15 乱戦の中の一対一
周りの騎士たちは、レジスタンスのメンバーが引き受けてくれてる。
強そうな細身の男は、リーダーとレイドさんの二人がかりで抑え込んでる。
そして私は、コイツと一対一だ。
「わたしが死ぬ? 殺せるというのか、キミが」
「そう言ってんじゃん」
正直言って、今の私は頭に血が上ってる。
知ったような口利いて、私の何を知ってるってんだ。
個人に恨みがあるわけじゃないけど、ぶっちゃけ殺してやりたい。
根元で鍔迫り合いしている状態から、剣を手前に引く。
ギザギザの部分に、敵の剣をひっかけるために。
「その程度の腕前で、殺れるとは思えないな!」
当然、敵は折られる前に剣を引いた。
あと、私をナメてることもよくわかった。
どっちも好都合だ。
ソードブレイカーには、普通の刃もついてる。
しかもこれは、肉厚の刃で造られた重くて長い特別製、攻撃力もかなり高い。
そして私の身体能力も、魔物狩りでかなり上がってるはず。
「そう思うんなら、勝手に思ってろ!」
峰を返し、刃を向けて斬りかかる。
リーダーから剣術も教わった。
もう素人じゃない、ただの村娘じゃない。
立派に戦えるってこと、思い知らせてやる。
右手に握り直した剣を、斜め下から斬り上げる。
ブオン! と風を切る音がした。
そう、切ったのは風だけだ。
しっかりとこっちの太刀筋を見て、後ろへのステップで回避された。
「コイツっ……!」
踏み込みながら、何度か剣を振るう。
けど当たらない。
縦斬りは左右のステップで。
横振りは飛び跳ねられて避けられる。
騎士鎧着てるくせに、私より身軽だ。
ナメてたのは私の方?
そんなん認めてたまるか!
「安心したよ」
「何がっ!」
「その程度では、わたしは殺せない」
「だからどうした! 私は、ブルトーギュさえ殺せればそれで……っ!」
なんでコイツ、上から目線で偉そうなんだ。
湧き上がる怒りに任せて、大振りの攻撃を繰り出した。
繰り出してしまった。
斜めに打ち下ろした剣は、やっぱり空を切って。
敵の前で、大きく隙を晒した私。
ちょっと頭に血が上り過ぎてたみたいだ。
(しまったなぁ、やっちゃった、これ)
側面に回り込んだ相手が、騎士剣を振りかぶって、私に斬りかかる。
パチィィン!!
肩に来た衝撃は、ビンタよりも鋭い痛み。
聞こえたのは斬撃音じゃなく、肌を思いっきり叩かれた、甲高い音。
肩を、峰打ちで、思いっきり叩かれた。
「いっ……たぁ!」
斬られなかった、手加減された。
私の話を聞いて、同情されたのか。
それとも姫様についての挑発、とっくにブラフだって気付かれてたのかな。
どっちにしてもご立派なもんだよ、騎士サマってのは。
「どうだ、少しは頭が冷えたか」
……ふぅ。
確かにね、復讐否定されてカッとなってた。
冷静さを欠いてたよ。
私たちの襲撃は失敗した、ここに長居は無用なんだ。
いくらムカつくからって、こいつを殺しても私にはなんの得もない。
「うん、ちょっと頭が冷えた。それに関しては感謝するよ」
「そうか。……復讐は、やめるつもりはないのか?」
「——当たり前だろ」
しつこい。
イラつきを覚えながらにらみつける。
「……わかった、決意は固いのだな。ならばもう何も言わない。だが、王家に仕える騎士として、キミをこのままにも出来ない」
「もう言葉は不要でしょ。さ、続きしようよ」
正直なところ、今は早く逃げたい。
けど、リーダーたちを置いて逃げるわけにもいかないし、コイツも逃がしてくれなさそう。
あと、肩を殴られた分を返してやりたい。
大きく踏み込んで、小さく剣を振っていく。
隙をさらさないように、リーダーの教えを思い出して。
相手は先ほどと変わらず、ひらりひらりと避け続ける。
私の攻撃を剣で受け止めず、回避に専念しているのは、この剣の特性を警戒してるからなのか、それとも私の隠してる能力の方を?
(反撃して来ないのも、うっかり攻めたら剣を折られるから、だろうね)
かと言って受け身で待ってたら、いつまでたっても剣を折らせてくれない。
なんとか意表をついて、こっちから剣を折りにいかないと。
(……使えそうなもの、足下にいっぱいあるし、ね)
今の季節が冬で、本当にありがたいよ。
私の武器が、いっぱい落ちてるんだから。
小さな振りの攻撃を続けて出して、相手に攻撃しかしてこないと意識させる。
何度も回避されたところで、私は剣を大きく振りかぶった。
「うぉりゃああぁぁっ!」
おまけで声を張り上げて、いかにも勝負を賭けるって感じを出してやる。
思った通り、大振りの攻撃が来ると思った相手は、先に軌道を予測して大きく後ろに跳んだ。
「……なーんて」
「な、なんのつもりだ!?」
いや、そりゃ驚くっていうか困惑するよね。
剣を振りかぶったと思った私が、突然足下の雪をささっと拾って丸めるんだもん。
うん、冷たい。
けどこれ、今からすっごく熱くなるよ。
「おちょくっているつもりなら——」
「私はいつでも、大真面目だッ!」
魔力をちょいと注入して、雪玉を投げつける。
まあ、普通は避けないよね。
どう見ても危なくないもん。
まさかこれが攻撃だとは思うまい。
思った通り、相手は左手で雪玉を払いのけた。
「真面目にやっているようには見えないが?」
「今にわかるって」
左の手にびっしりついた雪玉の破片。
時間差で沸騰するように仕掛けておいた魔力が発動し、溶けてぽこぽこと泡立ってきた。
「なっ、熱い、だとっ!」
そりゃ熱いでしょう、雪玉が突然熱湯に変わったんだ。
左手を火傷して、怯んで隙を晒した騎士さんに、一気に距離を詰める。
無防備な右手の剣に、峰のギザギザを絡ませて。
「しまっ……」
剣をひねれば、その名の通りソードはブレイク、
「……?」
しない。
折れない。
ビクともしない。
騎士剣の刀身を、見覚えのある透明なもやもやが包んでる。
「練氣・硬化刃……!」
マジか、この騎士さんもこれ使えるのか。
レンキってやつ。
「正直なところ、見くびっていたよ。これを使うことになるなんて思わなかった。それに、まだ何か隠してるだろ?」
「……どうかな。そっちこそ、まだ何か隠してない?」
動揺は見せず、意味深に。
私の存在は知られて結構、だけど私の能力は知られたくない。
これ以上手の内を見せたくないんだ、……お互いさまっぽいけどね。
さーて、どうしようかな、なんて思っていると。
「お前ら、撤退だ!」
リーダーの号令が響いた。
そっちを見ると、細身の男が逃げていくところ。
どうやら撃退に成功したみたい。
「……ってなわけで。騎士さん、これ以上は遊べないみたい」
周りで戦ってたレジスタンスのみんな、撤退命令が出たとたんにスタコラ逃げてった。
逃げ足早いな、リーダーも含めて。
「そうか、残念だが深追いはするなと命令されている」
ガギィッ!
お互いに剣を弾き合って、一歩後ろに飛び、少しの間にらみ合う。
「それと、私は騎士さんじゃない。最初に名乗っただろう、イーリア・ユリシーズだ」
「私も勇者殿じゃない、キリエだよ。それじゃあね!」
背中を向けて逃げ出す。
深追いしないって言葉通り、騎士も兵士も誰も追いかけてはこなかった。
しばらく走ってリーダーに合流。
見たところ、みんな大きなケガはしてないみたい。
重傷なのは、あのやせた男に斬られた三人くらい。
カインさんとレイドさん、あとリーダーがそれぞれおぶってる。
「……こいつはちっと厄介なことになったな」
「厄介って、さっきの男のこと?」
確かに強かったっぽいよね、レイドさんと二人がかりなのに結局倒せなかったし。
「まあ、アイツも含めて、だな。ヤツはリキーノ、凄腕の暗殺者だ。裏の世界では名の通ったヤツだが、王国の犬になるたぁ笑えるぜ」
「含めてってことは、他にもあるんだよね」
「襲撃がバレていた、ということでしょう?」
口を挟んできたのはジョアナ。
着ている服はかなりボロボロだ。
戦闘中は目立った活躍してなかったけど、ちゃんと戦ってたみたい。
「へっ、大した自信だな、ジョアナ。てめぇの情報が間違ってたとは、これっぽっちも疑ってねぇときた」
「間違いようがないんだもの。私の情報は、風が運んできてくれるのだから。そうでしょう?」
風って、いったいなんのことやら。
風のウワサとかそんな感じ?
とりあえず、リーダーもジョアナのせいとは思ってないみたい。
「ま、そうだろうな。と、なると、考えたくはねぇんだが、一つの可能性に嫌でも行き当たる」
「私たちの中に、情報を流した裏切り者がいる。そんな可能性ね」