136 ありがとう
倒れ込んでくる岩の柱。
やっと亡霊さんから腕を引きはがせたけど……、ウソ、だめ、間に合わない!
助けて、おねえちゃ——。
ズウゥゥゥ、ン……!!
「よし、片付いたね。あとはザコ——おっと、さすがに失礼か。姫を守るナイト様さえブチ殺せば、あたしの任務は完了したも同然だ」
…………。
………………。
……あれ、あたし生きてる?
ルイーゼのひとりごと、聞こえるし。
おそるおそる、目を開けてみる。
最初に見えたのは、お姫様をかばってボロボロになりながら亡者と戦い続けるイーリアちゃん。
(……あぁ、頑張ってるなぁ。あたしも頑張んないと、がんばん、ないと……)
頑張んないといけないのに、頭の中がどんどんぼんやりしてくる。
体からも、力がどんどん抜けていく。
なんで?
嘯風弄月身の反動、こんなにキツくないはずなのに……。
(あ、ちがった……)
イーリアちゃんとは逆の方を見て、納得。
岩の魔法剣……っていうか柱が倒れ込んでくる瞬間、あたしはとっさに直撃をさけられたみたい。
ただ、完全によけるには間に合わなくって。
(左腕、つぶれて取れちゃってる……)
あちゃぁ、やっちゃったよ……。
これからの長い人生、ずっと片腕のまんまかぁ。
……って、今にも死にそうなのに、なに考えてんだか。
(痛いのかどうかもわかんないや……。いっぱい血が出てて、頭がどんどん、ぼんやり、して……)
だめ、目がかすんできた……。
イーリアちゃん、ごめんね、あたしここまでみたい……。
おねえちゃん、さいごに、あいたかった、な……。
……。
…………。
△▽△
残念ながら、わたしはまだ数をものともしないレベルには至っていない。
三千をこえる亡者の群れを斬り続け、体中に傷を作って、したたる血とともに体力も流れ出ていく。
奥義・魂豪身も、すでに使ってしまった。
体中がきしみを上げて、持ちなれたはずの剣すら重く感じる。
「……っずりゃぁ!」
ズバシュッ!
それでも、あきらめない。
あきらめるわけにはいかない。
姫様を守るため、命ある限りは心折れずひざも屈さず、剣を振るい続けなければ。
「ぁぁ……」
「ぅぁ……」
ふらふらとした足取りで斬りかかってくる二人の亡者を、続けざまに斬り伏せる。
致命傷を負うと、こいつらは黒いモヤのようなものに姿を変えて虚空に消える。
闇の魔力で実体を持たされていた魂が、冥府に還っているのだろう。
「おやおや、精が出るねえナイト様?」
「……っ、貴様、ルイーゼ!」
ビュート殿と戦っていたはずのヤツが、なぜ。
なぜヒールポーションの入ったビンをあおって傷を癒しながら、こちらへやってくるんだ。
ルイーゼが片手を上げると、亡者どもがピタリと動きを止める。
いったいなんのつもりだ……?
「ビュート殿は! 彼女はどうした!」
「周りの景色も見えないくらい、必死だったのかい。涙ぐましい限りだねぇ」
周り……?
周りにいるのは大量の亡者と——。
「ビュ、ビュート殿っ!」
片腕を失い、草地を赤く濡らして倒れている彼女の存在に、ようやく気付く。
なんてことだ……、あの人ですら負けてしまったのか……?
いや、そもそもあの出血量では……。
「彼女は、彼女は生きているのか!?」
「さあね、面倒だから確認はしてないけど。ただ、生きてたとしてもあの出血じゃ、どの道すぐにくたばるさ」
そんな、ビュート殿……!
「さぁて、お次はアンタなわけだが、どんな死に方がお望みだい? 亡者どもに全身喰らい尽くされるか、あたしの剣で楽に逝くか」
どうする、どうすればいい。
ルイーゼはわたしのはるか格上、ビュート殿でも勝てなかった相手だ。
しかも背後には三千の亡者たち。
勝ち目はゼロに等しい——いや、ゼロと断言できる。
「……どちらも御免こうむる」
しかし、わたしはあきらめない。
最期まで、姫様がいる限り。
「おやおや、ご立派なことで。そこにいる姫様差し出せば、命だけは助けてあげるよ? それでも戦うってのかい?」
「無論だ! 己の命かわいさに主君を差し出すなど、するはずなかろう! わたしを見くびるなッ!」
「……はぁ、騎士道ってヤツか。理解できないねぇ。ま、いいや。亡者ども、あのザコを喰っちまいな」
さぁ、ここが正念場だ。
ただ無為に命を散らすな、命の活用法を考えろ。
「姫様、お逃げください! リア殿たちのいる方へ、全速力で!」
わたしが死霊どもと戦い、命を落とすまでに、姫様を少しでも遠くへ逃がす。
リア殿たちがモルドに勝利していれば、守ってもらえるはず。
姫様の命を守るには、これしかない!
「……嫌だ」
「姫様っ!? 今、なんと……」
「嫌だと言った。私なんかのために、あなたが命を差し出さなくていい。そんなことに、なんの意味もない」
次に姫様がとった行動を、わたしには理解できなかった。
彼女はわたしの前へ出て、両手を広げてかばいながらルイーゼをにらみつけたのだ。
「だって私は、ペルネ姫の影武者。ただの奴隷の、ベルだから」
「姫……様……?」
「はっ、何を言い出すかと思えば。影武者ちゃんの存在なら知ってるよ、ソイツを持ち出して命乞いかい?」
「命乞い? 違う。私の命なんてどうでもいい。ペルネ姫のことすら、今の私には……。私にとって、なにより大切なのはイーリアだから」
この姫様が、影武者……?
どういうことだ、姫様とはずっといっしょにいたはず。
魔族軍に合流する直前、入れ替わったということなのか?
「ねえ、イーリア。だから私なんかのために、命を捨てないで。あの夜あなたが誓った言葉。どんなことがあろうとも必ず護り抜くという誓いは、本物のペルネ姫に捧げたものでしょう?」
……いや、入れ替わってなどいない。
この姫様は紛れもなく、わたしがずっとお守りしていた姫様だ。
でなければ、あの夜の誓いをご存じのはずがない。
「間違えちゃダメだよ。あなたはペルネ姫を守る騎士。私の騎士じゃないんだから……」
ではまさか、ずっと入れ替わっていたのか……?
わたしが護ってきた姫様は、影武者だった……?
あの夜にお護りすると誓った姫さまも、処刑台から助け出した姫さまも、共に逃亡生活を送った姫さまも、全て——。
「さぁ、ルイーゼ。私を殺して『ペルネの首』を手に入れなさい。その代わり、イーリアには手を出さないで」
「……いいねぇ、いい度胸だ。こっちとしては、たしかに『ペルネの首』さえありゃいい。あんたが本当に影武者だろうと、実はフカシで本物の姫様だろうと関係ないんだ。その辺、ちゃんとわかってるじゃないか」
抜き身の刃を手に、ルイーゼが一歩一歩姫様へと近づく。
……いや、姫様ではないのか?
どうする、わたしはどうすればいい。
彼女が本当に姫様なら、護らなければ。
だが影武者だったなら……。
「……ねえ、イーリア」
「姫様……?」
「もう、最期くらいベルって呼んでほしかったな……」
彼女はわたしに振り返り、寂しげな表情を浮かべる。
「あのね、私嬉しかったの。あなたが命を賭けて私を護ってくれるのが、嬉しかった。たとえあなたがベルじゃなくて、ペルネしか見ていなかったとしても」
目に涙をため、小さな体を震えさせて、
「あなたに大切にされた日々は、生まれてきてから一番幸せでした。ありがとう、そして……さようなら」
儚げな笑みを浮かべ、わたしに背を向けた。
その頬に涙を伝わせながら。
……ダメだ、彼女を死なせてはいけない。
影武者だろうと本物だろうと、この人を死なせたくないと心が叫んでいる。
姫様の近衛騎士ではなく、イーリア・ユリシーズの心が、そう叫んでいるんだ。
「ダメだ、やめろっ!!」
剣が振りかぶられる。
叫びを上げながら、わたしは飛び出した。
いや、正確には飛び出そうとしたが、それは叶わなかった。
ガシッ。
「な……っ」
飛び出そうとした瞬間、亡者の一匹に羽交い絞めにされたからだ。
わたしはそのまま、彼女の前に飛び出して刃を受けることも叶わず、
——ズバッ!
「あ、あぁ……っ!」
彼女の体に剣が振り下ろされるのを、情けないうめき声を出しながら見ていることしか出来なかった。
血しぶきが舞って、彼女が力なく倒れる。
うつ伏せになった体の下から、血だまりが広がっていく。
「あぁぁぁあぁぁっ、うあああぁぁぁああぁぁぁあぁぁ!!!」
護れなかった、なにも出来なかった、手の届く場所にいたのに何一つ。
わたしの口から、様々な感情が混じった叫びが上がる。
彼女と過ごした日々が、走馬燈のように頭の中を駆け巡った。
こんなこと、こんなことがあっていいはずが……!
「はい、姫様の始末完了。さて、最後はあんただ。おめでたい姫様だよ、まったく。あたしが律儀に約束守ると本気で思ったのかねぇ」
「うああぁああぁぁっ!! 貴様、殺してやる! 殺してやるッ!!」
「ほう、この状況でどうやって。興味深いねえ、見せてみなよ」
「あぁぁっ!! クソ、離せっ! 離せぇぇっ!!」
抵抗もむなしく、亡者の拘束は外れない。
目の前までやってきたルイーゼが、刃を振りかぶる。
このまま、わたしは死ぬのか……?
なにも、なにもできないまま……。
「……あん?」
その時、ルイーゼが空を見上げた。
つられてわたしも、上空を見上げる。
濃い霧に閉ざされた天高く、赤い光がこちらへと降りてくる。
それはまるで、赤く尾を引く真紅の流星。
伝説に語られる、赤い星のような。
「ありゃぁ……、まさかっ!」
ルイーゼの表情が一変する。
明らかな焦りの表情でわたしの前から飛び退き、次の瞬間。
ヤツのいた場所に、彼女は降り立った。
「……ごめん、少し遅かったみたいだね」
真紅の刃を左手に、彼女は、勇者キリエは怒りに燃えた眼光でルイーゼをにらみつけた。




