148 アタマ
この野郎、勝ち目がないと見るや砦中の兵士さんを人質に取りやがった。
なにが正しさを追求する男だ。
自分の命がいちばん大事なただのクズじゃんか。
「俺の正しさを証明することは、もはや不可能となってしまった! 部下の将たちが、どいつもこいつも役に立たない口先だけのゴミばかりなおかげでねぇ!」
「この野郎……っ!」
思わず飛び出そうとする私を、ギリウスさんが制する。
今出ていっても、タルトゥスを殺す前に剣を突き付けられてる人が殺されちゃうって言いたいんでしょ?
勇者がおおっぴらに王国兵を見殺しにしたとあっちゃ、色々と示しがつかないって政治的な話。
わかってるよ、私だって……。
「だが、この大陸での証明が不可能となっただけだ! 誰も知らない、どんな国があるかもわからない、東の果てにあるという大陸! そこでなら一からやり直せる! 俺の名を正しき王として歴史にきざめるんだぁーっはっはっはっはぁっ!」
寝言を吐き散らかしてるゴミはもう放置。
アイツの口から吐き出される内容を真剣に聞いてても、殺意が膨れ上がるだけだ。
「ギリウスさん、どうする? 砦の中、全員人質に取られてる状況だけど……」
「最善の方法は、砦内の兵たちが反乱を起こすことだ。何人かは犠牲になるだろうか、混乱が生じさえすればいい。その瞬間にお前が飛び出せ」
「……っていっても、タルトゥスも強いんでしょ、一般的な魔族の将くらいは。王国軍の兵士さんたちじゃ、束になっても敵わない。見てよアレ、すっかりビビっちゃってる……」
城壁の上にいる兵士さんたち、タルトゥスに歯向かおうなんて気は一切ないみたい。
当たり前だよね、無理やり連れてこられてるんだもん。
それだけでも気分どん底なのに、命をかけて反抗なんてとてもムリだよね。
「ねえ、例のアレ、今こそ使いどきなんじゃない?」
けっきょく使わず終いだった最終兵器、【使役】。
こっそり使っちゃえばバレないし、面目を保てるんじゃ……なんて悪い考えだけどさ、私たち、正義の味方ってわけじゃないからね。
「……やむを得ん、か」
「やって。犠牲は私が最小限に食い止めるから」
【使役】で兵士さんたちを操って、暴動を起こさせる。
ある程度強いヤツには効きが悪いらしいから、タルトゥスを直接操ったりはできないけどね。
タルトゥスは当然驚いてスキをさらすだろうから、一気に近づいてブチ殺せるはず。
「……許せよ」
ギリウスさんが腕輪をにぎり、ギフトをコントロール下に置く。
そして、【使役】の魔力を解き放った。
「……どうだ」
これで暴動が……。
暴動が……?
「なんにも、起きない……?」
状況、全然変わらない。
相変わらず兵士さんたちは怯えたままで、タルトゥスもキモいニヤニヤ笑いを浮かべたまま。
「うはははっ、あーっはっはっはっはっ!!」
うわ、またなんか笑いだした。
「大変残念なお知らせだが、この砦には魔力障壁が張ってある! ある程度までの魔力ならシャットアウトする、マジックアイテムの一つさぁ! 奪われたギフトの対策を、この俺がしていないとでも思ったかぁ!!」
……マジか。
【使役】が効かないんじゃ、もう本当に手がないじゃん。
「ギリウスさん、どうする……? まさかアイツの要求、飲んじゃったりしないよね?」
「む、むぅ、しかし……」
冗談じゃない。
リアさんに誓ったんだ、アイツの首をねじ切ってやるって。
このままおめおめと逃がしちゃったら、あの人になんて顔向けすりゃいいんだよ。
「あはははははっ、もはや万策尽きたようだなぁ!! 俺一人にここまで怯えるとは王国兵、とんだ腰ぬけ揃いだぁ!!!」
ゴミ野郎め、もうこの大陸に用がないからってゲスな本性惜しげもなくさらしやがって。
けど、もう本当になにも手段は……。
「それは違うぞ、タルトゥス!!」
……ん?
この妙にでかくて頭の悪そうな声は……。
「……おやぁ? これはこれは、バリオ・バルミラード陛下ではございませぬか」
そうだよ、バルバリオだよ。
馬に乗って立派な鎧を着けた総大将サマだよ。
あんたなんで私の横にまで出てきてんの。
「貴様ごとき無能がぁ、今さらなにをノコノコやってきたぁ!」
「今のお前のセリフ、取り消してもらいにきた!!」
「取り消すぅ? 王国兵が腰ぬけ揃いだというアレをか? 笑わせる、現にこいつらは俺一人を相手に、なにも出来ずに縮み上がっているではないか!」
「それは違う!!」
……なにを言うつもりなんだろ。
ギリウスさんの顔をチラっと見たら、静観しろと目が言ってる。
うん、とりあえず黙って様子をうかがってみよう。
「そいつらは今、ついてくべきアタマがいないだけだ! お前はそいつらのアタマじゃないだろ!!」
「ほう、アタマときたか。この腰ぬけ共も、仕えるべき将や主君がいれば勇敢に戦う。お前はそう言いたいのか?」
「そうだ!! そいつらは王国兵だからな!!」
バルバリオのムダにデカイ声、いつもはうっとうしいけど今は頼もしいかも。
デカイから遠くまで届くし、タルトゥスだけじゃなく城壁の上や砦の中の兵士さんたちにもきっと聞こえてる。
「お前ら! 王国が滅んだと思ってるだろう! だが違う、王国は滅んでなんていないんだ!! 聞いて驚け、バリオだなんて名乗っているが、俺は実はバルバリオだ!! デルティラード王国第四王子、バルバリオなんだ!!!」
うん知ってる。
たぶんそれみんな知ってるよ。
「アタマをなくして困ってるなら、俺がアタマになってやる!! お前らのアタマになって、ひっぱってやる!!」
城壁の上にいる兵士さんたちの表情が、少しずつ変わってきた。
魂が抜けたような顔から、だんだんと勇ましい感じに。
これは、もしかしたら……。
「ソイツは、タルトゥスは敵だ!! 王国を乗っ取ろうとする敵だ!! 俺がアタマになるから、お前らは俺の手足になってくれ!! ソイツをいっしょに倒そう!! デルティラード王国を、俺たちの手で取り戻すんだ!!!」
言いたいこと、全部言い終わったみたい。
さて、どうなるか。
「……そうだ。俺たちは王国兵だ」
「バルバリオ様が、ペルネ様が帰ってきたんだ。ならば俺たちは……」
「俺たちの使命は、王国を取り戻すこと……!」
ウソ、マジで行けた!
信じられない奇跡に、思わずギリウスさんと顔を見合わせる。
この人のここまで驚いた顔、はじめて見たかも。
「な、なんだと……? おい、貴様ら! 殺されたくはないだろう! 命は惜しくないのか!」
「……俺の命など……っ!」
人質にされてた兵士さんが、タルトゥスが動揺したスキをついて拘束から抜け出した。
「新しい王国のためなら、いくらでもくれてやる!」
「きっ…………さまらああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
その兵士さんに、激昂して叫ぶタルトゥス。
ワンテンポ遅れて、怒りのままに剣を抜いて襲いかかるけど、もう遅いよ。
それだけの時間があれば、今の私には十分なんだ。
——ドスッ!!
「が……ッ!!」
剣を抜いて、城壁まで飛び上がって、薄汚いゴミ野郎の腹に真紅の刃を突き刺すにはね。