。
侵略後の諸国の現状、そういえば詳しく調べたことがなかったな。
姫様の近衛になるための、勉強に必死だったから。
「まず、そこを治めていた王族たちだが、軍を率いてた王子たちは問答無用で処刑だ。王や王妃、姫なんかも、数ヶ月以内に全員謎の死を遂げた。ま、謀殺だろうな」
まるで吐き捨てるように。
「そこに住んでた住民だが、女は王都に連れられて、とびっきりの美女だけが選ばれて王の側室になった。残りは奴隷として売り飛ばされたり、王様に忠誠を誓うヤツらに愛玩奴隷として回されたりだ」
怒りを抑え込むように。
「男はだいたい軍に入れられて、最前線に送られた。兵力の増強と、本国の戦力の温存、一石二鳥だな。賢いことだ」
握った拳は、震えていた。
「税率は八割、暮らしていけないレベルだろ? それを何年か続けて、ある日突然六割に下げた。十分高いのに、感覚が狂ってありがたがる始末だよ」
彼の過去に、一体なにがあったのか。
問いかける勇気を、わたしは持てなかった。
「徹底的にむしり取って、逆らう気力さえ失せさせる。それが我らが王のやり方だ。どう思う?」
「どう、と申しましても……」
正直なところ、ショックだった。
姫様は詳しく知らされていないのだろう。
あのお方が胸を痛めておられたのは、長引く戦乱による民の疲弊。
この事実を知られれば、どんな顔をなさるだろうか。
「他の国もみんな一緒だよ。こいつを知ってどうするかは、お前次第だ」
「わたし、次第……」
「俺は今、人を集めてる。お前の力も欲しい。だが強制はせん。なんとかしたいと思うなら俺のところに来い。このままでいいんなら、なにも聞かなかったことにしてくれ。どちらを選んでも、俺は責めん」
そう言い残して、ギリウス殿は立ち去っていった。
何をしたいのか、それは決まっている。
姫様のために戦うことこそ、私の揺るがぬ芯だ。
だが、どちらを選べば姫様のためになるのだろうか。
あのお方の剣としてやるべきことは何か、わたしは迷いに迷っていた。