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137 【沸騰】と【水神】




 山脈を飛び越えて盆地に出ると、もう一面が霧に覆われて真っ白だった。

 今どのくらいの高さなのか、地上に何があるのか、ぜんぜんわかんないほど霧が濃い。


「ねえトーカ、こんなんでリアさんたち見つけられる!?」


「……断言はできないな。キリエたちをあっさり見つけられたのも、外側は霧が薄かったおかげだし」


 この有り様じゃ、目で見て発見するのはムリか……。


「もう少し低く飛べない? そしたら音で見つけられるかも」


「高低差とか木とか森とか、盆地の中にある町や村とか、あと王都だろ。いろいろあって平坦じゃないだろうし、低く飛んだらあんまりスピード出せないぞ。下手したら正面衝突だ」


 あぁ、もどかしいな……。

 このままの高さを保って、だいたいの場所まで飛んでいくしかないのか。


「ゴーレムの魔力反応も、とっくに感じなくなったしな……。目印にってリアさんとこに残してきたんだけど、とっくに破壊されちゃったか……」


 羅針盤を右手に、時計を左手に魔導機竜ガーゴイルを飛ばすトーカ。

 そのまま五分くらい飛び続けると、


「たぶんこの辺りだ。しっかり目と耳働かせろよ」


 翼の筒をしまってスピードを落とし、ゆっくり旋回しながら高度を落としていく。

 機竜の背中から身を乗り出して、地上の方に目をこらすけど、一面真っ白の霧が広がるばかり。

 耳の方をたよりにしても、風がごうごう鳴る音しか聞こえない。


「ダメ、なんにも見えないし聞こえない。こうなったら、直接降りて足で探すしかないか……」


 スピードはずっと落ちるけど、その方が確実かも。


「…………ぁぁぁ…………」


「……ねえトーカ、今なにか聞こえたんだけど」


「聞こえたって、なにが?」


「なんていうか、叫び声みたいな……」


 また聞こえるかもしれない。

 今度はよーく耳をこらして。


「……ぁぁっ……、……てや……」


「……うん、間違いない。この下だ、行ってくる!」


「行ってくる!? 今どのくらいの高さかもよくわかんないのに!?」


「落下死なんてする気はないから、大丈夫!」


 根拠はないけどね。

 真紅の刃を抜き放ち、ガーゴイルの背から飛びおりる。

 霧の中を落下して、すぐに地上の様子が見えた。

 見えた、けど……。


(……これ、一足遅かった?)


 片腕を失って倒れてるビュートさん。

 うつ伏せに倒れて、血だまりを作ってるベル。

 そして、今にも殺されそうなイーリアと、私が迷わずブチ殺すべきターゲットのうちの一匹。

 あとはなんだか気味の悪いゾンビみたいな兵士たちがうじゃうじゃ。


 リアさんたちの軍が見当たらないのは気になるけど、やるべきことは決まってる。

 私にできるのは、殺すことくらいなんだから。



 ……その後は、落下の勢いを乗せてルイーゼに斬りかかるけど避けられて、今はイーリアを捕まえてたゾンビを叩き斬ってやったところだ。


「驚いたよ、勇者のお嬢ちゃん。この霧の中、ガーゴイルの助けがあったとはいえ、こんなに早くやってくるとはね」


 やっぱりコイツら、【機兵】のことを知っている。

 だとすると、【使役】の存在も計算済みと見た方がいいかな。

 ギリウスさんたち、無事に砦を落とせるだろうか。


「ゆ、勇者どの……」


「そこの女騎士の叫び声が聞こえてさ、なんとか見つけられた」


「へえ、そうかい。こんなことになるんなら、さっさと殺しとくんだったねぇ……」


 一足遅れて、トーカのガーゴイルが空から降りてきた。

 機竜を着陸させ、トーカも背中から飛び下りる。


「キリエ、加勢は必要ないよな?」


「うん、こんなヤツ私一人で十分。それよりトーカはビュートさんと、ベル……ペルネ姫をお願い」


「了解。……つってもビュートさんの方、ゾンビみたいなヤツらがうじゃうじゃいるな」


 ここにはベアトがいないし、後方支援の治癒術師たちも見当たんないからケガの治療はできないよね。

 そもそも二人とも、まだ生きてるのかすらわかんない。

 ないない尽くしだけど、その辺全部頼れる姉御に任せた。

 私は二人の無念の分まで、コイツをブチ殺してくるから。


「さぁて、まいったねぇ……。大将の計算じゃ、霧のおかげで勇者サマの救援にはかなりの時間がかかるはずだったんだけど……」


「計算狂っちゃった? ソイツは残念だ——ねッ!」


 トーカにアイコンタクトを送ってから、一瞬で間合いを詰めて、心臓に剣を突き立てた。

 同時に飛び出したトーカが、ガントレットで亡者を蹴散らしてビュートさんを回収したのを横目で確かめる。


 話につきあってるヒマないんだよね。

 リアさんとこにも早く行かないとだし、悪いけど速攻で死んでもらうよ。


「……ヒヒっ、無駄無駄。あたしは殺せないよ」


 ……なんだ?

 沸騰もしてないのにルイーゼの全身がドロリと溶けて亡者の兵士に変貌、黒いモヤになって消滅した。

 しかもだよ、周りに大量にいた亡者たちが全部ルイーゼになってる。

 これは、幻覚か……?


「あたしの残り魔力をほとんど使って、アンタに全力の死霊の幻影(ネクロファントム)をかけた。いくらアンタが強くとも、効果はたっぷり十分くらい続くはずさ。亡者の数は約三千、そのうち当たりは一人だけだ。あたしを三千回殺してみるかい? その前にあたしが一回アンタを殺せばそれで終わりさ」


 なるほどね。

 ルイーゼが得意げに説明しながら、背後から斬りつけてきた。

 剣に炎をまとってる。

 アレが魔法剣ってヤツか。


「……三千回殺してやってもいいけどさ」


 ひょい、と攻撃をよけつつ横ぶりに斬りつけて、胴体を真っ二つ。

 半分になったルイーゼは、やっぱり亡者の姿に変わる。


「こんなチマチマやってらんないよね」


 三千いるって亡霊兵士、一気に全滅させてやるか。

 トーカたちもルイーゼに見えちゃってるけど、イーリアたちといっしょに私の後ろにいるし、まきぞえの心配ナシ。


「アンタらさぁ、私たちの持ってる勇贈玉ギフトスフィアを全部知ってるみたいだけど、これも知ってたりする?」


 三千人のルイーゼに、前髪を留めてる髪飾りを指さしながら聞いてみる。


「あぁ? ……おい、まさか、ソイツは勇贈玉ギフトスフィアかい!? 聞いてない、聞いてないよ!」


「聞いてないんだ、へぇ……」


 あらあら、可哀想なくらい焦ってる。

 じゃあ遠慮なく。


 右腕を横に突き出して、手のひらに魔力を集中。

 無から水を創り出すのはちょっと疲れるけど、今は周りに水がたくさん浮かんでる。

 霧っていう形で、大量の水が。

 手のひらに触れた霧が集まって、水に変わって、新しく霧の粒に触れて、どんどん膨らんでいく。


「勇者の特権その一、殺した相手の強さを喰える。その二、自前のギフトの他に勇贈玉ギフトスフィアも使用できる。私はどっちもフル活用させてもらってるよ」


「み、水が大量に……っ!?」


 水のまんまじゃ殺傷能力イマイチだし、【沸騰】をつかってこぽこぽさせてやる。

 ついでに左手で地面に触れて、こっちにも【沸騰】の魔力を注入。

 地盤を溶かしてでっかい溶岩のかたまりにして、これも浮かべる。


「……よし、成功だね」


 両手を左右に広げて、右側に巨大な熱湯の玉、左側に同じくらいの溶岩の玉がぷかぷか。

 このままぶつけてやってもいいけど、浮かせて操作しているモノは自由に形を変えられるんだ。

 せっかくだし、恐怖をあおるためにハッタリきかせちゃえ。


 とにかく強そうな感じをイメージして、二つの玉に姿を与えてみると、一瞬で完成。

 長さ百メートル以上、湯気をあげながら泡立つ長い体のドラゴン。

 同じくらいの大きさの、蒸気と炎を体にまとった真っ赤なマグマの火の鳥。

 私にしては、中々いい感じの造形じゃないかな。


「はい、アンタをブチ殺す準備は終わったよ。サクッといくから覚悟してね」


「ひ、ひっ……」


 もう逃げ腰になってるよ、アイツ。

 逃げようが泣いて謝ろうが、許すつもりも逃がすつもりもないけどね。


「行けっ!」


 左右に広げてた両腕を前にかざすと、赤と青、二匹の巨大な怪物がルイーゼの群れに襲いかかった。




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