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140 兵のぶつかり合い




 キリエ殿を呼ぶため、トーカ殿がガーゴイルに乗り霧の中へと飛び立っていったのは、ほんの一分ほど前。

 救援が来るまでの間、なんとしても戦線を持ちこたえさせる。

 そのためには、モルド殿をなんとか抑えこまなければ。


 彼が率いる左側面の敵兵は、勢いに乗って猛攻を続けている。

 まずはヤツらの気勢きせいを削ぐ。

 わずかな部下と十体のゴーレムを引き連れて突撃。


「我が名はリア、コルキューテの誇る三将が一人!」


 高らかに名乗りを上げながら、敵兵の首を穂先で斬り飛ばす。


「命を惜しまぬ者は、我が前に出よ!」


 続けて槍を突き出し、敵兵の胸板を貫通。

 背後にいた敵兵も同時に突き殺し、すぐさま引き抜く。

 私の名乗りを耳にして、槍の技を目にした敵兵の間に動揺が走った。


(よし、まずは狙い通り……!)


 自慢ではないが、私はコルキューテでも名の知れた将の一人だ。

 敵はみな、元コルキューテ兵。

 私の名も武勇も知らぬ者はこの場に一人としていないだろう。


怖気おじけづいたか? ならばこちらから行く!」


 大げさに槍を一回転させて威圧し、敵の群れに突撃。

 槍の全体に練氣レンキをまとい強度を上げる技、硬化槍コウカソウを発動し、横ぶりに思いきりなぎはらう。

 一振りで二人の敵兵の胴体が千切れ、血を噴水のようにまき散らしながら絶命した。


 最前線にモルド殿の姿は見られない。

 後方で指揮をとっているのだろうか。

 なんにせよ好都合、存分に暴れて敵の心をへし折ってやる。 


 高くジャンプして、敵のまっただ中に着地。

 そのままぐるりと一回転して、周りの敵の首を穂先でまとめて刈り取る。

 頭部を失い、派手な血しぶきを上げて倒れる敵兵たち。

 私の部下やゴーレムたちも戦闘に加わり、敵の勢いが目に見えて衰えてきた。


 あと一押しだ。

 いったん戦闘を部下たちに任せ、敵軍の中から飛び出して自軍の兵たちの前へ。

 血のついた槍をかかげ、奇襲で動揺していた兵たちを鼓舞こぶする。


「タルトゥス軍恐るるに足らず! 皆の者、反撃だ。一気に押しかえせ!」


「……っうおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 よし、こちらの動揺は完全に消し飛んだ。

 士気を盛り返した兵たちが、われ先にと敵軍に攻撃をかける。


「う……っ、うあああぁぁぁぁっ!!」


 味方の死にざまを間近で見た兵士の一人が、恐怖に取り憑かれて逃走。

 それに釣られて数十人の敵兵が逃げ始め、敵軍の前線が崩れだした。


「……見事だ。さすがはリアだな」


 背後から聞こえた、腹の底に響くような低い声。

 耳慣れたその声にふりむき、よく見知った浅黒い顔に苦笑しながら問いかける。


「ガープ、遅いぞ。真面目なお前が遅刻とはめずらしいな」


「部下の再編成と、ビュートの相手で時間を食ってしまってな……」


「ビュート?」


 なぜそこで彼女の名が。

 右側面でルイーゼの相手をしているはずでは?


「右翼側にルイーゼはいなかったらしい。狙いはペルネ姫かもしれないからと、彼女たちを追って西へと走っていった」


「……そうだったか」


 敵がペルネ姫の首を狙っているとしたら、イーリア殿に非戦闘員の先導をまかせたのは失敗だったか。

 ……いや、悔やむのは全てが終わったあとだ。


「それから、伝言だ。『おねえちゃんっ、ぜったいルイーゼのヤツをブッ飛ばしてくるから、戻ったらいっぱい、いーっぱいほめてねっ。ビュートとの約束だよっ』……だ、そうだ」


「あ、あぁ……、たしかに受け取った……」


 その内容、甘えた口調の裏声を使ってまで、そっくりそのまま伝える必要あったか?

 こういうところがあるからな、ガープは。

 寡黙かもくそうに見えて、たまーにおかしな行動をとってくれる。


「……ふふっ、いや、本当にありがとう。おかげで肩の力が抜けたよ」


 だが、生真面目すぎる私にはこれがありがたい。

 ビュートの元気でこどもっぽい言動も、私の心を癒してくれる。

 小さなころから三人でいたからな。

 二人は私にとって無くてはならない存在だ。


「勝つぞ、ガープ。キリエ殿が到着する前に、全てを終わらせて驚かせてやろう」


最初ハナから、そのつもりだ……」


 ガープが剣を抜き、高くかかげた。

 それを合図に彼の部下たちが突撃を開始。

 加勢を受けてさらに勢い付いた我が軍の前に、敵はなすすべが無いらしい。

 じりじりと後退し、霧の中へ下がっていく。

 最前線で暴れ続けるゴーレムを先頭に、こちらの軍も敵を追いかけて霧の中へ。


「いいぞ、このまま押し切ってやれ……!」


「いや、待てガープ。この動き、なにか妙だ……」


 嫌な胸騒ぎがする。

 根拠はないし、止めれば勢いを殺すことにもなるだろう。

 しかし相手は、あのモルド殿なのだ。

 念には念を入れて、一度味方を下がらせるべきか——。


 ズドオオォォォォォォッ!!!


「な、なんだ……!?」


 今のは、爆発音か!?

 霧の中から聞こえた、空気を振るわせ、耳の奥をゆらすような轟音。

 何が起きたのかまったくわからないまま音は止み、霧の中から姿を現したのは。


「まだまだ未熟だな、リア、それにガープ。勝ちが見えた瞬間こそが最も危うい。そう教えたはずだが……」


「……モルド殿」


 腰にサーベルを下げ、短い口ヒゲを生やした中年の魔族。

 以前と変わらぬ見知った姿。

 ただ一点だけ違っているのは、右目をおおう黒い眼帯だ。


「もちろん覚えています。忘れるはずがありませんとも。あなたに教えられた全ては、私たちの中に息づいている」


「その言葉、口先だけではないことを祈ろう」


「……モルドさん。俺たちの部下はどうなった? 今の爆発音は……?」


 たしかに、何よりも気になるのはそこだろうな。

 爆発音が起きてから、私たちの周囲は静まり返っている。

 私たちの背後にひかえる兵たちが静かなのは、モルド殿の放つプレッシャーに気圧けおされてのことだろうが、しかし、敵を押し返しながら霧の中に消えた味方の声がしないのは……。


「彼らは全滅した。迂闊うかつにも突出とっしゅつし過ぎたがために、魔術師隊が共同詠唱した大規模爆炎魔法の餌食となってな」


「くっ……、やはり……!」


 前衛の兵は全滅か。

 おそらくトーカ殿のゴーレムもふくめて、粉々に消し飛んだ。

 失策に歯噛みするが、後悔の時間すらこの御仁は与えてくれないのだ。


「兵の勝負では拙者に軍配が上がったようだな。では引き続き、直接対決といこう」


 腰を落として両手を手刀の形に取り、腕を前後にのばす独特の構え。

 この人が本気で戦うという証。

 私たちにこの構えを取ってくれたことを、不謹慎ながらも嬉しく思ってしまう。


「数の力でどうにもならない相手であることは、互いにわかっておろう。ならば決着は、おのが拳でつけるのみ」


「もとよりそのつもり。雑兵たちが貴殿を仕留められるとは思っていない」


 兵を下がらせ、槍をかまえる。

 同じくガープも私の横で、剣を両手でにぎり、腰を低く落とした。


「モルド殿、これはいくさだ。二対一だが遠慮なく行かせてもらう」


「無論だ。しかし二対一だからとて手は抜くな。リア、ガープ、全身全霊をもってかかってくるがいい」




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