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 倒れ込んでくる岩の柱。

 やっと亡霊さんから腕を引きはがせたけど……、ウソ、だめ、間に合わない!

 助けて、おねえちゃ——。


 ズウゥゥゥ、ン……!!


「よし、片付いたね。あとはザコ——おっと、さすがに失礼か。姫を守るナイト様さえブチ殺せば、あたしの任務は完了したも同然だ」


 …………。

 ………………。

 ……あれ、あたし生きてる?

 ルイーゼのひとりごと、聞こえるし。

 おそるおそる、目を開けてみる。

 最初に見えたのは、お姫様をかばってボロボロになりながら亡者と戦い続けるイーリアちゃん。


(……あぁ、頑張ってるなぁ。あたしも頑張んないと、がんばん、ないと……)


 頑張んないといけないのに、頭の中がどんどんぼんやりしてくる。

 体からも、力がどんどん抜けていく。

 なんで?

 嘯風弄月身ショウフウロウゲッシンの反動、こんなにキツくないはずなのに……。


(あ、ちがった……)


 イーリアちゃんとは逆の方を見て、納得。

 岩の魔法剣……っていうか柱が倒れ込んでくる瞬間、あたしはとっさに直撃をさけられたみたい。

 ただ、完全によけるには間に合わなくって。


(左腕、つぶれて取れちゃってる……)


 あちゃぁ、やっちゃったよ……。

 これからの長い人生、ずっと片腕のまんまかぁ。

 ……って、今にも死にそうなのに、なに考えてんだか。


(痛いのかどうかもわかんないや……。いっぱい血が出てて、頭がどんどん、ぼんやり、して……)


 だめ、目がかすんできた……。

 イーリアちゃん、ごめんね、あたしここまでみたい……。

 おねえちゃん、さいごに、あいたかった、な……。

 ……。

 …………。



 △▽△



 残念ながら、わたしはまだ数をものともしないレベルには至っていない。

 三千をこえる亡者の群れを斬り続け、体中に傷を作って、したたる血とともに体力も流れ出ていく。

 奥義・魂豪身コンゴウシンも、すでに使ってしまった。

 体中がきしみを上げて、持ちなれたはずの剣すら重く感じる。


「……っずりゃぁ!」


 ズバシュッ!


 それでも、あきらめない。

 あきらめるわけにはいかない。

 姫様を守るため、命ある限りは心折れずひざも屈さず、剣を振るい続けなければ。


「ぁぁ……」


「ぅぁ……」


 ふらふらとした足取りで斬りかかってくる二人の亡者を、続けざまに斬り伏せる。

 致命傷を負うと、こいつらは黒いモヤのようなものに姿を変えて虚空に消える。

 闇の魔力で実体を持たされていた魂が、冥府に還っているのだろう。


「おやおや、精が出るねえナイト様?」


「……っ、貴様、ルイーゼ!」


 ビュート殿と戦っていたはずのヤツが、なぜ。

 なぜヒールポーションの入ったビンをあおって傷を癒しながら、こちらへやってくるんだ。

 ルイーゼが片手を上げると、亡者どもがピタリと動きを止める。

 いったいなんのつもりだ……?


「ビュート殿は! 彼女はどうした!」


「周りの景色も見えないくらい、必死だったのかい。涙ぐましい限りだねぇ」


 周り……?

 周りにいるのは大量の亡者と——。


「ビュ、ビュート殿っ!」


 片腕を失い、草地を赤く濡らして倒れている彼女の存在に、ようやく気付く。

 なんてことだ……、あの人ですら負けてしまったのか……?

 いや、そもそもあの出血量では……。


「彼女は、彼女は生きているのか!?」


「さあね、面倒だから確認はしてないけど。ただ、生きてたとしてもあの出血じゃ、どの道すぐにくたばるさ」


 そんな、ビュート殿……!


「さぁて、お次はアンタなわけだが、どんな死に方がお望みだい? 亡者どもに全身喰らい尽くされるか、あたしの剣で楽に逝くか」


 どうする、どうすればいい。

 ルイーゼはわたしのはるか格上、ビュート殿でも勝てなかった相手だ。

 しかも背後には三千の亡者たち。

 勝ち目はゼロに等しい——いや、ゼロと断言できる。


「……どちらも御免ごめんこうむる」


 しかし、わたしはあきらめない。

 最期まで、姫様がいる限り。


「おやおや、ご立派なことで。そこにいる姫様差し出せば、命だけは助けてあげるよ? それでも戦うってのかい?」


「無論だ! 己の命かわいさに主君を差し出すなど、するはずなかろう! わたしを見くびるなッ!」


「……はぁ、騎士道ってヤツか。理解できないねぇ。ま、いいや。亡者ども、あのザコを喰っちまいな」


 さぁ、ここが正念場だ。

 ただ無為むいに命を散らすな、命の活用法を考えろ。


「姫様、お逃げください! リア殿たちのいる方へ、全速力で!」


 わたしが死霊どもと戦い、命を落とすまでに、姫様を少しでも遠くへ逃がす。

 リア殿たちがモルドに勝利していれば、守ってもらえるはず。

 姫様の命を守るには、これしかない!


「……嫌だ」


「姫様っ!? 今、なんと……」


「嫌だと言った。私なんかのために、あなたが命を差し出さなくていい。そんなことに、なんの意味もない」


 次に姫様がとった行動を、わたしには理解できなかった。

 彼女はわたしの前へ出て、両手を広げてかばいながらルイーゼをにらみつけたのだ。


「だって私は、ペルネ姫の影武者。ただの奴隷の、ベルだから」


「姫……様……?」


「はっ、何を言い出すかと思えば。影武者ちゃんの存在なら知ってるよ、ソイツを持ち出して命乞いかい?」


「命乞い? 違う。私の命なんてどうでもいい。ペルネ姫のことすら、今の私には……。私にとって、なにより大切なのはイーリアだから」


 この姫様が、影武者……?

 どういうことだ、姫様とはずっといっしょにいたはず。

 魔族軍に合流する直前、入れ替わったということなのか?


「ねえ、イーリア。だから私なんかのために、命を捨てないで。あの夜あなたが誓った言葉。どんなことがあろうとも必ず護り抜くという誓いは、本物のペルネ姫に捧げたものでしょう?」


 ……いや、入れ替わってなどいない。

 この姫様は紛れもなく、わたしがずっとお守りしていた姫様だ。

 でなければ、あの夜の誓いをご存じのはずがない。


「間違えちゃダメだよ。あなたはペルネ姫を守る騎士。私の騎士じゃないんだから……」


 ではまさか、ずっと入れ替わっていたのか……?

 わたしが護ってきた姫様は、影武者だった……?

 あの夜にお護りすると誓った姫さまも、処刑台から助け出した姫さまも、共に逃亡生活を送った姫さまも、全て——。


「さぁ、ルイーゼ。私を殺して『ペルネの首』を手に入れなさい。その代わり、イーリアには手を出さないで」


「……いいねぇ、いい度胸だ。こっちとしては、たしかに『ペルネの首』さえありゃいい。あんたが本当に影武者だろうと、実はフカシで本物の姫様だろうと関係ないんだ。その辺、ちゃんとわかってるじゃないか」


 抜き身の刃を手に、ルイーゼが一歩一歩姫様へと近づく。

 ……いや、姫様ではないのか?

 どうする、わたしはどうすればいい。

 彼女が本当に姫様なら、護らなければ。

 だが影武者だったなら……。


「……ねえ、イーリア」


「姫様……?」


「もう、最期くらいベルって呼んでほしかったな……」


 彼女はわたしに振り返り、寂しげな表情を浮かべる。


「あのね、私嬉しかったの。あなたが命を賭けて私を護ってくれるのが、嬉しかった。たとえあなたがベルじゃなくて、ペルネしか見ていなかったとしても」


 目に涙をため、小さな体を震えさせて、


「あなたに大切にされた日々は、生まれてきてから一番幸せでした。ありがとう、そして……さようなら」


 儚げな笑みを浮かべ、わたしに背を向けた。

 その頬に涙を伝わせながら。


 ……ダメだ、彼女を死なせてはいけない。

 影武者だろうと本物だろうと、この人を死なせたくないと心が叫んでいる。

 姫様の近衛騎士ではなく、イーリア・ユリシーズの心が、そう叫んでいるんだ。


「ダメだ、やめろっ!!」


 剣が振りかぶられる。

 叫びを上げながら、わたしは飛び出した。

 いや、正確には飛び出そうとしたが、それは叶わなかった。


 ガシッ。


「な……っ」


 飛び出そうとした瞬間、亡者の一匹に羽交い絞めにされたからだ。

 わたしはそのまま、彼女の前に飛び出して刃を受けることも叶わず、


 ——ズバッ!


「あ、あぁ……っ!」


 彼女の体に剣が振り下ろされるのを、情けないうめき声を出しながら見ていることしか出来なかった。

 血しぶきが舞って、彼女が力なく倒れる。

 うつ伏せになった体の下から、血だまりが広がっていく。


「あぁぁぁあぁぁっ、うあああぁぁぁああぁぁぁあぁぁ!!!」


 護れなかった、なにも出来なかった、手の届く場所にいたのに何一つ。

 わたしの口から、様々な感情が混じった叫びが上がる。

 彼女と過ごした日々が、走馬燈のように頭の中を駆け巡った。

 こんなこと、こんなことがあっていいはずが……!


「はい、姫様の始末完了。さて、最後はあんただ。おめでたい姫様だよ、まったく。あたしが律儀に約束守ると本気で思ったのかねぇ」


「うああぁああぁぁっ!! 貴様、殺してやる! 殺してやるッ!!」


「ほう、この状況でどうやって。興味深いねえ、見せてみなよ」


「あぁぁっ!! クソ、離せっ! 離せぇぇっ!!」


 抵抗もむなしく、亡者の拘束は外れない。

 目の前までやってきたルイーゼが、刃を振りかぶる。

 このまま、わたしは死ぬのか……?

 なにも、なにもできないまま……。


「……あん?」


 その時、ルイーゼが空を見上げた。

 つられてわたしも、上空を見上げる。

 濃い霧に閉ざされた天高く、赤い光がこちらへと降りてくる。

 それはまるで、赤く尾を引く真紅の流星。

 伝説に語られる、赤い星のような。


「ありゃぁ……、まさかっ!」


 ルイーゼの表情が一変する。

 明らかな焦りの表情でわたしの前から飛び退き、次の瞬間。

 ヤツのいた場所に、彼女は降り立った。


「……ごめん、少し遅かったみたいだね」


 真紅の刃を左手に、彼女は、勇者キリエは怒りに燃えた眼光でルイーゼをにらみつけた。




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