153 もう迷わない
……ふざけんなよ。
カインさん、だまされてさんざんに利用されて、知らなかったとはいえ私がイカれたカミサマのエサにしちゃったんだぞ。
魂まで、消しちゃったんだぞ。
しかも、救いたかった家族は娘があんなんで、奥さんはとっくの昔に肉塊になってた?
あんまりにも、救いが無さすぎるじゃんか……。
「お、またまたイイ表情いただきましたーっ。ジョアナお姉さんってば話上手ぅ」
「……っ!!」
コイツは……っ!
全部知ってて、リーダーやカインさんに黙ってた。
全部知ってて、私を裏であざ笑ってた。
コイツはこの世に生きてちゃいけないヤツだ……!
「っああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
溜まりに溜まった怒りをこめて、地面をおもいっきり殴りつける。
もちろん八つ当たりなんかじゃない。
大量の魔力を流しこんで、地面を【沸騰】させるためだ。
「煮立て! アイツを焼き殺せッ!」
地底の岩石、鉱物、砂や小石を溶かしてマグマに変え、ヤツの下にかき集める。
神託者の足元が赤く熱を帯びはじめた。
「派手な前フリねぇ。よけてくださいって言ってるようなものじゃない」
その場から敵が飛びのいた直後、マグマの柱がヤツのいた場所から噴き上がる。
私だって、これだけで仕留められるなんて思っちゃいないよ。
溶かしたマグマが全部空中に飛び出したところで、ひと固まりにまとめる。
「散らばれっ!」
魔力を分散して、拳大の溶岩ボールを大量に展開。
同時に操作しながら、神託者にめがけていっせいに飛ばす。
「ずいぶんハデな攻撃ね。お姉さんシビれちゃう」
四方八方から襲ってくるマグマの玉を、アイツは軽々とよけていく。
まるでおどっているように、ヒラリ、ヒラリと。
「だけど、ダメね。ハデなだけで狙いも甘いし。これで勝とうだなんてムリがあるんじゃないかしら」
ほざいてろ。
お前がそうやって回避に集中してる間に、次の手は打ってんだ。
【沸騰】で溶岩を操作しながら、【水神】の魔力を発動。
かざした左手の先に大玉の水球を出して、【沸騰】で熱湯に変えて……。
(いけっ……!)
ヤツの背後から回り込むように放つ。
同時に大量のマグマ玉をヤツの目の前で乱舞させて目くらまし。
そして、水球が死角に回ったタイミングで、マグマを前方のあらゆる角度から殺到させた。
あえて後ろをがら空きにして。
「おっと。当たらないって言ってるのに、ご苦労なことね」
よし、狙い通りにヤツが後ろへ飛び退いた。
後ろからは、熱湯の大玉が猛スピードで突っ込んできてる。
念のため、神託者の両サイドにも大量の溶岩玉を乱舞させて、真横への回避も封じてやる。
このままヤツがあの中に飛び込めば、水球に閉じ込められる……。
「……なーんて。あと一手足りなかったわね」
ふわりと、ヤツの体が浮かんだ。
背後から来てた熱湯の存在に、とっくに気付いてたんだ。
唯一、溶岩でも熱湯でもふさがれていない真上へと逃げるため、神託者は上昇を開始する。
……よし、ここまで見事に狙い通り。
「……あら?」
飛び上がった瞬間、真上から飛び込んでくる私の姿を見上げて、ヤツが間の抜けた声を出す。
ヤツが飛び上がった時には、もうすでにお前の真上に飛んでたんだよ。
わざと逃げ道を用意した私の誘導に、まんまと乗せられたってわけだ。
「真っ二つになる覚悟、できてんだろうな」
両手ににぎった真紅の刃に、【沸騰】の魔力をありったけ込める。
さっきとは違う、もう私は迷わない。
コイツを殺して、仇を討つ。
ズバァッ!
「あぱっ……」
上昇する神託者に、体を縦に一回転しながらの一閃をお見舞いしてやった。
ヤツの体が、脳天から左右に分割される。
その瞬間、私は見た。
半分に割れた胃の中に、緑色に光る小さな玉を。
二つになった神託者が、血とはらわたを撒き散らしながら地面に落下。
切り口から水分が沸騰し始めて、左右に分割された体に溶岩のボールが殺到する。
「……やった」
これで確認できた。
斬撃の勢いでくるくる回転しながら、少し離れた場所に着地する。
水球とマグマの【沸騰】を解除すると、赤く煮立った溶岩が水を浴び、色あせた丸いかたまりになってボトボトと地に落ちた。
真っ二つに裂かれたヤツの体は、全身の水分が煮立った上にヒドい火傷を全身に負って、どこからどう見ても死んでる状態だ。
……普通なら、ね。
「ふ゜ふ゜っ、ふは゜はっ、あ゜はは゜はっ」
内臓をはみ出させて、体中を泡立たせて、あちこちが炭化しているってのに、アイツは笑い声を上げた。
わかっちゃいたけど寒気がする。
「いい゜わぁ、キリ゜エちゃ゜ん。そう゜でなく゜っち゜ゃ、面白く゜ないも゜のね」
まるで磁石でもついてるみたいに、二つのパーツが勢いよく引き寄せられてくっついた。
人間のシルエットを取り戻すと、次にヤツの体から火傷が消えていく。
泡立った肌も、黒コゲの皮膚も瞬時に再生して、神託者はすっかり元通り。
「ふぅ、それにしても熱かったわぁ。【治癒】を持ってなかったら死んでたじゃない、もうっ。ぷんぷんっ」
全身に巡らせてたはずの魔力も、ヤツの魔力に押されて左腕に集められている。
今、煮立っているのは神託者の片腕だけ。
「……それ、現在進行形で熱いんじゃない?」
余裕ぶって、ポーカーフェイスで聞いてみる。
今までこんな風に魔力を押し返してくる敵はいなかったからかなり驚いてるけど、格上の強敵とやり合うなんて、思えばいつものことだし。
「心配してくれるの? 優しいわね、キリエちゃん。でも大丈夫」
神託者が短剣を抜いて、自分のひじに刃を当てた。
そのままグッと力をこめて押し込んで、煮立った部分を骨ごと斬り落とす。
草むらの上に落ちた腕はすぐに溶けて、すぐに新しい腕がズルりと生え変わった。
「ごらんのとおり。触れたら即死な攻撃に触れても即死しないなんて、【治癒】の能力さまさまね」
治癒さまさま?
冗談じゃないっての。
【沸騰】の魔力をむりやり押し返してぬけ出すなんて、どれだけ魔力の量に差があったらそんな荒技ができるんだよ。
「……だけど残念、もう遊んでいられなくなっちゃったわ。【治癒】の攻略法自体は知ってるものね。勇贈玉の隠し場所も、さっきのアレでバレちゃったみたいだし」
「アレって? 半分に割られて腹ん中見られたこと言ってんの?」
「お姉さんの見せちゃいけない部分、ばっちり見られちゃって、ちょっと恥ずかしいわ」
「…………」
「もう、そんな怖い顔しないでよ」
するに決まってんだろ、クソが。
視線だけで人が殺せたら、多分コイツとっくに死んでる。
「さぁて、それではキリエちゃん。お姉さん遊んでる場合じゃなくなっちゃったので、とうとう本気を出しちゃいまーす。玉になっちゃう覚悟、今のうちにしといてね~」