143 将として
「ガープゥゥゥゥゥゥッ!!!」
霧の中から駆け戻った私が見たものは、上半身と下半身を分断された幼馴染の無残な姿だった。
ガープの腰から上が、鮮血をまき散らしながらドサリと落ちる。
遅れて下半身も倒れ、全身をおおっていた練氣も消え失せた。
「……ぐっ!」
……落ち着け、戦場で取り乱せば死に直結する。
アイツが命を犠牲にして、モルド殿の右腕と【必殺】を奪ってくれた。
ならば遺された私の仕事は、ガープの分まであの人を倒すことだ!
「奥義・伸氣鋭槍ッ!」
身体中から集めた練氣を槍の形に固める、これが私の奥義だ。
練氣で作られた半透明の槍を握り、軽く振りまわして感覚を確かめる。
「……そうだったな、リア。お前もガープと同じく、武器の有無で戦力を左右される将ではなかった」
「決して折れず切れ味も落ちない、私の切り札だ。この槍であなたを討つ!」
「いいだろう、お主も全力を見せてみろ。出し尽くしてみるがいい」
モルド殿も、残った左手に練氣の刃をまとう手刀をかまえた。
ガープですら届かなかったこの人との対峙に、恐怖を感じていないと言えば嘘になる。
だが、退くわけにはいかない。
切っ先をモルド殿に向け、
「行くぞっ!」
一気に駆けこむ。
右目を失い、右手も失ったこの人は、明らかに右側が死角。
槍をかまえ、右側面めがけて薙ぎ払う。
「読めている」
しかし、攻撃は空ぶりに終わった。
腕を失う重傷を思わせない軽快な足さばきで、逆に私の右側面から背後へと回りこむ。
「速い……!」
首をめがけて手刀の横薙ぎが来た。
前方にかがんだ次の瞬間、私の首があったところを一閃が翻る。
私はそのままの勢いで地面を転がりつつ体を反転、すぐさま起き上がって打ちかかった。
「たしかに右側は拙者にとって死角。しかし右を狙ってくるとわかっていれば、対処はたやすいものだ」
「いいのか? 敵にアドバイスを送るなど……!」
「……ふっ、いかんな。つい昔を思い出してしまった」
昔……。
やはりそうだ、今もこの人はあの頃を、私たち三人を捨ててはいない。
なのに、なぜガープを……。
アドバイス通り、右からだけではなく左や頭上からの攻撃も織り交ぜ、攻撃をくりかえす。
片腕だけだというのに、今も大量に血を流しつづけているのに、この人は私の全力を見事にさばき切っていく。
その攻防の中、目に入るのは腰に下がった、けっして抜かれることのないサーベル。
「モルド殿。その腰のサーベル、まだ身に着けているのですね」
「……あぁ」
ガープが訓練生を卒業し、正式に軍属となった時、卒業の証としてさずかったサーベルを、アイツはモルド殿にプレゼントした。
どうせ使わないから、自分には似合わないから貰ってほしい、と。
「なぜ、いまだにそれを着けているのです! 護り刀として、後生大事に下げているのです!」
「…………」
「あなたはまだ、私たちを思ってくれているのではないのですか! なのに、なのになぜ、ガープを殺したっ!」
「……拙者は、お主らの教官だ」
会話の中でも、攻撃の手はゆるまない。
手刀の一撃一撃、その全てが私の急所を的確にねらってきている。
私の命を全力で奪おうとしている。
「将は主君の命に、なにがあろうと背くべからず。もっとも大切なこととして、お主らに授けた教えだ。なにがあろうと背くな、と」
「なにが、あろうと……」
「今の拙者の主君はタルトゥス殿。なにがあろうと武官である拙者は決して背かぬ。決して破るなとお主らに教えたことを、拙者が率先して破るわけにはいかぬだろう」
「……ですがッ! そのためにガープを手にかけるなど……! そのような意地のためだけに命を落としたアイツがあまりにも……!」
「ヤツに哀れみを向けるなッ!」
一喝。
昔の私なら、ここでひるんで一本を取られただろう。
しかしこれは修練ではなく命のやり取り。
決してひるまず、攻撃を受け、繰り出しつづける。
「戦場で散った者を哀れむな! 一人の武人として、全てをかけて戦った者に、それは最大の侮辱であるぞッ!」
モルド殿の口の端から、血がにじみ出た。
唇を強く噛んで、血をしたたらせた。
……そうだ、ガープは戦士として全てをかけて戦い、モルド殿は戦士としての敬意を以て全力でそれに応えたのだ。
その結果が、たとえガープの死だったとしても。
「……そうですね。あなたの真意、刃を交えて理解しました」
もう迷わない。
この人のためにもガープのためにも、この戦いは私が勝たねばならないのだ!
「我が主君・セイタムの命に従い、敵将モルド! 貴殿の首、もらい受ける!」
「よかろう! 拙者も一人の武人として、全力でお応えいたす!」
モルド殿の気迫が肌をビリビリ揺らす。
自分に全力を向けてくれることに、不謹慎な喜びすら感じてしまった。
右からの攻撃、と見せかけて、左から横薙ぎに叩きつける。
練氣の手刀でガードされ、押し返されて体勢をわずかに崩された。
そのスキを見逃さず、喉元めがけて突き出される手刀。
身を沈めてかわし、足払いをかける。
「甘いッ!」
軽快に飛び跳ねてかわされ、モルド殿は空中で一回転。
右足に練氣をこめ、かかと落としをしかけてきた。
「当たるわけには……っ!」
練氣の槍で攻撃を受け止める。
あまりの衝撃に腕の骨がきしみを上げた。
だが、実体のない槍はけっして折れない。
力任せに強引に押しかえすと、モルド殿はその反動を利用してバック宙。
間合いを離して軽快に着地……したかに見えた。
「く……っ、血が足りぬか……」
着地した瞬間、足の力が抜けたらしい。
ひざがガクン、と崩れ、スキをさらした一瞬を見計らい、心臓をめがけて突進する。
「うおおおああぁぁぁぁっ!!」
「ぬ……っ!」
私の全てをこめた、全力での突き。
ガードに回した手刀が穂先に触れ、わずかに狙いが逸れて。
ズボォォッ!!
モルド殿の腹部から、背中にかけてを貫通した。
「ぐぼぁっ……!」
「や、やったか……!」
手応えあり。
即死ではないが致命傷には十分。
勝利を確信した時。
「……最後まで気を抜くな、と教えたはずだ……!」
モルド殿の手刀が私のわき腹に突き刺さり、同じく背中までを貫通した。
モルド殿と違い、ど真ん中を貫かれたわけではないが。
さすがの彼も、この状態では正確に急所を狙えなかったか。
「ぐぁっ……!」
練氣の槍が消失し、私は痛みのあまりあお向けに倒れ込んだ。
「……ぐ……っ、だが、致命傷では、ないか……!」
「あなたの方こそ、今にも死にそうではないか……!」
上半身を軽くおこして、モルド殿を見上げる。
腕と腹からの大量出血。
今すぐ絶命してもおかしくない重傷だ。
元々青い顔色もさらに青くなっている。
「あいにくと……、回復薬の持ち合わせがあってな……。お主にトドメを刺す余力も、なんとか残っている……!」
手刀をかまえ、そろえた指先を私に向ける。
このまま突き立てれば、この人の勝ちだろう。
一対一の戦いは私の完敗だ。
結局私も、この人には届かなかったか……。
「見事だった……。本当に見事だった……。戦士として、誇り高く散るがいい……」
「あぁ……その通りだ……。誇り高く散ってください、モルド殿。——弓隊、放てッ!」
ヒュバッ、ヒュバヒュバヒュバッ!
私の号令とともに、霧の中から現れた部下たちが弓をかまえ、モルド殿にむけて一斉射撃を放つ。
槍を破壊されて部下たちの方へ吹き飛ばされた時に、指示を出していたのだ。
私の合図で、モルド殿に一斉射撃をしかけるように、と。
「今度こそ……」
討ち取った。
兵士たちは数合わせや力押しのためでも、将がなまけるためにいるのでもない。
使いようによっては立派な戦力になるからこそ、我らは兵を率いて戦うんだ。
「……見事だ。将は兵を率いてこそ……。だが……っ!!」
なん、だ……?
モルド殿の練氣が急激に膨れ上がって……!
「ずああぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!!」
手刀が光輝き、旋風を巻き起こしながら一回転。
風圧と衝撃で全ての矢がはじき飛ばされ、弓兵たち体をつらぬき——。
「ぐあ……っ!」
私の右肩にも、矢が突き刺さった。
まずい、ここまでの余力を残していたとは……!
手刀を振りきった体勢のまま、モルド殿は動かない。
また襲ってくる前に、なんとか態勢を立て直して……。
「…………」
「……モルド、殿?」
○○○
トーカを見送った私は、街道を全速力で突っ走る。
そしたらすぐに、タルトゥス軍の兵士と戦うコルキューテ軍の姿が見えた。
「よかった、まだ壊滅してない……」
ホッと胸を撫で下ろす、ヒマもないよね。
モルドを探して殺さなくちゃ。
乱戦の中、まずはリアさんたちの姿を探す。
やっぱり霧は濃いけれど、トーカによればリアさんたちは左側面の攻撃に対応してるんだよね。
さっそくそっちに向かってみると、
「……いた」
……だけど、間に合わなかったみたい。
上半身と下半身を分断されて、明らかに死んでるガープさん。
肩に矢が突き刺さったまま倒れてるリアさん。
そして、手刀を振りきったまま動かないモルド。
「リアさん、ごめん、遅れちゃった」
「キリエ殿……、来てくれたのか……」
拾ったヒールポーションを渡して、肩を貸してリアさんを立ち上がらせる。
「選手交代だよ。あとは私が相手するから」
「……いや、もう終わっている。正真正銘、命の一滴までふりしぼったのだろうな……」
「え?」
リアさんの言葉に、モルドの方をよーく見てみる。
右腕を失って、腹に大きな穴を開けて、気迫の表情で目と口を大きく開いたまま。
「……死んでるの?」
「……あぁ」
モルドは、死んでいた。