147 降伏勧告
トーカの魔導機竜のおかげで、あっという間に東の陣地へ帰還。
盆地の外側の霧は、かなり先まで見通せるくらい薄くなっていた。
内側の方も、もう少ししたら晴れるかな。
ガーゴイルから飛び下りて、本陣にあるテントの中へ。
机にむかって地図とにらめっこしてたギリウスさんが、私たちに気づいて立ち上がる。
「キリエ、戻ったか。魔族軍はどうだ?」
「リアさんは無事だよ。あの人、私が来る前にモルドをやっつけててさ。ただ、ガープさんが討ち死にしちゃってたけど……」
「そうか……」
「兵士さんたちの方も、リアさんたちが頑張ってくれて被害は最小限。タルトゥス側の兵士もほとんど降参したし、むこうはもう心配いらないよ」
「うむ、ご苦労だったな。ガープ殿は残念だが、これで我らの勝ちは決定した」
満足そうにうなずくギリウスさん。
そうだよね、この状況をひっくり返すことができないなんて、私でもわかるもん。
タルトゥスのヤツ、作戦が失敗したって知ればさすがに降参してくるはず。
「お前からもらったコレも、結局出番は来なかったな」
黒い勇贈玉のハマった腕輪を、ギリウスさんが見せてきた。
【使役】のギフト。
私がむこうへ行く前にあずけたヤツだ。
「あんなもの、使わないのが一番いいよ。ギリウスさんだからあずけたけど、ちょっと危険すぎる代物だし」
「そうだな。……コイツに限らず、パラディの至宝である勇贈玉の今後の扱いについても、この戦いが終わったらしっかりと考えなければいかんな」
……言われてみれば、アイツらこの玉取り戻すために難癖つけてきそうだな。
王国やスティージュ的には、パラディとケンカなんて勘弁だよね。
私としては【水神】や【機兵】が使えなくなるなんてゴメンだし、パラディとケンカする気満々なんだけど。
「だが、今は砦の陥落が優先だ。ジョアナ、ストラやサーブたちを呼んできてくれ」
「はいはーい、もう連れて来たわよー」
はやっ!
手をふりふりしながら、ストラたちを連れたジョアナが戻ってきた。
私がギリウスさんと話してる間に、とっくに呼びに行ってたみたい。
相変わらず頼れるヤツ。
「キリエ、お疲れっ」
「うん、あんま疲れてないけどね」
私の前までやってきたストラが、右手を頭の上あたりでかざす。
「……なにやってんの」
「ハイタッチ。ノリ悪いな、付き合ってよ」
「いやいや、なんでそんなこと……」
軽くため息つきながら、ぺちんとハイタッチしてやった。
こうすりゃ満足なんでしょ、まったく……。
「なんだかんだで付き合ってくれるキリエ、あたし嫌いじゃないよ」
「そりゃどーも」
ちょっとフランクすぎるよ女王様。
ここならテントの中だし見えないけど、兵士さんたちがいるとこではやめようね。
ペルネ姫はトーカの方に行って、どうやらベルについての話をしてるみたい。
「……そう、ですか。よかった……」
「もう心配いらないから、お姫様はしっかり自分の役割に集中してくださいよ」
「もちろんです。王都の民が、私の帰りを待っているのですから」
さすが、本物のお姫様。
すっかり『ペルネ姫』に戻ってるし、今はメイド服じゃなく白の鎧を身に着けてる。
王都に凱旋する準備バッチリって感じ。
「おいギリウス! やっと砦を攻めるんだな! 俺に全部まかせておけ!」
「下がってろバリオ兄ぃ! ここは僕の華麗な策で——」
「はい、お二人はストラ様といっしょに少し後ろの方で見ててください」
サーブさん、もう馴れたもんだね……。
自己主張の強いバカ二人を軽くあしらってから、ギリウスさんの前へ。
「ギリウス殿、いよいよですか」
「あぁ、降伏を勧告する。タルトゥスもバカではない、勝ち目のない戦いだとすぐに理解するだろう。そしてヤツは、華々しく討ち死にするような性格もしておらん」
「自害、もしくは素直に降伏。あなたはそう見ているってワケね」
「どう転ぶかは分からんが、まずそうなるだろうと思っている。どちらにしろ、砦の前に出ればわかることだ。進軍の準備を急ぐぞ」
ギリウスさんの号令で、みんながテキパキ動きはじめた。
ホント、このまま何事もなく終わればいいんだけどね。
……でも、タルトゥスがいさぎよく降参、なんてどうにもイメージ浮かばないのは私だけだろうか。
「キリエ、残念だったな」
「……なにが」
トーカがひじでつんつん、と小突いてきた。
なぜかニヤニヤしながら。
「ベアトとイチャイチャするヒマがなくってさ」
「…………」
……そんなんじゃないっつってんだろ。
○○○
ギリウスさんと私が先頭に立って、軍を進めて砦の前へ。
ついさっきと、まったくおんなじ流れだけど、あの時とは状況がぜんぜん違う。
これは戦うためではなく、降伏をうながすための進軍。
兵士さんたちに張りつめたような緊張感があんまり感じられないのも、そのせいだろうな。
「全軍、止まれ!」
ギリウスさんの指示で、進軍停止。
弓が届かないギリギリの範囲で兵士さんを止めて、私とギリウスさんが並んで砦に近づく。
十分に声がとどく距離まで近づくと、
「タルトゥス殿、我が名はギリウス・リターナー、スティージュ王国の騎士団長である! 貴殿と話がしたい、返答を求む!」
ギリウスさんが声を張り上げた。
対して、見張りの兵士さんが取り次ぐまでもなく、
「これはこれは、懲りずにまたいらっしゃったか、ギリウス殿」
すぐにタルトゥスが城壁の上に現れる。
まるでこっちを待ってたみたいに。
「して、用件とはなんだろうか。まさかこの俺に降伏せよなどと、バカげた内容ではあるまいな」
「その通りだ」
人を小馬鹿にしたような態度のタルトゥスに、ギリウスさんは堂々と事実を突き付ける。
「貴殿がしかけた策は、ことごとく失敗に終わった。頼みのルイーゼ、モルドともに討たれ、コルキューテ軍は健在。こうなれば貴殿に勝ちの目はない。いさぎよく降伏することを強く勧める」
「……そうか、そうかそうかぁ! うははははっははははははっ!!」
うわ、なんだアイツ。
ショックすぎて気が狂ったのか?
「知っている! 知っているさ既になぁ! だが、だがぁっ、降参だとぉ? 降参などするわけがないッ!」
「……少々驚きだな。貴殿は物分かりのいい人物だと思っていたのだが。このまま矢も食糧も付き果てるまで、罪のない王国兵を道連れに戦い続けるというのか?」
「それも違うな。俺はムダが嫌いなんだ、勝ち目のない無駄な戦いなどするものか。……なぁギリウス、スティージュは海に面した国だったなぁ。造船技術も発達しているはずだ」
「……ムダが嫌いな貴殿のことだ、無意味な世間話ではないのだろう? 要求があるのならハッキリと言ったらどうだ」
ギリウスさんの問いに、タルトゥスはニヤリと顔をゆがめる。
「外海を航行可能な船を一隻、優秀な船員を沿えて提供していただきたい。この大陸の外へ渡れるほどの船をな。断れば、どうなるかわかっているだろう?」
手近な場所にいた王国兵を引き寄せ、喉元に剣をつきつけながら、あのクソ野郎、とんでもないこと言いだしやがった。