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141 拳鬼・モルド




「……参るッ!」


 まず先陣を切ったのはガープ。

 剣を両手ににぎりしめ、一気に間合いをつめる。


(ガープにとっては恩人との戦い。辛いものになるだろうが……)


 そんな事情をカケラも感じさせない気迫で、モルド殿へと斬りかかった。


「中々の太刀筋……!」


 上段からの渾身の打ち下ろしをモルド殿は手刀で受け流し、ガープの体に掌打をくりだす。

 対するガープも巨体に見合わぬ軽快な動きで反撃を回避。

 そのまま二人は、踊るような打ち合いをはじめた。


(いいぞ、ガープ。そのまま引きつけておいてくれ……)


 モルド殿から見て右側を走りつつ、心の中でエールを送る。

 直接口に出せば、狙いを気づかれてしまうからな。


 右目をおおう眼帯。

 何があったのかは知らないが、モルド殿の右の目はおそらく光を失っている。

 いくさに卑怯もなにもない、弱点を突くことは基本中の基本。

 気配を消して、霧にまぎれて、死角となっている右サイドから素早く背後に回り込んだ。


(……よし!)


 おそらく気付かれていないはず。

 気付いていたとしても、ガープが足止めしてくれている。

 これなら——。


「……っ!」


 槍の穂先を急所へと定め、ガープと打ち合う背中をめがけて一気に突進。

 行ける!

 このまま背中から心臓を串刺しにして——。


 ドゴォッ……!!


「が……ッ!」


「着眼点はよかったが、攻撃の瞬間に殺気を消し切れておらぬ。それでは盲人にも気取られるぞ」


 後ろ回し蹴り……!

 私の腹にモルド殿の靴底が突き刺さり、血ヘドを吐きながら吹き飛ばされる。


「リア……!」


「拙者を相手に……っ」


 ドボォ!


「がはっ……」


「他人の心配などする余裕があるのか?」


 ガープの腹にも拳がめり込み、口から血を吐き散らす。

 そのままアゴをカチ上げられ、アイツの巨体がはるか上空高くまで、いともたやすく吹き飛ばされた。

 わかってはいたが、やはりこの人、強い……!


「まさか……、死角をついても無駄だとは……。あなたの右目を奪うほどの者が、存在することにも驚きだが……」


「王都ディーテで戦った、とある男に持っていかれてな。ヤツの気迫と覚悟は凄まじかった……」


 万全のこの人から片目を奪うとは、相当の使い手なのだろう。

 その人にも負けないほどの気迫を持って挑まなければ……!


「……どうした? まだまだ終わりではないだろう。立て。立って戦え」


「く……っ、もちろんそのつもりだ……! 一撃食らっただけで沈むほど、やわな鍛え方はしていない!」


 槍を杖代わりにして立ち上がり、両手でかまえる。

 ようやく落下してきたガープも、激突する寸前に両手を地面につき、バック転の要領で受け身をとった。


「だろうな。お主ら二人……いや、ビュートも含めて三人か。コルキューテの未来をになう将として、拙者自らが鍛えたのだからな」


 そう、この人は私たちの師匠だ。

 中でもガープは、特にモルド殿への思い入れが深いだろう。

 彼が魔族軍に入隊できたのは、この人のおかげなのだから。


「……モルド殿、理由をお聞かせ願いたい。なぜあなたほどの武人がタルトゥスなどに従い、コルキューテを裏切ったのか」


「裏切った覚えはない。拙者はただ、タルトゥス殿がコルキューテのために成す行いに従い、力をふるうのみ」


「コルキューテのため……? あのような悪人の行いがコルキューテのためになど、なるわけがない!」


「それこそ笑止! 主君の行いに対して善悪を問うなぞ、戦場いくさばで刃を振るう武人としてあるまじきこと!」


「人形のように、なにも考えずただ命令に従えと! あなたはそうおっしゃるか!」


「よせ、リア……。語る言葉などもはや必要ないだろう……」


 私とモルド殿の舌戦ぜっせんに、ガープが割って入る。


「事ここに至れば、もはや武で語り合うのみ……。なにより師匠は俺と同じで、あまり口が得意な方ではないでしょう……?」


「わかっておるな、ガープ。お主は昔から三人の中で最もスジがよかった」


「フッ、前言撤回だ……。俺を褒めても全力しか出せんぞ……?」


「願ったり叶ったりであるな」


 ニヤリと笑い合うと、ガープの体から蒸気のように練氣レンキが立ちのぼりだした。

 まさかアイツ、いきなり奥義を使うつもりか!


「ガープ、仕掛けるにはまだ早い! 戦いは始まったばかり——」


「出し惜しみして勝てる相手か……!」



 △▽△



 練氣レンキを全身の筋肉に作用させ、筋力を爆発的に増強させる。

 ビュートの奥義がスピード特化ならば、俺の奥義はパワー特化。


「奥義・血氣剛腕ケッキゴウワン……!」


 筋肉に力がみなぎり、体が膨れ上がる。

 軍服がきしみを上げ、前留めのボタンが弾け飛んだ。


「俺は全力を出す……。あなたも全力を出せ……!」


「何を言うかと思えば……。拙者は常に全力で戦っている。それが相手への敬意と心得ているからな」


「ならば、なぜ先ほどの攻撃で俺たちは死んでいない……? 【必殺】を使わぬ理由はなんだ……」


 ジョアナ殿からの説明によれば、【必殺】は攻撃さえ当てればその全てが致命傷となる恐ろしいギフト。

 使わない理由が、ナメられている以外にあるというのか?


「あれは拙者の力ではないから……などとは言わぬ。いくさに手段など選んではおれんからな。このギフト、拳に魔力を溜めることで初めて作用する。そのチャージに少々時間がかかるのだ。高速の打ち合いでとっさに出せるものではないのだよ」


「なるほどな……」


 ……正直、少しだけ安心した。

 手を抜かれていないことが、嬉しかった。


(リア、仕掛けるぞ……)


 モルドさんの後ろにいるリアへ目で合図をし、大地を蹴って相手の懐に飛び込む。

 要した歩数は一歩、時間は一瞬。

 力を生み出すための筋肉を強化すれば、スピードすらも上昇する。


はやい、な。だが……」


 剛腕を振りかぶり、胴体をめがけて全力で突きにかかる。

 モルドさんは体をかたむけ、俺の手首にそっと片手をそえた。

 たったそれだけの動作で、軌道は大きく逸れ、切っ先がなにもない空間へ突き出される。


「速さだけでも力だけでも、拙者は倒せぬぞ」


「百も承知……!」


 モルドさんが得意とするのは、練氣レンキをまとった手刀。

 ドワーフの名工が打った業物わざものに匹敵する強度と切れ味を持つ。

 これがモルドさんの奥義・無刀手鋭刃ムトウシュエイジン

 ゆえにこの人は、素手で剣と互角以上に打ち合えるのだ。


 その左の手刀が、俺の胴体へめがけてナナメに振るわれる。

 バックステップで距離をとって回避すると、風圧と空を斬る手刀の甲高い音。

 まともに食らえば、間違いなく体が両断されるだろう。


「……リア、また背後からの奇襲をねらっているのか?」


 俺との攻防を続けながら、じわじわと距離を詰めてきていたリアに振り向きもせず問い掛ける。

 俺でも感じ取れないほど気配を薄めているのに、この人は背中に目でもついているのか……?


「まさか。二度も同じ手が通用するとは思っていない!」


 気合とともに、背後から突きかかるリア。

 同時に繰り出した俺の斬撃を、モルドさんは左の手刀で受け止める。

 そのままリアの突きも、体をかたむけて回避。

 この時、リアの攻撃を受け止めなかったことに小さな違和感を抱く。


 そうだ、先ほどからモルドさんは、左の手刀しか使っていない。

 右はといえば、ずっと拳の形でにぎりしめたまま。

 まるで何かを溜めているかのような。

 ——まさか!


「……リアッ! よけろ!!」


 叫んだ瞬間、モルドさんの右のにぎり拳が手刀の形を取る。

 そのままひじを曲げて振りかぶり、リアが異変に気付いたその刹那、【必殺】の一撃が放たれた。




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