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134 一秒でも早く




 トーカが私たちに届けてくれた情報は、予想通りの、そして考えられる限り最悪の内容だった。

 霧にまぎれての奇襲。

 準備万端で襲ってきた敵に比べて、魔族軍は戦力も備えも万全とは程遠い状態。

 このままじゃ全滅するのも時間の問題だ。


「全部をひっくり返すには、数の力をものともしない強さが必要なんだ。キリエは全軍の切り札だけど、連れてっちゃってかまわないか?」


「……考えている時間はないな。魔族軍が全滅すれば、砦の突破は困難になる。キリエ、行ってくれるか」


「もちろん」


 断る理由なんて何もない。

 一秒でも早く駆けつけて、リアさんたちを救いだして、私が全員ブチ殺す。


「キリエならそう言うと思った。乗りな、急ぐぞ!」


「……あ、ちょっと待って。ギリウスさんに渡しときたいモノがあるんだ」


 私があっちに行くんなら、コイツはギリウスさんが持っといた方がいい。

 トーカに直してもらったカバンから【使役】の腕輪を取り出して、投げ渡す。


「……キリエ、これは?」


「ルーゴルフから奪ったヤツ。使い方は知ってるよね? もしかしたら砦の攻略に使えるかもって」


 ギリウスさんの性格からして、あんまり使いたがらないだろうけどさ。


「……そうか、確かにあずかった。砦は俺たちに任せて、思う存分暴れてこい!」


 激励にコクリとうなずいて、魔導機竜ガーゴイルの背中にジャンプ。

 ワンテンポ遅れてトーカも飛び乗ると、機竜が翼をはばたかせて、地上が少しずつ遠ざかっていく。


 ベアトとメロちゃんだけはこの場にいないから、行ってきますをベアトに言えないのが心残りかな。

 ……そうだ、こっちを見上げてるストラに頼んどこう。


「ストラ、ベアトによろしく言っといてね! 私のことは心配しないでって!」


「いやいや、難易度高いって! 泣かれたらどうしよう……」


 泣いたりしないと思うよ。

 あの子、あれでも強いから。


「キリエ様、私からも一つ頼みがあります!」


 おっと、声を張り上げたのはペルネ姫。

 あの人が私に頼みごとって、なんだろう。


「あなたがイーリアを嫌っていることは知っています。ですが、どうかあの方を死なせないで! ベルにとって、あの方は誰よりも大切な人なんです! だから……」


「……わかった。私だって、好き嫌いで助ける相手を選んだりしないよ」


 確かに頼まれた。

 返事もかえしたけど、ペルネ姫がどんな表情してるかは霧に隠れてもう見えない。

 山を越えられるくらいの高さまで上ったら、上下左右もわかんないくらい、全方向が霧で真っ白だ。


「トーカ、これ行けるの? ホントに飛べる?」


「山脈の外なら霧も薄いし平気だよ。ただ、内側はメチャクチャ濃いからね。数十メートル先も見えないくらい」


 マジかよ。

 地上で戦ってる魔族軍の位置、空からじゃ見えないってことじゃん。

 音を頼りにするしかないかな……。


 翼が変形して、筒がせり出す。

 そこから火を噴いて、ガーゴイルは全速力で西の方へ。


 濃霧による上空へのめくらまし。

 この時間稼ぎもタルトゥスの計算通りなんだとしたら……。

 私が行くまで、なんとか持ちこたえててよ。



 △▽△



「おやおやどうしたナイト様ぁ? 口だけ達者でもお姫様は守れないよ?」


「はぁ……っ、はぁ……、くっ!」


 全身に刻まれた浅い切り傷。

 激しい戦闘で上がる息。

 剣を杖代わりに、倒れそうな体を支えてなんとか立ち上がる。


 ルイーゼという女、とてつもない強さだ。

 魔法剣も闇魔法も使わず、剣だけでここまでわたしを圧倒するとは……。

 ハナから勝ち目などゼロに等しいが、諦めるわけにはいかない。

 命に代えても、姫様だけは守り抜く……!


「……気に入らないねぇ、そのカオ。まだ諦めてないのかい? これだけ力の差を見せつけられてさぁ!」


 まただ、踏み込みすら見えない。

 気づけば目の前にいて、一瞬だけ剣閃が見えて、また一つ傷が増えた。


「いい加減諦めて、大人しくお姫様を差し出しな! そうすりゃ、命は助けてやるよ!」


「死んでも、ごめんだッ!」


 気合とともに、練氣レンキをまとって速度を上昇させた最速の一振りをあびせる。

 が、切っ先すらかすりもしない。


 もはや出し惜しみしている場合ではないか……。

 リスクが大きすぎるが、奥義・魂豪身コンゴウシンを——。


「だったらいいや。これ以上時間はかけらんない。もう死ね」


 まずい。

 敵の剣が炎をまとって、私の心臓へ切っ先が向けられた。

 このままでは、あと一秒もしないうちに急所を貫かれて、死ぬ……!


「っそうはさせないんだからぁ!」


「……チッ」


 ガギィィッ……!!


 真横から飛び込んできた、小柄な魔族の少女。

 手にした片手剣の一振りは、またもわたしの目には見えない速度。

 攻撃を中断したルイーゼが、炎の剣で彼女の斬撃を受け止める。


「新手か……。ちんちくりんなナリをして、戦場は子供の遊び場じゃないんだがねぇ」


「ざんねん、あたしは一応かろうじて、合法な歳だよーだっ」


「ビュート殿っ!」


 頼もしい加勢が来てくれた!

 目にもとまらぬ速度で打ち合い、ルイーゼの体を軽くはじき飛ばしてわたしの隣へ。

 この方の戦闘スタイル、どうやら速度に特化しているようだ。


「ビュート殿、助太刀感謝する」


「あたしの方こそ、ルイーゼがいないって気付くの遅れちゃった。ごめんねっ」


 拳を作って自分の頭をこつんと叩き、小さく舌をペロリ。

 緊張感に欠けている気はするが、なんにせよ頼もしい限りだ。


「なんせ、おねえちゃんに任されたんだもん。あたしの役目、きっちり果たさないと!」


 どうやら彼女は一人で来たようだ。

 部下の兵士たちを欠いては、向こうの戦線が崩れてしまうのだろう。


「はぁ……、遊んでたのを後悔してるよ。こりゃ簡単にはいかなそうだ」


 やれやれ、とため息をつきながら魔法剣を解除し、剣を鞘に納めるルイーゼ。

 ヤツめ、武器を引くとはなんのつもりだ。


「二対一でくるってんならさぁ、あたしも遠慮なく使わせてもらうよ、切り札をね!」


「切り札、だと……!」


 高らかに言い放った次の瞬間、禍々しい魔力がほとばしった。

 ヤツの体を中心にして漆黒の風が渦を巻き、死者の叫びのような不気味な音を奏でる。

 黒い魔力のかたまりは、気のせいだろうか、叫びを上げる人間の顔のようにも見えた。


「ちょっとちょっと……、これって話に聞いてた闇魔法ってヤツじゃない?」


「そのようですね……。だが、魔力のチャージに時間がかかるようだ。無防備な今こそ好機……ッ!」


「待って、もう少し慎重に——」


 ビュート殿はそう言うが、棒立ちで魔力を溜めているサマはまるでスキだらけ。

 この機を逃す手はない。


 練氣レンキ鋭刃エイジンを発動して切断力を高め、一気に敵へと駆けよる。

 間合いを詰め、あと一息で刃が届く距離まできた時、周囲が闇に閉ざされた。


「な、なんだこれは……っ」


 思わず足を止めて辺りを見回すが、右も左も、上も下もわからない。

 自分が立っているのか、浮かんでいるのかも。


 ガシっ。


 何かに足をつかまれた。

 見下ろせば、腐り果てた亡者がわたしの足を伝って、のぼってきている。

 それも一人ではなく、二人、三人と。


「うっ、うあ……っ」


 それだけではない。

 大量の腐った腕がわたしの体のあちこちをつかみ、奈落の底へ引きずりこもうと——。


「うあああぁぁぁあぁぁぁっ!! うわっ、うあああぁぁあぁぁぁぁ!!!」


「落ち着いて! 正気に戻って!」


 ビュート殿の声が聞こえたと同時、体が後ろにひっぱられて、亡者どもは消失。

 風景も元通り、霧の街道に戻った。


「はぁっ、はぁ……っ、い、今のは……」


「だいじょうぶ? 落ち着いた? 突然立ち止まって叫び出すんだもん、びっくりしちゃったよ」


「か、かたじけない……」


 ビュート殿が、わたしをルイーゼから引き離してくれたのか……。


「くくくっ、闇の魔力にあてられたみたいだねぇ。亡者の巣に片足突っ込んだ気分はどうだい?」


 無防備などではなかった。

 精神に働きかけて幻覚を見せる魔力をまわりに張っていたのだろう。

 うかつに攻め入った自分を恥じるばかりだ……。


「ところが、だ。今見た光景はすぐに現実のものとなる」


 ニヤリと笑い、ルイーゼの膨れ上がった魔力が解放される。

 漆黒の闇がヤツの背後に充満し、そこから姿を見せたのは、


「闇魔術、死霊使役ネクロマンシーの完成だよ」


 武器と鎧を身に着け、兜の隙間から腐った顔をのぞかせた、大量の亡者の群れ。




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