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146 狂気の皇子




 リアさんはまず、逃げちゃった非戦闘員の捜索部隊を編成して、探しにむかわせた。

 残った兵士はその場に待機。

 影武者ベルを失った今、ペルネ姫が王都を取り戻したってことにはできないからね。

 コルキューテ軍の進軍は、ここでひとまずストップだ。


「負傷者はこっちに運べ、ヒールポーションの備蓄が少しは残っているはずだ。投降した兵は武装を解除させて一まとめにしておけ、武器を隠し持っていないかどうかの確認は念入りにな」


 ガープさんとビュートさんの件でショックだろうに、そんな気持ちを感じさせずにテキパキと指示を出すリアさん。

 名前そっくりなくせに、イーリアとはえらい違いだな。


 これは割とどうでもいい話だけど、たしか三代目の勇者だったっけ。

 セリア、って女騎士の勇者がいた。

 その人由来で、〜リアって名前けっこう多いんだ。


「……ふぅ、ひと段落といったところか」


「お疲れさま。魔族軍はとりあえず待機だよね。ごめんね、こんな場所で待たせることになっちゃって」


「作戦だからな、仕方ない。『ペルネ姫』を失った我らが先に王都入りするわけにはいかないさ。第一、こんなボロボロの軍が街に入って来てみろ。王都の住民たちがビックリしてしまう」


 冗談めかして笑うリアさん。

 だけどやっぱりその笑顔、どこかムリしてるふうに見えた。


「……ムリしないでね。泣くことも大事だよ?」


「はは、ありがとう……。優しいな、キリエ殿は」


 優しくないよ、私なんて。

 狂犬だし殺意先行だし。


「将たる私が兵士たちの前でみっともない姿をさらしては、部下に示しがつかない。彼らの中にも、この戦いで友人を失った者はいるだろうし、な。……泣くのはあとで、一人になってから思う存分させてもらうさ」


「……そっか」


 立派だなって思う。

 私はいっつも、自分の感情最優先で動いてるから。

 それがいけないとか思ってるわけじゃないけど、自分に無いものを持ってる人って尊敬できるよね。


「キリエ殿は、これからどうするつもりだ?」


「んー、ギリウスさんとこに戻るのもアリだけど、王都にこっそり忍び込むってのも捨てがたいな。なんせ王城には……」


 神託者ジュダスがいる……かもしれない。

 タルトゥスが砦にいたし、ヤツといっしょにいる可能性もあるっちゃあるけど。

 んー、どうしようかな……。


 ゴォォォォッ、ブオンッ、ブオンッ。


 首をひねって悩んでると、炎が噴き出す轟音が響いた。

 それから大きな何かが羽ばたく音が続く。

 何事だ、なんて考えるまでもないよね。

 見上げれば、霧の中から大きな鳥みたいなシルエットが降りてくる。

 やっぱり、トーカの魔導機竜ガーゴイルだ。


 もぞもぞ。


「ひゃあっ!」


 その時、私のお尻のあたりで何かがもぞもぞと動きだした。

 思わず変な声出ちゃったよ……。


「……そのような可愛い声も出るのだな、キリエ殿」


「忘れて、今すぐ」


 お尻のポーチの中から飛び出したのは、小さなゴーレムくん。

 私の場所がわかるようにって発信機代わりに渡されたヤツだ。

 すっかり忘れてたよ。

 トーカが近くに来て元気になったのか、なぜか私の肩に乗って踊りはじめた。


「おぉ、いたいた。キリエ、ケリはついたみたいだな!」


「トーカ、お迎えごくろうさん」


 機竜の背から顔を出して見下ろすトーカに、軽く手をふる。

 ゴーレムくんは全身で喜びを表現して、次の瞬間魔力が解除されて砂鉄となり、儚く風に散った。


 ガーゴイルが着陸して、トーカが背中から飛び降りる。

 続いて、なぜかいっしょに乗ってたジョアナまで。


「はぁい、キリエちゃん。お久しぶり。元気そうでなによりね」


「ジョアナ、アンタ今までどこでなにしてたの?」


 コイツがわざわざ私のとこに来たってことは、なにか用事があるんだろうな。

 良いニュースか、それとも悪いニュースか。


「お姉さんがなにしてたかって? ちょっと王都ディーテで潜入活動してたのよ」


「はぁ、潜入活動ね」


 その件は長くなりそうだし、私には関係ないし、まあいいや。


「ところでトーカ、ベルは助かった?」


「大丈夫、ベアトのおかげで蘇生成功だ。あとは目が覚めるのを待つだけ」


「ベアトが……。ねえ、ベアトの様子、なにか変わったとこはなかった?」


「別に? いつも通り、元気そうだったけど」


 ……よかった、とは言えないな。

 辛いのを隠してるだけかもしれないし、あとでしっかり確認しとかないと。


「ま、ベアトにはこれから会えるんだ。思う存分イチャつくといいさ」


「ベアトと私はそういう関係じゃないってば! ……いや、問題はそこじゃない。これからベアトに会えるって、つまり?」


「ギリウスさんからの呼び出しだ。いったん東の陣地に戻るぞ」


「なるほどね、陣地に戻ればベアトにも会えるってことか。でも……」


 もしも神託者が王都にいて、タルトゥスの負けが確定したなんて知ったら、さっさと逃げちゃうかもしれない。

 私が優先したいのは仇討ち。

 さて、どうしたものか……。


「神託者ジュダスのことなら、心配いらないわ。私がとっ捕まえておいたから!」


「……は?」


 私の考えを見通したみたいに、ウィンクするジョアナ。

 ……てか、またなんかとんでもないこと言いだしたぞ。


「捕まえたって、ジョアナが? 神託者を? どうやって? 今どこにいるのさ?」


「たくさんのハテナマークいただきました。王都ディーテで潜入活動してたって、さっき言ったでしょう? その時偶然にも神託者をみつけてね、やっつけちゃった」


「やっつけたって……。ジョアナにやっつけられるほど弱いの? 神託者……」


「ひどい言い草ね……と言いたいところだけど、実際そうだったのよね。勇贈玉ギフトスフィアは持ってないし、戦闘能力もゼロ。一般人同然だったわ」


 そうなんだ……。

 強そうな雰囲気出してたから少し身構えてたんだけど、ちょっと拍子抜けだな……。

 罠って可能性もあるけど、私をおびき出す理由が無いし、ジョアナのことだ。

 きっと本当なんだろう。


「そんなわけで、とっ捕まえて王都の北にあるレジスタンスの拠点の一つにブチ込んでおいたわ。全部終わったら案内してあげるから、好きなだけいたぶってあげなさい」


「うん、言われなくてもそのつもり」


 いよいよ復讐の終わりが近づいてきたんだね。

 ベアトのためにエンピレオについて知ってることを全部吐かせてから、家族や村のみんなのために地獄を見せてやる。


「はい、怖い顔はそこまで! そんなわけで、まずはデリスト砦を落とすわよ。神託者よりも先に、タルトゥスを地獄に送ってやりなさい」


「キリエ殿、私からもお願いする。あなたの手でタルトゥスを討ち果たしてくれ。コルキューテのためにも、死んでいった者たちのためにも……」


 ガープさんとビュートさんのぶんも、リアさん自分でタルトゥスの首をねじ切りたいはず。

 だけど、軍を率いる将としてここから動くわけにはいかないんだよね。


「わかった、リアさんのぶんもしっかりアイツの首をねじ切ってくる」


 ジョアナのファインプレーのおかげで、神託者を逃がす心配もなくなったし。

 心置きなくアイツをブチ殺すとするよ。


「そうと決まれば話は早いわ。ささ、トーカさん。魔導機竜ガーゴイルかっ飛ばしていきましょう?」


「かっ飛ばさなくてもいいだろ……」


「ダメよ、飛ばさなきゃ。善は急げともいうし。……ふふっ、ごちそうを一匹食べ損ねたあの子が可哀想だし……」


「ジョアナ、今なんか言った?」


 最後の方、声が小さくてよく聞こえなかったんだけど。


「なーんでもないわよキリエちゃん。さ、れっつごー」


 なんだかおかしなテンションのジョアナに、トーカと顔を合わせて首をひねる。

 ……ま、いっか。


 トーカたちといっしょに魔導機竜ガーゴイルに飛び乗って、霧の中へと飛び立つ。

 いよいよ終わりが見えた、タルトゥスとの戦い。

 そして、そのあとは……。



 ●●●



「……ふっ、ふふっ。そうか、俺は負けたか」


 神託者も側近も去り、ただ独り取り残された第一皇子は、砦の中をさまよっていた。

 己の敗北をようやく思い知り、彼の脳裏をさまざまな事柄が駆け巡る。

 なぜ勝てなかったのか。

 全てを知って黙っていた側近のせいか。

 協力者のふりをして、その実自分を破滅へと誘導していた神託者のせいか。


「俺はこの先、愚かな敗者として歴史に名をきざまれるのか……」


 自らの正しさを歴史にきざむこともなく、部下を全て失い、独り孤独に討たれるのみ。

 深い絶望の中、彼はふらふらと歩き続ける。

 その時、不幸にも彼の前を一人の兵士が通りがかった。

 狂気をはらんだタルトゥスの目を見た彼は、短い悲鳴を上げて逃げ出していく。


「……んん? ……そうか、独りではない。まだいるではないか、使えるコマが」


 そうだ、ヤツらを利用してやればいい。

 正しさを証明することも、歴史に勝者として名を残すことも、もはや叶わぬ夢。

 ならばせめて、この命だけは永らえさせてやる。


「ふふふ、ふはははっ……、はーっはっはっはっはっはっは!!!」


 全てに見捨てられた第一皇子は、狂気の中、天井を仰いで高らかに笑った。




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