150 凱旋
山脈をこえて盆地に入った時には、すっかり霧は晴れていた。
小さな雲の切れ間から、スポットライトみたいに射しこむ日の光。
まるで連合軍の勝利を祝福しているかのような、ガラにもないロマンチックなことを考えちゃうくらい幻想的な光景だった。
砦を落とした直後、ギリウスさんはコルキューテの軍に伝令を走らせていた。
タルトゥスを討ったから、王都の手前で待っていてほしい。
民衆の歓声を受けるのが、自分たちだけでは不公平だろうから、と。
政治的なポーズももちろんあるんだろうけど、ほとんどは本音だと思う。
あの人もみんなも、リアさんたちには感謝してるんだ。
それと、もちろん王都にもタルトゥス軍撃破の早馬を飛ばしてある。
今ごろ王都の大通りは、私たちを出迎える住民であふれかえってるはずだ。
街道を進んで、王都ディーテをかこむ高い壁が見えた辺りで、魔族軍と合流。
ギリウスさんとリアさんが、がっちりと握手を交わす。
そのあとは、凱旋パレード用に陣形を組んだ。
白い鎧を着たペルネ姫と、バルバリオが並んで先頭に立って、その後ろにカミルとストラ、ギリウスさんにサーブさんって並びだ。
それからバルミラード軍、スティージュ軍、コルキューテ軍が続いて、大通りをまっすぐ王城まで進むみたい。
ちなみに先頭の主要メンバー、全員馬に乗るんだってさ。
勇者として私も参加しなきゃいけないみたいで、パレードしない非戦闘員たちとはここでお別れ。
つまり、ベアトたちともいったんお別れだ。
「……っ」
ベアトがなぜだか不安そうに、私のことをじっと見てくる。
そでを控えめにつまみながら、上目遣いで。
「なんて顔してんの、まるで今生の別れみたいに。パレードが終わったら、すぐ会えるんだからさ」
「うふふっ。……何も知らないで、本当に今生の別れなのに」
「……ん? ジョアナ、今なんか言った?」
よく聞こえなかったよ、小さくボソッと言ったけど。
「なんでもないのよ。さ、キリエちゃん。本当にもう会えないかもしれないんだから、この勢いでベアトちゃんにも告白しちゃいなさい!」
「意味わかんないし……」
会えないわけないじゃん。
危険な場所に行くわけじゃないし、危険な敵が残ってるわけでもないんだから。
「……姫様。いや、ベルさん、か」
馬の荷台に作られた簡易ベッドに寝かされた、影武者ベル。
彼女にずっと付き添ってたイーリアも、ペルネ姫の近衛騎士として凱旋の行進に参加する。
すっかりベルに情が移ってるみたいだけど、あんたの本来の役目、忘れてないよね。
「すまない、すぐに戻るから……。行ってくる」
もうアイツ、誰の騎士だかわかったもんじゃないな……。
眠り姫に声をかけてから、列の先頭、ペルネ姫のところにむかっていった。
「……やれやれ。それじゃあベアト、私も行ってくるから。ちょっとだけ遅くなるかもしれないけど、祝勝会のパーティーでまた会おうね」
「……っ」
軽く頭をなでてから、手をふるベアトに見送られて私も列の先頭へ。
場所はギリウスさんの隣。
用意された馬にヒラリと乗って、深いため息をつく。
勇者サマは目立つところにいなきゃダメだって。
ガラじゃないんだけどな、英雄扱いで歓声受けるとか……。
「皆、身だしなみはきっちりと整えたか? 戦いのあとだからとて、だらしない姿を民衆にさらすなよ!」
ギリウスさんが一声かけてから、白い馬に乗ったペルネ姫に采配用の棒を渡す。
となりで黒い馬に乗っているバルバリオが、なんで俺じゃないんだって顔してるけど、民衆の人気を考えたら当然だと思うよ?
……さっきの砦での活躍は、ちょっとだけ見直したけどさ。
「ではペルネ姫、どうぞ」
「ええ。では皆さん、参りましょう」
先頭のペルネ姫が采配を振って、イーリアが馬の手綱を引いて歩きだす。
ペルネ姫の乗った馬に続いて、私たちもゾロゾロと続く。
行進の進む先は、王都の南門だ。
○○○
あの日、タルトゥス軍に追われて逃げ出して以来の王都ディーテ。
南門をくぐった私たちを出迎えたのは、割れんばかりの大歓声。
王城にまっすぐ続く大通りのワキに、ぎっしりと人が詰めかけて、ペルネ姫や私たちを大歓迎してくれている。
「…………」
王城にむけて、ゆっくりと進む行列。
正直なところ、びっくりしてる。
ペルネ姫やギリウスさんだけじゃなくて、私にも歓声が飛んできてるってことが。
勇者様ありがとう、とか。
勇者様バンザイ、とか。
そんな風に扱われても、どんな反応すればいいのかよくわかんないよ。
じっさいにブルトーギュを討ったのは私だって、タルトゥスに宣戦布告した時に発表されてたわけだけど、まさかこれほど英雄扱いで大歓迎されるなんて。
「……どうした? おかしな表情をして」
となりで馬に揺られながら、民衆に手をふるギリウスさん。
私の様子に気がついて、声をかけてくれた。
「いや……、私への歓声にどう答えればいいのか、さっぱりわかんなくて……」
ペルネ姫みたいに笑いながら小さく手をふったり、バルバリオみたいに両手を大きくブンブン振ったり。
そんなの私のガラじゃないし、そもそもうまく笑えないし。
「簡単なことだ。ただ手をふってやれ。お前への声援に手をふって答える、それだけでいい」
……そっか、それだけでいいんだ。
ちょうど私に声援を飛ばしてくれた、小さな女の子。
その子にむかって軽く手をふってあげると、満面の笑顔で両手をぶんぶん振り返してくれた。
「……あんなに嬉しそうにしてる。こんな無愛想で血なまぐさい勇者なのに」
「ここにいる人たちにとっては、無愛想でも血にまみれていても関係ないさ。お前はまぎれもなく、この国を救った英雄なんだからな」
私なんかが英雄扱い受けて、ホントにいいのかな。
復讐のために、ただひたすら人を殺してきただけなのに。
凱旋のパレードは、ゆっくりと王城へむかっていく。
むずがゆいような、なんとなく落ち着かない気分の中で、私は声援に手をふり返していた。
城門を抜けて、お城の前の広場にたどりつく。
最後尾の最後の一人が城門をくぐるまでパレードは続くけど、もうすでに広場は兵士さんたちでいっぱいだ。
このままじゃ入りきらないからね、みんな少しずつお城の中に入ってってる。
それにしても大混雑、これじゃあ誰かがいなくなってもすぐにはわからないな。
「キリエちゃん、キリエちゃん」
ぎゅうぎゅう詰めな人ごみの中、とんとん、肩を叩かれる。
誰だ、なんて考えるまでもないよね。
「……ジョアナ。例の場所、今から?」
「ええ。すぐに行きましょう」
神託者ジュダスを捕まえてるっていう、王都の北にあるレジスタンスのアジト。
そこまで案内してくれるって約束だもんね。
人ごみにまぎれて、私とジョアナは西門へとむかう。
抜け出たことを、誰にも気づかれることなく。
○○○
王都を抜け出て、北に流れるアローナ川の橋を渡って、森の中をジョアナについて歩いていく。
街からはかなり離れちゃったけど、まだ着かないのかな……。
「ジョアナ、アジトまでまだかかる?」
「もう少しよ」
さっきからそればっかり。
ジョアナのこと信じてるし、文句は言わないけどさ。
けもの道ですらない茂みをかき分けて歩き続けたら、なんと森を抜けてしまった。
目の前には、見渡すかぎりなにもない平原。
街道も通ってなければ村や町も見当たない。
もちろんアジトなんて、どこにもありゃしない。
「……ねえ、ジョアナ。もしかして、道間違えた?」
「んー、この辺りでいいかしら」
私の質問をスルーして、周りをキョロキョロ見回すジョアナ。
なんだか様子がおかしい。
ホントにアジトに案内するつもりあるのか?
「ねえってば。神託者がいるアジトってどこなのさ」
「あら、アジトなんて存在しないわ。それに、神託者ならここにいるわよ?」
「……は?」
ジョアナが軽やかにステップを踏んで、自分を指さしながらこっちをふり向く。
そして、優雅におじぎをしながらこう名乗った。
「改めましてキリエちゃん、はじめまして。私はジョアナ、またの名を神託者ジュダス。あなたが追い求めていた最後の仇よ」