138 圧倒
亡者の群れの中で暴れまわる、熱湯の龍とマグマの鳥。
ルイーゼの姿をした亡者を、それぞれ次々と取り込んで、煮殺し、焼き殺していく。
……いや、元々死んでるから、殺してはいないのか?
「あり得ない……、こんな、こんな簡単に……っ」
ものすごい勢いで数を減らしてく亡者たち。
けど、まだ半分以上は残ってるんだよね。
思ったより時間かかりそうかな。
「……く、クソっ! 亡者ども、散らばって逃げなっ!」
お、ショックから立ち直っちゃったかな。
本体の命令を受けて、ルイーゼたちの大群は散り散りになって四方八方に逃げはじめた。
私を倒すのは諦めて、のこりライフが少しでも残ってるうちに逃げようってつもりかな?
無駄だよ、【水神】の全力はこんなもんじゃない。
「このまま逃がすと本気で思ってんなら、相当おめでたいよ、アンタ」
ハッタリ用のマグマの鳥はもう用無しだ。
コントロールを解除して岩のかたまりに戻し、その分の魔力全部を熱湯の龍にそそぎこむ。
周りの霧をどんどん取り込んで、ぐんぐん巨大化していく水龍。
その大きさは、とぐろを巻けば千人以上の亡者たち全てを取り囲めるくらいにまで成長した。
くらいにっていうか、実際に囲んでやったけど。
そして、逃げ場を失ったルイーゼたちの中心には、
「あ、あぁ……っ、バカな、バカな……っ!」
心をへし折られたのかな、なっさけない声だしてガタガタ震えるルイーゼさんがいらっしゃる。
なるほど、あれが本体ね。
「さーて、いよいよこの世とおさらばする時間だけど、なにか言い残したことある?」
「ふっ、ふざけんじゃないよ! あたしの【魔剣】、その実力はまだまだ出し尽くしちゃいない!」
「……は? お前のじゃないだろうが」
同じ勇者としてさぁ、その言い草かなりムカつくんだよね。
とぐろの包囲をせばめて、ぶっとい熱湯の体に次々と亡者を飲み込ませていく。
あっという間に全ての死人があの世に飛んでいって、残るはルイーゼただ一人。
三千なんて数、今の私の前には無意味だよ。
「く、くるならきなっ! あたしにだって意地があるんだ!」
「へえ、そんなんあるんだ。見せてみなよ、欠片も興味ないけどさ」
さっさと死ね、としか思わないっての。
巨大水龍の頭を操作して、大きく口を開けさせてからルイーゼめがけて突撃させる。
これで終わりだ。
「頼むよ、【魔剣】! 魔力吸収!」
両手で剣をかまえたルイーゼ。
なにをするかと思ったら、刀身を寝かせて水龍を受け止めた。
アイツの剣に触れたとこから水龍の形が崩れて沸騰も解除、ただの水にもどっていく。
「あははっ! どうやらあたしの奥の手、効いたみたいだね! 【魔剣】はただ四属性の魔力を剣にまとわせるだけじゃない。こうして敵の魔法を剣から吸収し、自分の魔力に変えられるのさ!」
あぁ、なるほどね。
まさに魔術師キラー。
対魔術師用のギフトとして、この上なく優秀だ。
ルーゴルフの爺さんも魔法吸われて殺られたわけね。
「どうだい! あんたの攻撃はあたしに届かない! 届かな……、とどっ……!?」
だけどね、所詮は借り物の力。
使い方を頭で知ってても、自分の一部にできていない。
もっと言うなら敬意が足りない。
そいつは自分の力じゃないって考えが、お前らには欠けているんだ。
だからそんな、つまらないミスで死んでいく。
「きゅっ、吸収しきれない……っ!? そんな、魔力の量が膨大すぎて……ぐはっ!!」
相手の魔力を自分のものにするには、体内で変換するプロセスが必要だってケニーじいさんに聞いたことがある。
その変換速度を吸収量がこえた時、どうなるかまでは知らなかったけど、なるほどこうなるんだ。
口から血を吐き出して、両手から剣がポロリとこぼれ落ち、次の瞬間。
「ぐばっ、ごぼぼばっ、がぼぼぼぼっ、ごばぼぉっ!!!!」
ルイーゼの体が、熱湯の龍に飲み込まれた。
「がぼぼっ、ごぼばぼっ!! がばばっ、がぼぼっ、ごぱっ!!」
コイツ一人を殺すのに、大量の水はもう必要ないよね。
このあとも戦いは続くんだし、少しでも温存しなきゃ。
煮られてるゴミのまわりだけ残して、魔力コントロールを解除。
水の龍が形を失って、バシャァァァンっと盛大な音を立てながら地面に散らばった。
残ったのは、ルイーゼの体をすっぽりつつんだ熱湯の玉。
そいつを私の前まで引き寄せて、地面ギリギリに浮かべておく。
「ごぼばっ、がごぼっ! ごばばぼがぼっ!!」
ブクブク泡立つ玉の中で、首をおさえながら手足をバタバタさせてるね。
とっても熱くて苦しいんだろうね。
いつもならこのままいたぶってやるんだけど、残念ながら今は一秒を争う時。
時間をかけてらんないんだよね。
「それじゃ、サクっと死のうか」
水球の中に剣を差し込んで、溺れてるゴミの右手を切断。
腕といっしょに【魔剣】の勇贈玉をひっぱりだして、手首から剥ぎ取って回収。
右腕はいらないから投げ捨てて、最後に心臓めがけて剣を突き立てた。
「ごばっ!! が、ばぼぼばっ……!!」
ついでに刀身から【沸騰】の魔力を注入。
全身の水分をあますことなく煮立たせてやる。
「ごばびゃっ!!」
とたんに全身が粉々に弾け飛び、青い水球に血と肉と骨が広がって、真っ赤な色に変わった。
刃を水球から引き抜いて、軽く振るって血と肉を飛ばして、鞘に納める。
……あとで軽く洗っとこうかな。
いいか、どうせこの後も血と肉と脂で汚れまくるだろうし。
「……よし、まずは一匹」
元ルイーゼに背中をむけて、トーカたちの方へ駆け足でむかう。
あんなきったないモン眺めてる趣味ないし、ベルとビュートさんも気になるし、ね。
飛び散って服にいろいろ付くのも嫌だし、遠くに飛ばしてから魔力コントロールを手放した。
ルイーゼが死んで幻術の効果が切れ、トーカたちの姿もすっかり元通りだ。
「トーカ、二人は生きてる?」
「……ビュートさんは、とりあえず大丈夫だ。その辺に転がってたヒールポーション飲ませて、腕を止血しといた」
トーカの前に横たわるビュートさん。
左腕が失われてて顔色も悪いけど、今すぐ危ないってわけじゃなさそう。
「この騎士さんから聞いたんだけど、襲われるまで非戦闘員の人たちもいっしょだったらしい。その人たちが逃げる時に投げ捨ててった荷物の中にヒールポーションがあったんだ。助かったよ」
なるほどね。
街道の上に荷物がいろいろ散らばってるのはそういうわけか。
で、そのイーリアだけど、呆然自失って感じだ。
顔色も真っ青だし、目線もどこ見てるのかよくわかんない。
「それで、もう一人の方なんだけどさ……」