144 苦い勝利
リアさんたちの命を賭けた奮戦で、モルドは死んだ。
だけどこの霧に加えての乱戦、モルドの死はまだ一部の兵にしか知られてない。
どっちの軍も殺し合いをやめないんだ。
とっくに決着はついてるのに、無駄な殺し合いを続けてる。
「は、早く戦いをとめなくては……っ!」
そうだよね、この人が指揮官なんだから、戦闘停止の号令はこの人にかけてもらわなきゃ。
私が代わりに声をあげてもきっと誰も聞いてくれない。
姿が見えなきゃ、ただの小娘の声だし。
「コ、コルキューテ全ぐっ——がほ、げほっ!」
大きく息を吸い込んで、声を上げられずにリアさんがせきこんだ。
お腹に穴が空くような大ケガしてたら、さすがに大声出せないか。
「落ち着いて、とりあえずコレ飲もう」
ヒールポーションのフタを開けて手渡すと、リアさん一気に中身をあおって、グビグビ飲んでいく。
「んぐっ、んぐっ、んぐっ……! ぷあっ、げほっごっほ!」
思いっきりむせちゃったけど、わき腹の傷も全身の細かい傷も急激にふさがっていく。
さすが軍で用意した代物、市販のヤツとは効きが違うね。
「げほっ、げほっ、ん、んんっ!! ……助かった、ありがとう」
「どういたしまして」
軽く咳払いして、のどの調子をととのえたあと、リアさんは戦場中に轟くような大声を張り上げた。
「コルキューテ全軍、ならびにタルトゥス軍の将兵に告ぐ! 敵将モルド、ならびにルイーゼは討ち取った!」
霧の中から絶えず響いていた、雄たけびや武器を打ち鳴らす音が聞こえなくなって、戦場はしんと静まり返る。
敵も味方も、リアさんの言葉に耳をかたむけてるんだろうな。
命に関わる内容だし。
「この戦、コルキューテ軍の勝利である! みなのもの、勝ち鬨を上げよ!」
『……うおおおぉぉぉおおぉぉおぉぉぉっ!!!』
霧を吹き飛ばすんじゃないかってくらいの、地鳴りみたいな雄たけびが空気を揺らす。
見える範囲の兵士さんたち、槍を高々と突き上げたりガッツポーズを取ったり。
ただ、中には複雑そうな表情の人もいた。
モルドを倒したあとのリアさんみたいな表情。
なんでだろう、もっと喜べばいいのに。
「タルトゥス配下の者は、今すぐ武器を捨てて投降しろ! 元は同じ魔族軍、抵抗せねば悪いようにはしない!」
続く降伏勧告で、敵兵も次々に武器を捨ててその場に座りこむ。
これでようやく戦いも終わり、かと思いきや、戦いの音がやまないトコがある。
どうやら右翼側の一部みたいだけど……。
「聞こえていないのか! 戦いは終わりだ、戦闘を停止しろ!」
リアさんが呼びかけても、戦闘が終わる気配ゼロ。
いったいどこのバカがはしゃいでるんだ?
「くそ……ッ、あの方向にいるのはルイーゼの手の者たちだ……! 自らタルトゥスに従った親衛隊約百名、まさかヤツらはあそこに……!」
なるほど、将であるルイーゼがいなくなっても変わらず戦い続けるには、それなりの忠誠が必要だ。
半分だまされて連れてこられたような援軍の兵たちじゃ、この役目は任せられない。
タルトゥスを盲信して、命すら投げうつようなヤツらじゃなきゃ。
「捨て鉢の抵抗で、無駄に命を散らすな! 無益な抵抗はやめて投降しろ! さすれば命までは——」
「無駄だよ、リアさん」
あの手のヤツらは絶対にやめない。
死ぬか、心が折れるまで、戦いをやめはしない。
「こっからは私の仕事。一分以内に片付けて戻ってくるから」
「……すまない」
「いいって。汚れ仕事はなれてるから」
軽く手をふってから、音のする方へ走り出す。
兵士さんたちの間をすり抜けて、一気に反対の右翼側へ。
こっちがわでも大半の敵兵は、武器を捨てて降参してた。
いい判断だよ、賢いね。
「……ただ、死ななきゃ治らないバカもいるけど」
無駄な抵抗を続けるアホども、約五十人。
さすがに多勢に無勢、半分くらい数を減らされてるけど、最後の一兵まで戦う覚悟なのかな。
ムチャクチャに抵抗しまくって、コルキューテ側にも死者が出てるみたい。
ため息をつきながら剣を抜いて、一気に斬り込む。
敵の群れの中を駆け抜けながら、十人くらいの首を一気にすっ飛ばした。
「ひっ……!?」
「な、なんだぁ……!?」
私の動き、全然見えなかったんだろうね。
とつぜん仲間たちの首が飛んで、胴体から血が噴水みたいに噴きだしたら、さすがに動揺するみたい。
この調子なら話くらい聞いてくれるかな。
ダメでもともと、最後通告してやろう。
「はい、ちゅうもーく」
声をかけてやると、ようやく私の存在に気づいたみたい。
みんなそろって顔が引きつってる。
さすがに私の顔、知ってるんだね。
「アンタらさ、なにムダな抵抗してんの? 大将二人とも討たれたって聞こえたよね」
「だ、黙れっ!」
「そうだ、俺たちは謀反人! 投降しても処刑されるんだ!」
「どうせ死ぬんなら、一人でも多く道連れにしてやる!」
……なるほど、やけっぱちってやつかな。
そんな理由で、コルキューテの貴重な兵士さんたち死なせるわけにはいかないね。
「つまり、なにがあっても降参しない、と」
「当然だ! 我ら最後の一兵まで——」
「わかった」
だったら説得なんて無意味だ。
お話は終わり、さっきみたいに敵兵の中に飛び込んで、駆け抜けながら首を飛ばす。
「ひぎゃっ!」
「ぐぺっ!」
「ぎゃひっ!!」
断末魔を上げながら、次々首をすっ飛ばされてくタルトゥス兵。
これを三往復、五十人いた敵兵は三秒くらいで一人残らず全滅した。
「……ふぅ、こんなもんかな」
軽く振って血を飛ばして、剣を鞘に納める。
本当に飛んでるかどうかはわかんないけどね、この剣もともと気味悪いほど真っ赤だし。
後始末は終わったし、リアさんに報告にいこう。
「……ん?」
味方の兵士さんたち、顔を引きつらせてこっちを見てる。
その中の一人が、私と目が合ってひっ、と小さく悲鳴を上げた。
そっか、勇者にトラウマ持ってる兵士さんたちもいっぱいいるよね。
戦争で勇者と戦った人たち、大勢いるだろうし。
……私そのものが怖かったわけじゃないと、信じたい。
リアさんとこに戻ると、モルドの死体とガープさんの亡骸がならべて寝かされてた。
二人とも、胸のところで両手を組んで、目を閉じさせて。
上下に分かれてたガープさんの体は、氷の魔術師にやってもらったんだろうな、境目が氷でつなぎ合わせてあった。
「リアさん、終わったよ」
「あぁ、ご苦労だった。すまないな、汚れ仕事をまかせてしまって」
「さっきも言ったけどさ、なれてるから別にいいってば。……ねえ、ガープさんはともかく敵まで弔うの?」
純粋に疑問だった。
だって、ガープさんを殺した相手だよ?
私だったら思いっきり惨たらしくひねり殺してるとこなのに。
「……モルド殿とは、昔いろいろとあってな。確かにガープを直接手にかけたのはこの人だ。ガープが私にとってかけがえのない友人なのも、また事実」
そう語りながらリアさんがモルドにむける目には、憎しみのたぐいは一切見えない。
「だが、この人を憎む気持ちは湧いてこないんだ。……だからといって、ガープの死に悲しみも怒りも憎しみも、抱かないわけじゃない。むしろふつふつ、グツグツと煮えたぎってるよ」
憎悪のまなざしを向けたのは、東の方角。
タルトゥスがいる王都ディーテの、デリスト砦の方向だ。
「タルトゥス……。ヤツがいなければモルド殿も、ガープも、死なずにすんだ。ヤツの首、必ず王都ケイロンの城門にさらしてやる……!」
……なんとなく、わかった気がした。
私が今まで殺してきた敵、どいつもこいつも救いようのないゴミばっかりだったけど、一人だけ違う人がいたんだ。
カインさん。
あの人を殺した時、湧いてきたのはブルトーギュへの怒りだけだった。
(……短い付き合いだった私とカインさんよりも、この人とモルドはきっとずっと深い関係だったんだろうな)
口下手で無愛想な私だから、なんて声をかけていいかわからない。
ただ、これだけはわかるよ。
タルトゥスをブチ殺す理由が、また一つ増えたってことだけは。