152 神託者ジュダス
神託者ジュダスが人工勇者……?
つまりコイツも私と同じ、【ギフト】と勇贈玉を同時に扱えるのか……。
「あ……っ、がっ……」
ダメだ、考えてる場合じゃない。
今の私、なぜか息できないんだ。
いくら吸っても、空気が肺に入ってこない。
「苦しいみたいねぇ。どう? 空気のありがたみが身にしみたかしら」
間違いない、コイツは【風帝】の能力だ。
なにをどうやってるのかさっぱりだけど。
「ぐ……っ、あ゛……っ!」
苦しさのあまりノドをおさえて、その場にひざをつく。
まずいまずいまずい。
このままじゃ間違いなく窒息する。
早くなんとかしなきゃ……。
「私はじっくりと、キリエちゃんが窒息死するサマを見学させてもらうとするわ。じっくりと、ね……。うふふっ」
私は死ねない。
絶対に死ねないんだ。
目の前でヘラヘラ笑ってるコイツを、地獄に叩き込むまでは……!
(……水球っ!)
空気が吸えないなら、空気を運んでくればいい。
苦しいのを我慢して【水神】の魔力を発動、一口サイズの水の玉を作る。
薄い水の膜に空気をたっぷり閉じ込めて、まるでシャボン玉みたいに。
ソイツを操作して口の中へ運んで、コントロールを解除。
「すぅぅぅ……っ」
割れた水球から飛び出した空気を、思いっきり吸いこんだ。
(……よし、吸えた!)
ちょっとの量だけど、息継ぎには十分。
これなら体を動かせる!
「……あら? あらあら?」
神託者へと一気に駆け寄って、剣で横ぶりに斬りつける。
敵がふわりと上空に飛び上がった結果、攻撃は空ぶり。
だけど、不思議と呼吸ができるようになった。
たぶん今の攻撃を維持するには、かなりの集中力が必要なんだろう。
余裕ぶっこいてのんびり見てたんじゃなくて、本当に動けなかったわけだ。
新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んで、大きく深呼吸。
「……すぅーっ、はぁーっ。空気っておいしいんだ、初めて知った」
「感動したかしら。それなら、もう一度味わってみない?」
まただ。
頭上に浮かぶ神託者が、私に右手をかざした。
きっとアイツ、見えない何かを飛ばしてきてる。
飛んでくる速度も軌道も見えないけど、とりあえず大きく横っ飛びしてみる。
「あーら、さすがよねキリエちゃん。百戦錬磨ってとこかしら」
思ったとおり息苦しくならない。
無事に避けられたみたいだ。
敵の反応もふくめて、分析は当たってるみたい。
「……馴れ馴れしく、ちゃん付けで呼ぶな」
頭上で私を見下ろす敵を、ありったけの殺意を込めてにらみつける。
「あらあら、怖い顔しちゃって。大好きなジョアナお姉さんにそんな態度、いいのかしら」
「黙れ」
私の仲間だったジョアナはさっき死んだ。
今、私の目の前にいるのは、殺すべき家族の仇。
神託者ジュダスだ。
「お前だけは絶対に許さない。なにがあっても許さない。死んでも許さない。殺しても許さない」
「ふふっ。私もあなたに許してもらおうだなんて思ってないわ。それに、死んでも許さない? ムリよ、だってあなた勇贈玉になったら意識も無くなっちゃうじゃないの! あはははっ!」
ほざいてろ。
大笑いするゴミに向かって、地面を蹴って跳躍。
真紅のソードブレイカーを左の逆手に構えて斬りかかる。
「あら、いいのかしら。空中じゃ逃げ場ないわよ?」
ヤツが私にむけて右手のひらをかざした。
まただ、見えないなにかが飛んでくる。
「水護陣っ!」
私も右手をかざして、前面に分厚い水のバリアを作りだす。
ヤツが飛ばした何かが水の壁にぶつかった瞬間、見えなかったそれがハッキリと見えた。
(空気の、玉……?)
違うかもしれないけど、私にはそう見えた。
水の中に不自然な楕円形の空間が出来て、ソイツが水中を私の顔にむかって進んでくる。
見えてるなら話は簡単。
頭をかたむけてやるだけで、ソイツは顔の横をかすめてどこかに飛んでいった。
(さっきも避けるだけでどうにかなったし、ホーミング機能はついてないはず)
つまり、息ができなくなるアレはまっすぐにしか飛ばせない。
対処法さえわかればあんなもの、もうへっちゃらだ。
水護陣を解除して、目前に迫った神託者に斬りかかる。
ちなみに私がジャンプしてから、ここまで一秒経ってないくらい。
それでも、神託者は空中で急激に方向転換して、私の斬撃を軽々とかわしてみせた。
「おっと、怖い怖い。殺す気満々ねぇ……」
「……チッ」
ヤツの横を通り過ぎて、舌打ちしつつ着地。
神託者も同じく、地上に降りてきた。
アイツの飛行能力、中々やっかいだ。
どうにかして捕まえないと……。
「に、しても。私の窒息攻撃、もうあなたには通用しないみたいねぇ。効かなくなっちゃったから種明かししてもいい? お姉さんネタばらししたい年頃なの」
「……好きにすれば」
「じゃあお言葉に甘えて。私が放っていたのは、完全に空気の無いプチ真空空間。キリエちゃんの可愛いお鼻とお口に貼り付けて、呼吸を封じていたのよ」
はい、どうでもいい情報ありがとう。
……さっきから、攻撃当たんないな。
そもそもアイツに一撃与えたとしても、【治癒】のせいであっさり回復されちゃうんだよね。
ブルトーギュの時に苦しめられたアレが、また敵に回るなんて……。
「……はぁ」
厄介だな。
攻略法を考えるだけで頭が痛くなってくる。
「どうしたの? ため息なんてついて。ダメよ、ただでさえ愛想悪いんだから」
「お前を殺す方法を考えてた。【治癒】さえなければ楽勝なんだけどね」
「楽勝とは、大きく出たわねぇ。【風帝】を甘く見ちゃいけないわ。……けど、そうね。確かに【治癒】は優秀なギフトよ。ブルトーギュが実験材料とひきかえに欲したくらいですもの」
……ブルトーギュが?
そういえば、アイツが勇贈玉を持ってた理由、けっきょくわかんないままだったっけ。
「あら、その顔。ちょっと興味がある感じね。この話題なら乗ってくれるのかしら。だったらお姉さん、はりきって話しちゃうわよ」
「……ジョアナのフリをするの、やめろ」
ジョアナと同じ声、同じ調子でしゃべられると虫酸が走る。
今にも爆発しそうなほど、殺意が煮えたぎる。
「フリって……。お姉さんはジョアナなのよ? そんなこと言うなんてヒドイわね、くすん」
わざとらしく目元を指でぬぐう素振り。
私を煽ってるつもりなのか?
「さーて、【治癒】とブルトーギュについて、ね。まずあの男の元に私が派遣された理由、それは人工勇者の実験材料をデルティラード王国から提供してもらうため。ブルトーギュも、神託者が側にいれば討ち死にした勇者の後継者がどこに出現したかすぐにわかる。双方にメリットがあったわ」
名もなき村娘だった私も、コイツの力であっさり見つかったってワケか。
勇者を軍事利用してたブルトーギュにとっては、美味い話だったろうな。
「そうしてブルトーギュは、長年研究材料を提供し続けてくれたわ。戦争で毎日大勢の人が死んでいくご時世、圧政で治安も乱れていたから、一人や二人いなくなったところで誰も気にしない。……だけどね、ブルトーギュの不手際で、ある日一人の側室に人さらいがバレちゃったらしいの」
「側室に……?」
……なんだろう、嫌な胸騒ぎがする。
「その側室を、ブルトーギュは迷わずパラディに売ったわ。実験材料の一匹として、ね。それがガーベラ、カインさんの奥さんよ。もう三年も前のことだわ」
「カインさんの奥さんが、実験材料に……?」
「側室まで差し出されちゃ、こっちとしてもお礼の品を送るしかないじゃない? 好きな物をあげるって言ったら、ブルトーギュは不死身の力を望んだの。殺されても死なない無敵の力をね。こうして、パラディから【治癒】の勇贈玉が贈られたってわけ」
「そ、それじゃあ……、カインさんの奥さんは、今ごろ……」
「今ごろぉ? そんなのさすがのジョアナお姉さんも知らないわよ。とっくの昔に実験台になって、ぐちゃぐちゃの肉塊として処分されてるんじゃない? あははははっ!」