135 亡者の軍勢
「う……っく」
あまりにもおぞましい亡霊兵士たちの姿に、出かかった悲鳴をなんとか押し殺す。
姫様の前で、情けない姿を晒したくはないからな……。
「ひぃっ、なにあれお化けっ!? やだやだ、こわいこわいこわいっ」
ビュート殿のあまりにもあんまりなうろたえ具合も、かえってわたしを冷静にしてくれた。
涙目でこわいを連呼しているが、こんな調子で戦えるのか?
……いや、人の心配をしている場合ではないか。
「うぁぁっ……」
「ぁぉぉう……」
霧の草原に現れた亡者の大軍勢。
正確な数は把握できないが、視界を埋め尽くすほどの大群だ。
ルイーゼ一人だけでも荷が重いのに、この上物量押しとは……!
「驚いてるみたいだねぇ。コイツぁネクロマンシー。色々と面倒な制限があるんだけど、決まれば強烈さ」
「制限……?」
「おや、ぜひとも聞きたいって顔してるねぇ。だが残念、期待してるような弱点の話じゃない」
むぅ、顔に出てしまっていたか……。
たしかにわたしは、弱点を聞き出せれば突破口が見つかると思っていた。
どうにもポーカーフェイスとか、感情を表に出さないようにするのが苦手だ。
勇者殿の無表情が時々うらやましい。
「この魔術で呼び出せるのは、自分で殺した相手だけ。その上魔力を解除したが最後、あの世に飛んで逝っちまう。おまけに発動まで時間がかかるときたもんだ」
自分で殺した相手、か……。
さきほどの非戦闘員に対する虐殺も、補充の意味があったのだろうか。
たとえどんな理由があろうと、あのような行いは絶対に許しておけない。
「あたし自ら最前線でブチ殺した王国兵三千、アンタらのために使ってやるんだ。ありがたく感謝しながら殺されな! かかれ、亡者ども!」
「うひゃっ、来たぁ!!」
たしかに来てますがビュート殿。
亡者たちは全員わたしの方へ来てますよ?
「ビビりのお嬢ちゃん、アンタの相手はこのあたしだっ!!」
そしてビュート殿には、ルイーゼ自らが刃をにぎって斬りかかる。
亡者の数まかせでは彼女を仕留められないと判断したのだろう。
「そりゃよかったっ! あんなこわいの相手にしたくないしっ」
「そう怖がってやりなさんな。あんたもすぐあたしに殺されて、亡者どもの仲間になるんだからさっ!」
「ぜーったいごめんだもんねっ、べーっだ!」
逆に言えば、わたしは数で殺せる程度の相手だと。
……悔しいが、その通りだ。
打ち合いを始めた二人の動きがまるで見えない。
次元が違う。
(……いや、落ち込んでいる場合か!)
今わたしがすべきことはなんだ!
迫り来る亡者から姫様を守ることだろう!
わたしの後ろで震えている姫様を、何があろうと、この命尽きるまで!
「……来い、亡者ども! このイーリア・ユリシーズ在るかぎり、姫様には指一本触れさせん!」
タンカを切って自らを奮い立たせ、亡者の群れに切り込む。
怖い、勝てない、守りきれない、そんな弱音を心の底に押し込めて。
わたしの尊敬する騎士ならば、絶対にそう振舞うだろうから。
△▽△
(がんばって、イーリアちゃんっ!)
こわーい亡霊さんたちに立ち向かっていくイーリアちゃん。
あたしも手を貸してあげたいけど、
「ほらほらほらっ、あっちを気にしてる余裕はあるのかいっ!? お嬢ちゃんっ!」
「ありありだよ、オバサンっ!」
ルイーゼの相手で手いっぱい。
少しでも気を抜くとやられちゃう。
「おば……っ! はっ、口の減らないガキだねぇ!」
「図星突かれて怒っちゃった? ぷぷぷっ」
「……いい度胸だ。全身穴ぼこにしてやるよ!」
平気なふりしてるけど、本音じゃカチンときたのかな。
攻撃が激しくなっただけで、スキが生まれたりはしないけど。
ただのやぶへびだったね。
氷の魔法を剣にまとってつららみたいな形にして、鋭い突きを連発してきた。
剣が何本にも見えるくらいの速さだけど、スピード勝負なら負けないよ。
練氣・月影脚を発動してスピードアップ。
突きの連打をスイスイとかいくぐって、ついでにあっかんべー。
「この……っ!」
お、さすがに冷静じゃいられないかな。
体を大きくひねって、突きをかまえた。
今が大チャンス!
「くたばりなっ!!」
突き出される大振りの突き。
攻撃のタイミングを見切ってスカして、くるりと後ろに回り込む。
回転の勢いも乗せて、背中に斬り付け!
相手は前のめりに体勢を崩してるし、これならかわしようが——。
「……なーんてね」
振り抜いた剣が、空を切る。
ルイーゼってば、突きを繰り出した勢いを殺さず、逆に利用して倒れ込みながら体を反転させた。
まずい、あたしの攻撃完全に読まれてた!
「今度こそ喰らいな、ゲイルスラッシュ!」
こっちを向いて倒れ込みながら、風をまとった剣を斜めに斬り上げ。
真空の刃が飛んでくる。
剣を振ったあとで、あたしの体はガラ空き。
防御なんてできない。
とっさに後ろに倒れ込むけど、
ザシュっ!
よけきれないよね。
体の前面を、ナナメに斬られちゃった。
「……っつ!」
おねえちゃんにささげる大事な体になにすんだ、オバサンめ!
なーんて、冗談言ってる余裕もないかなー……。
「ったあぁぁぁ!」
直撃だけはさけたけど、そこそこ深い感じの傷だ。
たくさん血も出てるし、きっと長くは戦えない。
短期決戦で一気に決めなきゃ。
「はっ、所詮は口先だけの嬢ちゃんだったね。そのまま無様におねんねしてな」
「誰がこの……! おねえちゃんに任されたんだもん、負けてたまるか!」
痛いのガマンして、ぴょんっと飛び起きる。
こうなったら、あたしの定めた練氣技の奥義、ここで使うしかないね。
数ある練氣技の中で、それぞれの使い手が定める奥義。
あたしの奥義は、持ち味である素早さを極限まで高める技!
「奥義・嘯風弄月身!」
練氣を体の関節、可動部、あと筋肉とか色々にまとわせて極限まで活性化。
こうなったあたしは、絶対に止められないよっ。
「練氣使いじゃないあんたに、もうあたしは捕まえられない! いくよ!」
地面を一蹴りで、ルイーゼの真横に。
もう一蹴りして、背後に回り込む。
「な……、速——」
あたしの姿、消えたように見えたでしょ。
正直あたし自身も、速過ぎて視界がブレッブレ、あんまり制御できないんだけど。
「そりゃっ!」
さっきのリベンジ、背中に斬り付け!
ザンッ!
「っぐ! 後ろかッ!」
背中を斬られたルイーゼがふり返って剣を振るけど、おそいおそい。
そんなんじゃハエが止まっちゃうよ。
真横をすり抜けながら、二の腕に深く斬り付ける。
「ぐぁっ!」
切断までしたかったんだけど、そこまでは制御きかないし、ゼイタク言ってらんないか。
次でサクッとトドメ、いっちゃおう。
心臓をねらって切っ先を向けて、剣を突き出す。
これで終わり!
ズドッ!
よし、しとめた——。
「捕まえたよ、お嬢ちゃん」
……ウソ。
たしかに胸を刺し貫いたのに。
なんでコイツ、生きてるの?
なんであたしの手首、ギュッとつかんで……。
ニタァ。
ルイーゼの口が頬まで裂けて、気味の悪い笑顔を浮かべた。
それから、顔の皮膚がドロドロに溶けて、腐った死体の顔に変わる。
「ひっ……!」
なんで!?
どうして!?
亡者の兵と入れ替わったの?
いつの間に……!
「死霊の幻影。相手に幻覚を見せる闇魔法さ。ある程度の実力者相手には、ほんの一瞬程度しか効果がないのが欠点だけどねぇ」
後ろからルイーゼの声。
まずい、はやくコイツを引きはがさないと、やられちゃう!
「おっと、もう遅い。トドメの一撃はとっくに放たれてんだ」
あたしの周りに影がさした。
大きなものが落ちてくるみたいに、影がどんどん濃くなって。
見上げれば、霧の中から岩の柱があたしにむかって倒れてくる。
「土の【魔剣】ギガントエッジ。プチっと潰れな、お嬢ちゃん」