158 あの人の苦しみに比べたら
ヒドイ、ヒドイわっ。
こんなヒドイことを考えつくなんて、キリエちゃんは人の心が無いの!?
暗い縦穴の中を、私の体が急降下していく。
落下の衝撃で剣が外れないか、あわい期待をしてたんだけど。
「ぶじゃっ……!」
ご丁寧に横向きで落としてくれたのよね。
穴の底に激突した衝撃で、体の右半分がつぶれて口から内臓が飛び出す。
だけど、死ねない。
「ばっ、ひっ……!」
その直後、三つの穴から溶岩の龍が口をあけて迫ってきた。
地下空間が溶岩で埋め尽くされ、灼熱に全身が焼かれる。
「あぎゃああぁぁあぁぁあぁぁぁぁぁああっ!!!」
だけど、死ねない。
「ぶばっ、ひっ、あがっ……」
溶岩が冷え固まって、一ミリのスキマもなく閉じ込められた。
空気がない、呼吸ができない。
体を煮続ける沸騰が止まらない。
苦しい、熱い、痛い。
だけど、死ねない。
「たす……っ、たすけぇ……っ、誰か……、誰か……っ」
この地獄の苦しみは、いつまで続くの……?
私の声、届いて、誰か、誰か……。
○○○
「あっちだ、急げっ!」
「……っ!」
王都の北に広がる森の中。
兵士さんが指さす先に、私も急ぎます。
さっき、キリエさんの溶岩龍が水龍と衝突したりするのが見えました。
今は三つの溶岩龍が、地面にむかって突っ込んでいく場面です。
捜索隊は私と兵士さん五人。
メロさんは足手まといになるからと言って、お城に残りました。
目的はあくまでキリエさんの救助、神託者がいたら逃げるようにと指示が出ています。
そのまま私たちは森の中を走って、茂みをかき分け草原に飛び出しました。
目に飛び込んできたのは、片腕を失って血まみれのキリエさん。
ふらふらとよろめいて、その場に倒れてしまいます。
「……っ!!!」
ズタズタに傷ついた姿に、思わず両手で口元をおさえました。
私がもし喋れるなら、とっさに出たのは悲鳴でしょうか、それともあの人の名前?
「……っ!!」
とにかく、急いで駆け寄ります。
「いたぞ、勇者様だっ!」
「ひどい負傷だ、あの子に任せていいのか……?」
「彼女の治癒魔法なら間違いないだろう。切断された腕もつなげられると聞いている」
後ろのほうで、兵士さんがざわざわしてます。
とにかく、今私にできることはキリエさんの腕を探すこと。
時間がたって傷が少しでもふさがっちゃったら、もうくっつけられません。
キョロキョロ、辺りを見回すと、
「……っ!」
ありました、キリエさんの右手です。
草地に落ちてたそれを抱えて、すぐにキリエさんへと駆け寄ります。
「……っ、……っ!!」
近くで見ると、涙が出そうなくらいヒドいケガでした。
全身に細かい切傷。
さらには胴体をナナメに斬られていて、傷は骨まで達しているようです。
少しでも動かしたら、内臓が飛び出してしまいそうなほど深い傷。
もちろん、斬り落とされてしまった右腕も重傷です。
「……っ」
涙ぐんでる場合じゃないですよね。
これ以上の出血は命に関わります。
右腕の切り口を傷口と合わせて、全力でヒールを発動します。
「……っ!」
王都での戦いのあとよりももっと強力なヒールを出せました。
キリエさんの腕がみるみるつながっていきます。
無事につながったのを確認して、手首の脈拍を計ります。
大丈夫、ちゃんと血が流れてました。
「……っ」
次は胴体の傷です。
こっちにも全力でヒールを——。
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「……っ!?」
またです。
頭がズキズキ痛んで、変な声が聞こえます。
とっても苦しいし気持ち悪いです。
だけど、キリエさんの苦しみや痛みに比べたら、これくらい——。
○○○
「……ん、んんっ」
目を開けると、ベッドの天蓋が見えた。
こういうのがあるのは、お城のベッドだって決まってる。
つまりここは、王都ディーテの王城にあるどこかの部屋、かな……?
「んん……?」
ぼんやりした頭で、辺りを見回す。
まず見えたのが、窓の外にうつる空。
少し多めの雲が夕焼けに赤くそまっている。
つまり、今は夕方か……。
「……あれ、腕、ついてる……?」
違和感に気付いて、右手を見る。
ぐっぱぐっぱ、グーとパーを繰り返すと普通に動いた。
そして私はパジャマ姿。
ぼんやりしながら体を起こすと前のボタンを開いて、胴体の傷を確かめる。
大ケガどころか傷一つない、見慣れた自分の体があった。
「……治ってる? それに、体中の傷も」
神託者を倒したあと、たしか私は気を失った。
溶岩龍を飛ばしてたから、それを目印に駆けつけた誰かが私をお城まで運んでくれたのかな。
意識を失う直前、誰かの足音を聞いた気がしたし。
「ここまでの大ケガを治せるの、ベアトくらいだよね……。そうだ、ベアト……っ!」
あの子のことを思い浮かべた瞬間、ぼんやりしていた意識が、頭から氷水を浴びたみたいに覚醒する。
復讐を果たしたことも、神託者のことも、この時ばかりは完全に吹っ飛んだ。
あの子なら、私がこんな風になってたら意識が戻るまで側につきっきりのはず。
……どうにも自意識過剰な感じがするけど。
でも、ベッドわきにあの子の姿は見当たらない。
「……まさか、治癒魔法で力を使いすぎて……っ!」
魔力の使いすぎで倒れちゃったんじゃ……。
ただでさえムリをしちゃいけない体なのに、私のせいであの子の寿命を縮めたりしたら……っ!
もぞっ。
「……っ?」
「……ん?」
その時、となりで布団がもぞもぞと動いた。
ベッドが大きすぎて気付かなかったけど、よく見たら少しだけふくらんでる。
「もしかして、ベアト……?」
「……っ??」
もぞもぞ、もぞもぞ。
布団が動いて、青みがかった銀髪の女の子が目元をこすりながら姿を見せた。
「……あぁ、となりで寝てたんだ」
「……っ! ……? ……っ!?」
ん?
なんだろう、今の反応は。
ベアトはまず私の顔を見てホッとしたような表情をした。
それから視線を下げて、最後に顔を真っ赤にしたままある一点に目が釘付けに。
この子の視線を追うと、はだけたままのパジャマが目に入った。
……あちゃぁ、いろいろと丸出しだ。
「……ごめんね、変なもの見せちゃった」
「……っ!!」
あやまりながらボタンをとめると、なぜか顔を左右にブンブン振られた。
「どうしていっしょに眠ってたの?」
「……っ」
ベッド脇のタナに置いてあったカバンを引き寄せて、羽ペンスラスラ。
『キリエさんのおおケガをなおしたあと、このへやにつれてきてもらって、ちいさなケガもなおしました』
……そっか、あのとき聞こえた足音はベアトだったんだ。
この子が来てくれて、私の腕と体のキズを治してくれたんだ。
『こまかいキズは、ふくをぬがさないとなおせなかったので、へやにはこんだあとになおしたんです』
「……うん、たしかに外で脱がされるのは嫌だな」
『それで』
それで、まで書いたところで、ペンがピタっと止まってしまった。
続きを書いていいのか迷ってる、そんな様子だ。
「……それで、具合が悪くなっちゃったのをずっと我慢してたけど、治療が終わったところでとうとう耐えきれなくなっちゃった……?」
「……っ!?」
あぁ、やっぱりか……。
図星を突かれたベアトがびっくりしてる。
どうして知ってるんですか、とか思ってるんだろうな……。
「辛いのを我慢して、ていねいに治癒魔法かけてくれたんだよね。ありがとう」
ギュッと抱き寄せて、頭をなでなで。
私にできるお礼なんてこのくらいだけど、そもそもお礼になってるかどうかもわからないけど、せめて感謝の気持ちが伝わるように。
「……っ、……っ」
……この子には、少しだけ教えておいた方がいいかな。
さすがに寿命のことまで全部教えるのはショックが大きすぎるだろうから、少しだけ。
このままじゃ、またムチャなことしちゃうかもしれない。
ただでさえ困ってる人を見過ごせない性格だからね、ベアトって。
「……ねえ、ベアト。大事な話があるんだ。聞いてくれる?」
「……っ!? ……!!?」
両肩をガシッとつかんで、ベアトをまっすぐに見つめる。
なぜかベアトの顔が真っ赤になってる気がするけど、きっと夕日のせいだよね。




