149 終止符
「ごぱっ……!」
腹を刺しつらぬかれて、手にした剣をカラン、と落とし、口から盛大に血を吐き出すタルトゥス。
嬉しいよ、お前のこともずっと殺してやりたいと思ってたから。
「この俺が……ァ、あんな、能無しの……、お飾りの王などに……ぃ……っ!」
「うん、そうだよ。あんたが負けた相手はバルバリオ。つまりお前はアイツ以下ってこと」
急所をブチ抜かなかったのは、即死させちゃもったいないから。
たっぷりと敗北感を味わってから死んでいただかないと、きっとみんなの無念が晴れないよね。
「違う……っ、違う……ッ! 俺は……っ、がはっ……! 正しき王として、……れ、歴史に、名を残す……っ」
「たしかにあんたの名前、歴史に残るだろうね。無謀な反乱くわだてて、勇者サマたちに討伐されたアホとして」
「だ、だま゜れっ……!! 貴様も、……ごぱっ! 貴様も俺と、同じだ……っ! あの女に利用され、殺され……るっ」
「……はぁ?」
あの女ってどの女だよ。
どうしよう、詳しく聞いてみようか……。
「キリエちゃん!」
その時、城壁の下からジョアナが声を張り上げた。
「いつまでいたぶってるの、さっさと殺っちゃいなさい。またみんなにドン引きされるわよ」
……うん、耳が痛いかぎりだよ。
タルトゥスの投げ捨てた『正しさ』ってやっぱり大事。
ここは城壁の上、今の私は全軍の注目のマトだ。
必要以上にいたぶると、こっちの正しさがゆらいじゃうか。
「……わかった。つーわけでタルトゥス、あんたとのお話はこれでおしまい」
腹から一気に剣を引き抜く。
「ぐぼぁ……っ!! ……貴様は、貴様はなにも、知らない……っ!」
よろよろとよろめきながら、二、三歩後ろに下がるタルトゥス。
どうせならハデにブチ殺した方がいいよね。
体をくるりと一回転して、両手でにぎった剣に勢いを乗せて、思いっきり首に叩きつけた。
ドガァッ!
「ぐぎゃっ……!」
力任せに首を叩き切る。
斬った、というよりぶん殴ったみたいな音がして、断ち斬られた首と身体がいっしょに城壁の外へブッ飛んでいった。
身体はそのまま砦の外側へ、真っ逆さまに落下。
地面に叩きつけられて、グシャ、とつぶれて血をまき散らした。
で、首の方だけど、こっちもくるくる回りながら飛んでいく。
このままじゃつぶれたトマトみたいになっちゃうから、【水神】の力で水のボールを作って飛ばす。
目ん玉ひんむいたタルトゥスの首を水球に包んで、ぷかぷか浮かべながらギリウスさんの方へ。
あの人の上まで運んでから水を弾けさせ、手をかざしたギリウスさんがタルトゥスの首を鷲づかみ。
全員に見えるように掲げながら、高らかに勝利を宣言する。
「大悪党タルトゥスは勇者の手によって討たれた! この戦、我らの勝利である! 皆の者、勝ち鬨を上げよ!」
「「「っうおおおおぉぉぉぉぉおおぉぉぉおぉぉぉっ!!!!」」」
地響きみたいな歓声が上がって、兵士さんたちがそれぞれの武器を高々と突き上げる。
砦の外はすごい盛り上がりだ。
静まり返ってる中とは違って、ね。
砦の中の王国兵さんたち、どことなく気まずそうな、居場所がなさそうな顔してる。
最初の攻撃で死者が出ちゃったこと、引っかかってるんだろうな。
アレは全部タルトゥスのせいだし、誰も気にしてないと思うけど。
「お前ら、えんりょなんかするな!!! お前らも俺といっしょに勝ち鬨を上げろ!!!」
おっと、でっかい声。
城壁の下から、バルバリオが砦の中にむかって声を張り上げてる。
「お前らは王国兵だろ!! お前らのアタマは俺だろ!! だったらお前らは俺の兵だ!! 俺がいいって言ってるんだから、お前らはえんりょせず勝ち鬨を上げるんだ!! 勝ったのはお前らだ、俺たちだ!!」
バルバリオの言葉に、兵士さんたちも心を動かされたみたい。
アイツ、ホントに王の器ってヤツが芽生え始めてるのかもしんないな。
それでも、本当に参加していいのかって空気があって誰も踏み出せない。
誰かが始めるのを待ってる感じだ。
そんな中、タルトゥスに剣を突きつけられてた兵士さんと目が合った。
「……いいと思うよ、私は」
私の一言で、決心がついたみたい。
その兵士さんはうなずいた後、砦の中にむかって呼びかけた。
「バリオ陛下のおっしゃる通りだ、誰に遠慮することがある! 俺たちはタルトゥスに勝った! 勝ったんだ!」
この言葉に、一人の兵士さんがそうだ、と声を上げる。
また一人、さらに二人、四人とどんどん広がっていって、最後には砦中の兵士さんたちが武器を高々と突き上げて、勝ち鬨を上げた。
砦の中と外で、空気を揺るがす大合唱。
タルトゥス軍との長かった戦いが、やっと終わったんだと実感する。
……いや、終わったのはタルトゥスとの戦いだけじゃない。
ブルトーギュを倒すための戦い。
暴君を討って自由を取り戻すための、リーダーやギリウスさんたちレジスタンスの戦いに、今、やっと終止符が打たれたんだ。
○○○
陣地を片付けて、いよいよ進軍開始。
これから山を越えて、王都ディーテへ凱旋だ。
勇者サマは片付けとか力仕事にいろいろと引っ張りだこ。
出発するまで大忙しでベアトに会えなかったけど、これでやっとあの子に会える。
列の後ろの方、非戦闘員たちのいる方にむかっていくと、見つけた。
ベアトとメロちゃん、トーカに、それからジョアナだ。
「……っ、……っ!!」
同時に、ベアトも私をみつけたみたい。
すごい勢いで走ってきて、ぎゅっと飛びついてきた。
「ただいま、ベアト。無事に戻ったよ」
「……っ♪」
胸元に顔をすり寄せるベアトを、そっと抱きしめ返す。
いつものことながら、この子がいるとホッとするな。
心の疲れにヒールがかけられていくみたい……。
「お姉さん、お帰りです! ……あの、あたいらのことも忘れないでくださいね?」
「ムダだって、メロ。コイツベアトしか見えてないから。……っていうか、珍しく無傷だな」
そう、今回の私、なんとノーダメージ。
いっつもボロボロのズタボロでベアトに心配かけてるけど、今回はベアトのにっこり笑顔を曇らせずにすんだ。
強くなってこの子に心配かけないって目標、やっと達成できたかな。
「ルーゴルフの強さを吸って、かなり強くなれたみたいなんだ。これからはベアトに心配させずにすむかもね」
治癒魔法をムリに使って、この子の体に悪影響が出たら嫌だし。
あの時、ルーゴルフの【使役】から脱出した時、膨大な魔力をふりしぼった結果、ベアトは聖女の力に目覚めてしまった。
だったら、魔力を使えば使うほど悪化する可能性は考えられるよね。
「……ねえ、ベアト。正直に答えてね」
「……?」
一応、トーカから大丈夫だって聞いたけど、この子が頑張って辛いのを隠してたのかもしれない。
きちんと確かめておかないと。
「ベルに治癒魔法かけた時、体なんともなかった?」
「……っ!? ……、……っ」
一瞬びっくりしたあと、ふるふる、と首を左右にふって否定した。
なるほど、今のでわかったよ。
私とベアトは以心伝心、言葉がなくてもある程度わかる。
なにか、異変があったんだ。
「……そっか、わかったよ」
別に、この件に関してトーカたちを責めるつもりはない。
だけど、この子に治癒魔法を使わせるのが危険だってわかったからには、これまで以上に気を付けなきゃ。
「はいは〜い、お取り込み中悪いんだけど、いいかしら」
……なんかジョアナがいきなり割り込んできた。
私に抱きついてたベアトをやんわり引き剥がして。
話終わったとこだし、別にいいけどさ。
そのまま私の耳元に顔を寄せて、こそこそと耳打ち。
「王都に到着したら、こっそり抜け出しましょう。王都の北の方、郊外のアジトに神託者を捕らえてあるから」
……これはまた、血なまぐさい逢引の持ちかけだね。
上等だよ。
神託者ジュダス、最後の仇。
ギリウスさんたちが一つの戦いを終えたんだ、今度は私が終わらせる。
ヤツを血祭りに上げて、復讐の戦いを終わらせるんだ。