133 三度の対峙
「最高戦力、ね。わかった、この状況をひっくり返せる勇者サマ、すぐに連れて来るさ! ……つっても、この濃霧じゃ全速力は出せないよ。探す時間も考えて、ざっと往復十五分。耐えられるか?」
魔導機竜を生成しながら、トーカ殿が問うてくる。
だが、我らも地獄のような戦場を生き延びた魔族軍の最精鋭だ。
「その程度、問題なく耐えて見せよう。時間が惜しい、早く行ってくれ!」
「おう! 急いで戻ってくるからな、死ぬんじゃないぞ!」
トーカ殿が飛び乗ってすぐに、機竜が宙へ舞い上がり、霧の中へ消えていく。
置き土産に、十体ほどの魔導機兵を残して。
「ありがたい……!」
わずかな戦力だが、心強い支援だ。
さあ、指示は全て出し終えた。
あとは全力を尽くすだけ。
背中に背負った槍を手に取り、斬りかかってきたタルトゥス兵の心臓めがけて突き刺す。
「皆の者、聞け! これより私は諸君らの先陣を切り、敵の迎撃に出る!」
槍を振るって、続く敵兵に死体を投げつけ吹き飛ばしながら、部下たちに声を張り上げた。
この乱戦、もはや陣形を整えている余裕も采配を振るうほどの統率も望めない。
ならば、将たる私が率先して武勇を奮い、兵を鼓舞するのみ。
「命を惜しまぬ勇士は、我が背に続けっ!」
叫びながら、左側面の敵へと走る。
深く濃い霧の中、大軍を越えた先にモルド殿がいるはず。
いや、彼のことだ。
最前線で拳を振るっているかもしれないな。
(いずれにせよ、彼は私とガープが倒す。たとえ倒せずとも、倒すつもりで戦わなければ……!)
△▽△
パニックにおちいった非戦闘員を姫様とともにまとめ、街道を西へ、来た道を戻って走りつづける。
戦場からはかなり距離をとったはず。
ここまで離れれば、流れ矢が飛んでくる可能性も薄い。
あまり本隊から離れすぎても、逆に危険だ。
止まるよう指示を出すと、気が抜けたのだろう、彼らの多くは糸が切れた人形のようにその場へ座りこんだ。
「姫様、おケガはありませんか」
「ええ、イーリア。あなたが守ってくださったおかげで、私には傷ひとつありません」
姫様も無事でなによりだ。
リア殿たち本隊は、持ちこたえられるだろうか。
わたしも戦いに参加するべきなのだろうが、わたしの役目はあくまでも姫様を護ること。
このお方から離れるわけには——。
「……イーリア、お願いです。戦いに行ってください」
「な……っ、姫様、なにをおおせになられるのですか! あなた様を放って戦いになど行けません!」
「いいえ、あなたは戦う力を持った人。ならばその力、私一人のためなどではなく、みなの危機を救うために役立ててください。私のことは……いいのです」
「よくありませんっ!」
私などと、そのような言い草、ペルネ様らしくない!
まるでご自分を粗末にされたような言い草は……。
「お忘れになったとは言わせません。命尽きるまで、なにがあろうとあなた様をお護りすると誓った、あの日のことを……!」
「……忘れてなどいません。ですが、それはあなたが『ペルネ』を護ると誓った言葉。だから、私には関係ないのです……」
「わかりません……、あなたがなにをおっしゃりたいのか……」
自分で言うのもなんだが、それほど回らない頭が今はうらめしい。
姫様のお気持ちを理解出来ない自分も、隠し事を続けている姫様も、どちらももどかしい。
「関係ないわけがない。あなたは『ペルネ姫』でしょう。わたしが生涯を賭けて護ると誓った姫君だ」
「……いいえ、違うのです。……実は、実は私は——」
「みーつけたっ」
「——っ! 危ないっ!」
このセリフを聞くのも、もう三度目か!
まっすぐに姫様をねらって、地を走る火炎の斬撃。
か細い体を抱いて攻撃からかばい、共に草地へと飛びこむ。
標的を外した火炎は、そのまま非戦闘員たちへと突き進み、数人のメイドが炎に包まれて絶叫を上げた。
「あーらら、外しちまったねぇ」
「……貴っ様ぁ!」
肩にかついだ片刃剣をポンポン、と動かしながら、楽しげにつぶやく緑髪の女魔族。
ルイーゼ、なぜヤツがここに、しかも一人で。
悶え苦しみながら黒コゲのスミとなり、命を落とすメイドたち。
その死にざまと予期せぬ敵襲に、彼ら彼女らはパニックにおちいり、霧の中を散り散りに逃げていく。
「クモの子散らすってのは、まさにこの事かな。それっ!」
刃に風の魔力をまとい、ルイーゼが剣を何度も振る。
真空の刃が、私たちではなく逃げていく人々にむかって飛んでいき、霧の中に血の雨を降らせた。
「やめろ! なぜ罪なき人々を無益に殺すッ!」
「むえきぃ? あたしゃ無駄なことはしない主義でね。ま、下準備ってヤツさ」
意味のわからないことを……。
こちらを怒らせて、冷静さを奪おうとでもいうのか……!
「そもそも貴様、なぜ一人でここにいる! ビュート殿が兵をひきいて、迎撃にむかったはずだ!」
「あっちにいるのはあたしの部下だけさ。あたしの目的は最初から、そこにいるペルネ姫の命だ」
「姫様を……、殺そうというのかッ!!」
「ペルネ姫を処刑しようとしただなんて、あんなデタラメ並べられて、大将はご立腹でねぇ。ペルネの首を持って来なきゃ怒りは収まらない。むこうにもう一人、影武者のペルネちゃんがいるんだろ? そっちが生きてりゃ、本物は死んでもいいかなって判断さ」
ヘラヘラと笑いながら風の刃を飛ばし、虐殺を続けながら暴論を吐く。
このような悪党の、そのような乱暴な理屈、通すわけにはいかない!
「……姫様、お下がりください。あの日の誓いの通り、あなたはわたしが命に代えても護ります」
「イーリア、いけません!」
腰に下げた剣を抜き、練氣・月影脚を発動。
暴虐を続ける悪党のふところに、一気に飛びこみ斬りつける。
「おっと」
ガギィィッ!
虐殺行為は止められたが、わたしの剣をいともたやすく片手で受け止めた。
そのまま無造作に腕を押し出して、凄まじいパワーでわたしの体を後方へはじき飛ばす。
一瞬の攻防だけで理解できてしまう、圧倒的な力の差。
しかし、どれだけ敵が強くとも引き下がってたまるものか。
「【魔剣】ゲイルスラッシュ」
飛び来たる風の刃。
練氣を剣にまとわせて、渾身の力で上空にはじき、目の前の敵をにらみながら姫様に語り掛ける。
「姫様、ご安心を。あなたには指一本触れさせません」
「ヒュー、イカすねぇナイト様。あんたの死に顔、死んだあと、楽しみになってきたよ」
○○○
この状況、かなり厄介だ。
王国兵が人質同然の状態じゃ、皆殺しだーなんて出来るわけもなく、砦の攻略に時間がかかればかかるだけ、リアさんたちが危険になる。
話し合ってもぜんっぜん結論は出なくって、
「……いっそのこと、私が一人で山を突っ切って加勢にいくとか?」
ついに私、こんな無茶な提案までブチ上げちゃった。
「……行くまでに時間がかかりすぎる。到着までに戦闘が始まっていれば間に合わないだろう。確かにお前が本隊を壊滅させれば、タルトゥスも降伏せざるを得ないだろうがな。それに盆地の中はもっと霧が濃いぞ? 街道から外れて、方向を見失わずに行けるのか?」
「ムリ」
そもそもそんなに土地勘ないし。
こんな時、トーカがいれば魔導機竜でひとっ飛びなんだけど。
ここにトーカがいてくれればなぁ。
むしろ両方にトーカがいてくれれば……。
「……ん?」
あれ、幻覚か?
霧の中、舞い降りてくる機械仕掛けの黒いドラゴン。
トーカ欲しさにとうとうトーカの幻覚見ちゃったかな……って、そんなわけないか。
「キリエ、いるか!? コルキューテ軍がヤバいんだ、いっしょに来てくれ!」
ガーゴイルの背中から顔を出して、必死に呼びかけるトーカ。
アレが幻覚なはずないもんね。