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159 守るために




 ベアトが聖女の力に目覚めたこと、そのせいでエンピレオの魔力に晒されていること。

 そのせいで、体調に異変が出てること。

 なるべくショックを与えないように言葉を選びながら、私はベアトに打ち明けた。


 ただし、余命が十年もないってことだけは伝えなかった。

 教えても不安にさせちゃうだけだろうし、そうなる前にエンピレオは絶対に倒すから。


「…………、……っ」


 ただ、教えたぶんだけでもショックだよね。

 ベアトは少し青ざめた顔をして、うつむきながらギュッとベッドシーツをにぎる。


「……心配しなくても大丈夫。この世界のどこかにいるエンピレオを、私が絶対に見つけだしてブチ殺す。そうすれば、ベアトはもう安全だから」


 神託者ジュダス。

 ヤツが私を始末しにきた理由は、エンピレオを殺そうとしたから。

 その事実が意味するのは、エンピレオは不死身のカミサマでもなんでもないってこと。

 殺せば死ぬ、ただのバケモノなんだ。


「……っ」


 ベアトがペンを手に取って、羊皮紙にスラスラ書き始める。

 まるで、不安な気持ちをふりはらうみたいに。


『キリエさんがそういってくれるなら、ほんとうにだいじょうぶだっておもえてきます』


「本当に大丈夫なんだよ。なにがあっても、ベアトは私が守るから」


「っ……!」


『はい、しんじます』


 けど、最後には天使のような心からの笑顔を見せてくれた。

 私の言葉で、この子の不安は少しでもやわらいだのかな。

 そうだといいな。


『ところでキリエさん。しんたくしゃ、たおしたんですよね? にげられたわけじゃないんですよね?』


 ベアトの体についての話が一段落したら、とうぜん話はそっちに行くよね。

 この子にとっても気になることのはず。

 私の仇討ち、そばでずっと応援してくれてたんだもん。

 あの場所には神託者の死体が転がってなかったわけだし、逃げられたって思っても不思議じゃない。


「……そうだね、倒したよ」


 はっきりとそう答える。

 殺しては、いないんだけどね。


『かたきうちのたたかい、おわったんですね』


「……うん」


 そう、終わった。

 終わったんだ。

 ここまでベアトの心配ばっかりで、そこまで頭が回らなかったけど、今さらながら実感が湧いてきた。


 あの日、リボの村を旅立ってから、みんなの仇を討つことを優先順位の一番上に置いて、今日までやってきたんだ。

 がむしゃらに突っ走ってるうちに、ベアトっていうもう一つの最優先も見つけたけど。


『おめでとうございます』


「ありがとう……」


 ずっと目標にしてきた仇討ち。

 村のみんなを殺して、家族を殺して、のうのうと笑ってたヤツらはもういない。

 ブルトーギュとグスタフは、カミサマのエサになって魂ごと消滅した。

 裏で糸を引いて、私のことをあざ笑ってた神託者も、これから先ずっと地面の下で死んだ方がマシな苦しみを味わい続ける。

 ざまーみろ、全員私がこの手で地獄に叩き込んでやった。


「…………っ?」


『きいていいですか?』


「……なに?」


『どうしてそんなにかなしそうなかお、してるんですか?』


「……そんなカオ、してる?」


 おかしいな。

 このためだけに、ずっと頑張ってきたはずなのに。


『とってもつらそうなかおしてます』


「そう、なんだ……。私、そんなカオしてるんだ……」


 意外……ってほどでもないな。

 アイツを地の底に叩き込んでも、ぜんぜん嬉しくなかったもん。

 きっと、神託者が私の知らない初対面の誰かだったら達成感もあったと思う。

 だけど、違った。

 最後の仇は、私がよく知ってる、一番頼りにしてたアイツだったんだ。


 全てを失って打ちのめされて、一人で無謀な復讐を始めようとした時に、手を差し伸べてくれたのがアイツだった。

 たとえ私を利用するためのウソだったとしても、あの時私はたしかに救われた。

 あの時私が感じた気持ちだけはウソじゃない、ウソじゃないんだよ……。


「……っ」


「あ——」


 目元にベアトの指が触れて、スッとなにかをぬぐった。

 いや、なにかじゃないね。

 ホントはわかってる。

 そっか、泣いちゃってたか、私。


「……ベアト、ごめん。ちょっとだけ、なにも聞かずに胸貸してくれる……?」


「……っ」


 こくり。

 うなずいて、ベアトが両手を広げる。


「ありが、と……うっ、っぐっ……!」


 あぁ、もう限界だ。

 ベアトの前でカッコ悪いとこ、見せたくなかったんだけどな……。

 いいか、この程度でこの子が私を嫌いになるはずないもんね。

 ベアトの胸に飛び込んで、涙がせきを切ったようにあふれだした。


「うっ、うああぁぁぁぁぁぁぁっ!! あぁあぁっ、っぅぐっ、うああぁぁぁぁぁぁっ!!」


 ベアトの小さな手が、私の頭と背中をやさしくなでてくれる。

 戦ってる最中、むりやり押し殺してた感情。

 どうしてジョアナが、なんで。

 アイツと戦いたくなかった。

 大好きだったのに、尊敬してたのに。

 いろんな思いがぐちゃぐちゃになって、私は声を上げて泣き続けた。





 ……どのくらいたったかな。

 たくさん泣いて、やっと気持ちが落ち着いた。


「……もう平気。ありがとうね、ベアト」


 ベアトの胸元から頭を離すと、服がぐっしょりと湿っちゃってた。


「ごめん、服汚しちゃった」


「……っ」


 ふるふる、首を横にふってにっこり笑ってくれた。

 気にしてませんから、って言ってくれてるみたい。


「部屋の中、少し暗いね。明かりつけようか」


 窓の外、夕焼けを通りこして薄暗くなってる。

 ホント、どんだけ長い間泣いてたんだ、私。

 ちょっと恥ずかしくなってきたぞ。


「……っ」


 ライトをつけるために立ち上がろうとして、ベアトにそでを捕まれた。

 くいくいひっぱって、私を引きとめようとしてる。


「つけなくていいの?」


「……っ」


 こくり。

 ベアトがいいってんなら、私もいいけど。

 ベッドの上に座り直すと、ベアトがこてん、と肩に顔をよせて体重をあずけてきた。


 軽いし小さい。

 けど、あったかい。

 この子はたしかに今、生きて私のとなりにいる。


(この温もりを、絶対に奪わせない)


 エンピレオ、絶対に見つけ出して殺してやる。

 ただ、ベアトを私から奪おうとしてるのは、わけわかんないカミだけじゃない。

 パラディのヤツらにも注意しなきゃ。


 ヤツらがどんな目的でベアトをねらってるのか、結局はわからないまま。

 ただ、エンピレオが生け贄を求めてるって話が真っ赤なウソだってのは確かだ。

 ジョアナが言ってたからって理由だけじゃ信じられないけど、アイツが言ってたエンピレオの習性も考えれば、可能性は極めて低い。


 勇者はヤツのエサ係。

 勇者が殺した魂だけが、ヤツの胃袋に収まるんだ。

 ってことはだよ、生け贄なんか捧げても、魂はエンピレオと全然関係なくあの世に飛んでいくだけだよね。


(必ず理由がある。きっとベアトの命にくらべればクソほどの価値もない、下らない理由が)


 ベアトが安心して暮らせる未来を手に入れるために、私はこれからも戦う。

 この子のためなら、何人だってエンピレオのエサにしてやる。

 そしていつかカミをも殺して、この子を呪縛から解き放つんだ。


「……っ」


 もぞっ。


(……ん?)


 ベアトの手が、スッと私の手に重なった。

 そのまま指をからめてきて、


「……っ」


 ベアトの方をむいたら、至近距離に青くうるんだきれいな瞳が。


「ベ、ベアト……?」


「…………っ!!」


 ぶんぶんぶんっ!

 とつぜん体を離したベアトが、首を何度も左右にふる。

 どうしたんだ、本当に。

 顔を真っ赤にしたまま、猛烈な勢いで羽ペンサラサラ、羊皮紙ドン。


『おいわいのパーティーがそろそろはじまります。キリエさん、きがえてからいきましょう』


「そう、だったね。けど、お祝いの席に顔を出すような気分じゃないかな……」


 恥ずかしながら私も主役の一人だけど、顔を出さなきゃみんなに心配かけちゃうけど。

 それでも、笑顔があふれる祝勝会に行くような気分には、どうしてもなれないんだ。


『だったらいっしょにサボっちゃいます?』


「いいの? ベアトも出たいでしょ? 豪華でおいしい料理とかきっとたくさん出てるよ?」


『キリエさんがいないんじゃ、でるいみなんてありません』


「……ありがと。だったらさ、気分転換にお城の中を散歩したいから、付き合ってくれる?」


『はい、よろこんで』


 にっこり笑って、ベアトはうなずいてくれた。

 そうと決まれば、さっそくシャツとホットパンツの格好に着がえる。

 こんなラフな格好、パーティーには絶対に着ていけないね。


「さ、行こう」


「……っ」


 いっしょに部屋を出て、真っ赤なじゅうたんが敷かれた廊下を、私とベアトは並んで歩きだした。

 どちらからともなく、手をつなぎながら。




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